四話
墓地は悲しむ人で溢れていた。セイラへ手向ける花を買いに言ったロイルを待つ為、墓地のベンチで座っていたリックは居心地の悪さを感じていた。
運ばれてきたばかりの棺にもたれかかってむせび泣く家族を見ていると、心が動揺して目を逸らさせた。かつて自分の両親が亡くなったときも、リックはああして泣いた記憶があったからだ。
ケイはそんな墓地の片隅で俯いたリックの背中を撫で、柔らかな笑顔を見せた。
「お辛いでしょうね…」
「えっ?」
「君も、ご家族を人形の暴走で亡くされていると伺いました…」
「そう…ですか…はい…両親は人形の手にかけられて死にました…でも今はあんなに憎かったし悔しかったのに…なんだかぼんやりしているんです…今墓地をみてハッとしたぐらいで」
「そういうものなんでしょうね…墓地を頻繁に訪れる方はそうそういませんから…ただ…皆さんがそうだとは限らないだけで…きっとまだ憎しみが忘れられない方だっています」
リックはヴァレスを咄嗟に思い浮かべた。空軍と何故か去ったというヴァレスは一体何故ロイルに深手を負わせていなくなったのだろうと考えた。
ロイルはヴァレスの妹の墓で、死なせてしまったといっていたが二人の間に何があったのかさっぱり掴めない。そしてロイル自身もそうであるのだろうと先ほどの墓地でリックは思った。
レイディアンに来る前の彼が何者で、誰と関わりがあったのだろうかと。
ケイはふと誰かを見つけて立ち上がった。
リックはケイの視線を追うようにさっと視線をさ迷わせると、ベンチに向かってくる一人の女性を見つけてもう一度ケイを見つめた。
ケイは女性に近づくと、驚いたように述べた。
「シャルロット!あなたどうして…」
シャルロットと呼ばれた女性はケイとリック交互に見つめて、銀の縁がついた眼鏡を押し上げた。
「…デート中だったかしら?そうであったならごめんなさいね」
「馬鹿なことを言わないで!シスターは恋愛なんてしません!」
「あ、そう。つまらない女ね、相変わらず」
リックは一人ついてゆけず、おろおろとケイを見上げた。
「あ、リックさん…この子は私の妹でシャルロット。墓地の管轄をさせているんです」
「墓守っていうのよ姉さん」
「いもうと…さん?」
シャルロットはケイとは似つかず、どちらかといえばアイリーンと姉妹だと言われれば納得するようなグラマスな体系をしていて、ウエーブされた金髪がとても魅力的な知的美人といったところだろう。
黒髪で清楚なイメージを持つケイとは身長差もあって益々姉には見えない。
ケイはキッとシャルロットを睨む。
「それはそうと、どうしたのですか?用事なら聞きますよ」
「それがね姉さん…少し込み入った話になるのだけど…」
そういってシャルロットはちらりとリックを見遣った。リックは気まずい気持ちになったが、ケイは首を振って続けるように促した。
「彼はレイディアンの軍人です、言いなさい」
「実は…死体がね、一体無くなったのよ」
「何ですって?!一体誰の…!」
「セイラ・ブラックモアの死体が…ね」
ケイとリックは思わず顔を見合わせた。
このことに何の意味があるのかは知れなかったが、二人は今さっきまで見つめていた人形の中身が空っぽだったことを知り、そして更にリックはヴァレスの失踪した件も合わせて考えた。
ケイはリックの肩を叩いて焦ったように頼んだ。
「ロイルさんを連れてきてくれませんか…!」
ロイルはいつもの花屋でマリルの分も合わせて大量の花束を買い込んで路地を歩いていた。
頭の中は常に様々なことが思い浮かんで落ち着かずそれを振り払うのが精一杯だった。
両手に抱えた花が匂いたち、幾分かそのぐらつく心を癒していたが、ロイルはもう既に心身ともに疲弊しきっていた。
ロイルは教会へと帰る間、なるべくレイディアンの軍人に見つからないように狭い路地をすり抜けて歩いた。大怪我がまだ癒えていないというのにのこのこと買い物にでかけていると思われれば益々信用を失うばかりだ。孤高の道とはいえ、部下に慕われない生き様というのも中々ロイルには応えた。
花束で遮られた視界で道を歩いていたロイルは、ふと足元になにかぶつかる衝撃を感じて下を見下ろした。
よく何があるか見えなかったため、花束を一度下ろして確認すると、それは人だった。
驚いてロイルは屈み込んでその倒れた人物へ声を掛けた。
「お、おい、大丈夫か?」
しかし倒れていた男は絶命していた。
ロイルは何故こんな所に死体が転がっているのかと不審がって辺りを見渡す。すると気づけばその路地の周りには数人もの人間が倒れている。
ロイルは改めて最初に見つけた男を眺めた。頸動脈を叩き切られての即死であるのが伺えた。
となれば当然他殺で、ロイルは冷静に刀を取り、気配に身を研ぎ澄ます。
ゆっくりと倒れた人をよけながら歩いていくと、路地は突然途切れて行き止まりになった。そしてその下で俯いて座る小さな人物に、ロイルはそっと近づいて切っ先を向けた。
「立て、ここで何をしている」
その背中はどうやら子供だった。だがロイルは空軍の奇襲からどさくさで人形が進入した可能性も考えて刀は向けたまま、子供に尋ねる。子供はすすり泣いているのか小さなうめき声をあげたまま何も言わない。
痺れを切らしたロイルがその肩を掴んで無理やり正面を向かせた。
「聞け、ここで一体何を…」
ロイルは振り返った子供の姿に驚き、子供から手を離した。
その両手は真っ赤に染まり、返り血で酷く臭った。
服まで血に漬かったように赤く、その片手には死人の内臓と思わしき肉塊が握られていた。
ロイルは思わず眉根を寄せてその子供を見遣った。
「貴様…!」
「ふふ…ふふふふ…。」
ロイルは刀を構えた。しかしそんなロイルには一遍の興味もないのか肉塊をついばんで子供は不気味に笑い声をあげるだけだった。ロイルはその不気味さから戦意喪失さえ感じたが、同時に身の危険も感じて強く刀を握り締めた。
「ふふ…同じ臭いがするね…僕と同じ臭いだ…」
「何を…」
「死人の…臭いが君からするよ…」
ロイルは子供が何か言い切る前に刀を振り下ろした。少年と思わしきその子供はさっとその一撃を避けて身軽にロイルを飛び越えると、ぺっと口から血と肉を吐いて体を屈めてロイルに突進した。
それはロイルの速さを超えたとてつもない速さ。ロイルは腹に頭突きを食らって吐血を吐いた。
「うぐっ!」
「お腹痛いんだ…?怪我してるんだね」
「貴様、人形か…?」
「違うよ、人間さ」
そして少年は容赦なくロイルに打撃を与える。ロイルは身を守りついには壁に追いやられて少年を睨んだ。ごとりと重い音がしてロイルの手から刀が落ちる。
少年は血がついた拳を払ってロイルを見据えた。
「少しはやれるかと思えばこれか…つまんないの」
「何が…目的でこんなことを…」
「ふふ…快楽だよ」
そして最後の拳がロイルへと向けられた。