五話
リックはロイルが寄った花屋で、店主からロイルがさきほど出たこと聞きロイルの姿を捜していた。
教会にも一度帰ったみたがその姿は見つけられず、リックは何度も花屋から教会までの道のりを往復してロイルを捜した。
「ロイルくん?ロイルくん?」
呼んでも返事がない。あまり大きな声で呼ぶのも人の目があって恥ずかしかった為、少し小声だったが。
そんなリックは細い路地から女性の悲鳴が聞こえて、足を止めた。
なにがあったのかと駆け寄れば大勢の野次馬とむせび泣く女性の鳴き声、そして悲惨な現場が広がっていた。
「なっ!」
一面血の海が広がっている。レイディアンの軍人数名が遺体に布をかぶせて路地の清掃をしようと野次馬を払っていたが、その遺族らしき女性は布に包まれた遺体を抱いてわんわんと泣き叫んでいた。
ふとリックはその側に落ちている花束を見つめて悪寒がするのを感じた。
視線を奥にやる。壁に広がった血の跡の下に、見慣れたロザリオを見つけた。
リックは思わず駆け出し、野次馬を押しのけて現場に入る。
「ウィーゲル!お前、何して…!」
「少佐の…少佐のロザリオが…!」
「えっ?」
レイディアンの軍人が困惑したように顔を見合わせて、その一人が落ちていたロザリオを拾い上げてリックに尋ねた。
「もしかしてこれか?」
リックは息が止まりそうになった。
そのロザリオは血に濡れて赤く染まり、ロザリオの装飾には血が溜まってしっまっている。
リックはそれを握り締めて恐る恐る尋ねた。
「少佐…ハーゲン少佐の遺体は?」
「おいおい、そんなもんあるわけないだろ?あの鬼少佐の遺体があったら真っ先に気づいているぜ?」
何かあったのは間違いない。リックはドキドキと強く鳴り響く心臓の音に耳を塞いだ。
ロイルの姿はそれから、ぱったりと見えなくなってしまったのだ。
レニは報告を受けて、レイディアンの軍人を街の巡回に当たらせていた。
数日経った今でも、ロイルの姿はなく、ロイルの捜索はついに打ち切られた。あの事件から度々人が殺されることが相次いで、人々は見えぬ敵に怯えて以前の活気を無くした。
そして見えざる敵には未知なるXの名を与えられて殺人鬼Xと呼ばれた。
「レニ、どうしよう…ロイルが死んでいたら…」
「トレストゥーヴェ…」
「だって、だってあんなに大怪我していたのよ?一体どこに行ったのよ…」
トレストゥーヴェは不安から大きな瞳を揺らしてその両端には涙を浮かべていた。
巡回をしても殺人鬼の噂と被害は後を絶たず、ロイルの姿も無い。レイディアンではいなくなったロイルが犯人ではないかという声まであがり、彼女の不安を煽るばかりだった。
レニはそんなトレストゥーヴェの背中を優しく撫で、柔らかく笑む。
「大丈夫。あの人はこんなことで死んだりしませんよ」
「ロイル…!ううっ…うう」
「取りあえず落ち着きましょう?お茶をお出ししますよ」
レニは窓の外を見遣った。
混乱が広がるアクアドーム内部は、今までの明るさを無くして澱んで見えるようだった。
空軍の突然の反乱やロイルの失踪。そして殺人鬼に消えたヴァレスとその妹の遺体。
全てが繋がらないまま、混乱はますます糸を絡ませるように広がっていくのだった。