二話
かつて、この地は貴族が避暑に訪れる行楽地であった。
冬はコテージを利用しにくる登山客も多く、イヴンはいつしか憧れの町として有名となり
栄華を誇っていた。
そんなイヴンが衰退し始めたのは、避暑に訪れていた貴族の一人が
伝染病に罹ったのが発端となり、病気は瞬く間にイヴンを侵食していき、
繁栄した半月ほどを思わせないほど、荒れ果てた。
あまりに死ぬ数が多く、いつしかイヴンには数え切れない骸が積みあがり
いつしかイヴンは死の町として、カラス以外寄り付くものはなかった。
ロイルは荒れた町並みを一望し、目を細める。
外部から全く人が来なかったイヴンは、異色な客人をじとっとした視線で追っている。
ものすごい死臭が鼻を突き破り、脳をも侵す勢いで充満する。
片隅にはウジをついばむカラスがひしめき、奪い合い、
事のすごさを物語っていた。
「ここに、コアが埋まった人形がいると、情報が寄せられました。」
「しかし酷いな。こんな所で調査した我が軍の情報部隊は流石の腕だな。」
ロイルとレニは平然とした顔でイヴンの調査を開始し、
二人は今回はリックがいることから、調査を二度に分けて行うことにした。
「コアの人形の特徴は、やたらに綺麗な外見をしたやつだ。最近のは精巧で人と区別しにくい。気をつけろよ」
「はい、ロイルさん」
しばらく歩いたところで、町は大きく開けた場所になる。
その中心に大きく構えた彫刻には、イヴンは永遠にと刻まれていた。
ロイルは彫刻を見上げ、刻まれた文字を指でなぞった。
「永遠…か。皮肉だな」
「ロイルさん、向こうは行き止まりみたいですよ」
「よし、なら向こうを少し見て回って、今日はもう引き上げよう。足手まといがいることだしな」
そうロイルが歩みを進めた途端、カツン、とロイルの足元に小石がぶつかる。
咄嗟に刀を構えたロイルは、背後からおそるおそる小石を投げた人物の首元に刃を向けた。
「ロイルさん、」
「お前は…」
ロイルが刀を向けた先にいたのは、お世辞にも綺麗だとはいいがたい人形だった。
からだのあちこちを破損し、内部の精密機械をさらして、立っているのがやっとだというばかりの風体で、ロイルをにらんでいた。
「ジャンクか、僕はジャンクを手にかけるほど残虐じゃあない、失せろ」
壊れかけの人形に、ロイルはもう一度背中を向ける。
しかし人形はこりずにその背中めがけて小石を投げた。
暫くは我慢していたロイルも、我慢しかね、足を止めた。
「聴覚機能も破損しているのか?おい、」
「ロイルさん、あまり相手になさらないほうが…」
「ジャンクに虚仮にされて黙っていろだと?おい、」
人形はロイルが足を止めたのと同時に投石をやめ、ロイルをじっと見つめた。
ロイルは何か意図があるのかと、ゆっくり人形に近づいていった。
「お前、名前はあるのか?」
ロイルの言葉は分かるのか、人形は首を振る。
レニはロイルの顔を心配そうに見つめていたが、ロイルは何となく
人形の面差しが知り合いの少女ににている事が、気がかりだった。
少女の人形は、ロイルの手を取り、指で文字をなぞった。
「わたしたちをほっといてください?」
「…やはり他にも人形が」
「音声機能が損傷しているのか…。安心しろ僕はお前たちのジャンクには興味がない」
しかし、何が納得いかないのか、少女のような人形は首を振るばかりで
ロイルの腕を離そうともしなかった。
レニとロイルは顔を見合わせ、仕方なく一度帰還するべく、少女に直った。
「なあ、僕達はもう帰ることにした。だから大人しく離すんだ」
少し考えていた様子の少女は、ゆるく指を離し、ロイルを見上げた。
「…じゃあな」
ロイルは少女の頭をなで、元来た道に戻ろうと歩き出した。