二話
リックは、敵に刺されたというロイルの話を聞き、ルイスに断りを入れてロイルの私室へと赴いていた。もちろんルイスはいい顔をしなかったが、ほんの少し時間をもらって
リックは前に訪れた菓子店で菓子を購入して二十階を目指した。
街はどこも慌しく壊されてしまった家屋の修理や復興に忙しそうに動き回っていた。リックはそんな現状を見て改めて空軍の突然の奇襲がなんだったのかを考えた。
もともと、陸軍だったランガーとアイリーンが創立したという分隊でここまで大きくなったのも一連の人形騒動があったからだという。
やがてエレベーターは二十階にたどり着き、リックは深く深呼吸した。
「あの、少佐のご容態はどうですか?」
「ああ、この前の二等兵か。それが今誰とも会おうとなさらないんだ、悪いが面会はできない」
「そう…ですか」
リックは驚いて目を見開いた。
あのロイルが面会すら出来ないほど何かあったのかと心配すらなった。
リックは菓子を門番に渡して二十階を後にした。
あれから、ヴァレスの姿も見当たらないし、訓練にはデンがいなくなった。
ここの所、落ち着きなくばたばたとしていた為、気にはしていたものの誰に聞くわけでもなかったリックは、ロイルのことといい腑に落ちないことばかりだった。
訓練まで時間があったため、ふらりと再び町に降りたリックは、もしかしたらフラッグにヴァレスが顔を出しているかもしれないと勘を頼りにフラッグを訪れた。
しかしそこにいたのはヴァレスではなく、意外な人物だった。
「ろ、ロイルくん!」
先ほど部屋を訪れた時、面会謝絶と言い切られたロイルの姿がそこにあった。
顔より大きくて長細いパフェをぼんやり食べていたロイルは名を呼ばれてこれもまたぼんやりと振り返った。リックはロイルに急いで駆けていくと間髪入れずに質問を次々浴びせた。
「どうしてここに?さっき君の部屋に行ったら会えなくて…それよりどうしたの?怪我したって聞いたけど…あとヴァレスとデンがいなくなってて…何か知らないかい?」
ロイルはややうつろな目でリックを見ていたが、何を言うでもなくまたパフェに没頭し始めた。
リックは見事に全ての質問をスルーされてしまい、肩透かしを食らってしばらくその様を眺めていたが、やがて落ち着いた声で尋ねる。
「…何があったの?」
ロイルはそっとパフェ用の長細いスプーンを脇に置いて、か細い声で話し出した。
それは頼りない声で、とても以前のロイルが出すような声とは思えないほどだった。
「ヴァレスがレイディアンを裏切って…空軍と共にコアを奪って去っていった」
「えっ?」
リックはまるでロイルが何を言っているのかさっぱり理解できず、頭が真っ白になるのを感じた。再びロイルが言ったことを何度も反芻しながら、恐る恐る復唱した。
「…ヴァレスが…裏切った…?あのヴァレスが?」
「そうだ、あのヴァレス・ブラックモアが僕の腹に風穴を作って逃げていったんだ」
「嘘だ!」
カン、と高い音が鳴り響いてスプーンは床をバウンドした。
思わず叩き落してしまったリックは、今にも泣き出しそうな顔でロイルの肩を掴んで
もう一度尋ねる。
「嘘だろ?ロイル…くん…あのヴァレスが…どうして裏切る必要が…」
「嘘なものかじゃあこの腹の穴は誰が空けたんだ?僕が?ひとりでに腹に穴が空くのかお前は!」
リックは思わず手を離した。
それはロイルが何倍も自分より悲惨な声で、酷く悲しげな顔で、リックを見上げたからであった。
リックはようやくそれが真実だと分かり、力なく椅子に座ると項垂れたロイルを見遣った。
傷が痛んだのか横腹を押さえるロイルに申し訳なさがこみ上げる。
ロイルは続けた。
「バークホークは最初から人形組織のスパイだったらしい…僕と任務を共にした時製造者の弟と姿を消した…」
「なん…で…デンまで…」
「…僕はもう…何を信じたらいいのか…分からない…」
リックはロイルが食べていたパフェを見つめた。つい先日、自身も口にしたロイル発案の大きなパフェ。
ここはロイルとヴァレスの行きつけの店だったとヴェレスから聞いたのは本当だったらしい。
きっとヴァレスのことを想いながらこの店に足を運んだのだろうと思うと、リックは胸が痛んだ。
そしてこれ以上なんと声をかけていいか分からず、リックは椅子から立ち上がってロイルに背を向けた。
「その…ロイルくんの部屋にお見舞いに行ったんだ…会えなかったからお菓子を門番の兵に渡してあるから…」
ロイルは答えない。リックは戸口まで歩いていき、振り返る。
「…じゃあ…ね…」
「…待て…ウィーゲル」
「えっ?」
「…見せたいものがある」
ロイルは重々しく口を開くと、パフェの代金をカウンターに置いて彼もまた立ち上がった。
そしてゆっくりと戸口へと向かうと、リックの側で足を止めた。
「そして…僕は聞きたいことがある奴がいる。…一緒についてこい。このアクアドームの教会へ」