三話
教会はミサを終えて人々の姿はまばらだった。入ってすぐ目に付く大きなパイプオルガンがステンドグラスの様々な色を受けて輝いている。信者がゆっくりと目を閉じて祈る様子を横目に、つかつかとヒールを鳴らして教会の中央にやってきたロイルは、神へ祈りを捧げる一人のシスターの前で立ち止まった。
シスター・ケイはそんなロイル達に気づいてそっと立ち上がって複雑さそうな表情で振り返った。
「ロイルさん…」
「ケイ、聞きたいことがある。僕をセイラの場所まで案内してくれないか」
「…はい」
リックはケイと面識あったため、驚いて彼女を見つめていた。
シスター服の下の憂いた表情はかつてヴァレスと冗談を言い合っていたような面影はない。ケイはリックに軽い会釈だけ済ますと、案内するべく歩き出した。
一体どうして教会へ連れて来ようと思ったのか尋ねようとも、先を歩く二人の奇妙な雰囲気がそれを拒んでいるかのように思えて聞けなかった。
そしてケイとあった時のことをぼんやりかみ締めてリックは苦い顔をして俯くのだった。
連れてこられたのは不思議な空間だった。
ガラスケースが一つの個室のように連なった廊下が延々と続いている。
そしてそのガラスケース全てにはぎっしりと詰められた花などと共に、目を閉じて全く動かない人形が立ったまま飾られているように収まっている。
リックはその下に刻まれた黄金のプレートをたどたどしく読み上げた。
「…マイク・スピネルここに眠る…?」
「これは故人の墓だ、ウィーゲル」
「ええっ?!」
リックは思わずロイルの顔を見遣った。
ロイルはそんなリックを鼻で笑って、歩き出す。
「生前の美しさを永遠に残した棺が何千、何万と並んでいる。それはすべて人形と関わって死んだ者達だ。皮肉にも、その遺体を包んでいるのは葬儀屋が作った人形だがな」
「こんなに…沢山」
少し歩いた所で、ロイルは突然足を止めた。
リックもつられてロイルが見上げるガラスケースの棺に納められた少女を見上げて、ハッと息を飲んだ。その下のプレートにはマリル・アトキンズここに眠ると刻まれていた。
「僕はここで何度あのときを思ったのか知れない。それはきっと、ヴァレスも同じだっただろうよ…彼女を包む花の数が物語っている…」
「…ロイルくん」
マリルの遺体は、人形に包まれた顔だけを残して全て真新しい花で埋め尽くされていた。まるで花弁の布団で眠っているだけのように見える、少女の穏やかな表情。
リックはロイルが任務後は墓参りに訪れると聞いていたが、ロイルが言うようにたった一人のものではないだろう花の数だった。
「セイラさんのお墓はこちらです」
それから少し歩いて、見上げたセイラという少女の姿を見て、リックは再び驚いた。
それは軍服のポケットの中に入っていた、何度も見てくしゃくしゃだったヴァレスの写真の少女。写真はモノクロで分からなかったが、その少女は鮮やかな真紅の髪を編み込んで、幼さの残る表情で笑んでいた。墓場の他の人形は全て目を閉じたものだったのにも関わらず、この少女だけ、写真と違わぬ眩しい笑顔を見せていた。
ロイルはケイへ尋ねる。
「この子がここに運ばれてきたのはいつだ…」
「それは…」
「言え。大事なことなんだ」
「ロイルさんがやってくる、ほんの一週間前です…」
ロイルは、それを聞き、大きく項垂れそっとセイラの微笑むガラスケースに額を寄せ、呟く。
「だとしたら…僕は…本当に君を殺したのか…セイラ…」
「えっ…?」
静寂が周りの人の声を掻き消すように広がった。その静寂はもしかしたらこの三人にのみ訪れた幻想だったのかもしれない。それでも一瞬、凍りつくような空気が流れて、ロイルは両手を組んで悲痛な声で告げた。
「だけど…僕は何一つ…覚えていないんだ…」
それはまるで誰かに宛てたような言葉だった。セイラに宛てられたのか、はたまたヴァレスだったのか、それはロイルにしか分からないこと。
リックは小さな疑問を抱えつつ、それをそっと頭の隅へと追いやるのだった。