第七章 殺人鬼X
ロイルの状態は悪かった。傷は浅かったが、出血量が多かったため輸血を必要とする重傷だった。ドーナは人払いをしてロイルの手術を行い、輸血は血のつながりはなかったがランガーの血液で行うこととなった。ランガーの部屋から追い出されたレニは、血だらけの服で彼自身も患者だったため運ばれていかれ、部屋前には不安そうに祈るマリアとトレストゥーヴェの姿があった。
「どういうことなの?一体誰がロイルを…」
「空軍のやつよきっと…許さない…無事でいて…ロイル…!」
ランガーは少なからず動揺していた。深緑の制服はすっかり酸化した黒に変わった血液で染まり、呼吸は浅く今にも途切れてしまいそうだった。ドーナはロイルの腹部の傷を縫い、輸血最中のランガーに振り返った。
「ちょっと…アンタこの胸の傷…」
「………。」
「アンタ知らないわけないわよね?これってもしかして…」
「…いいから今は腹部に集中してくれ…」
「この子…こんなに辛い人生を歩んできていたなんて…不憫ね…」
上着を取ったロイルの胸には、血管が浮き出たような無数の管が伸びた傷があった。その中心は盛り上がり、まるで心臓が浮き出ているかのように脈打っていた。その傷を発見したドーナは思わず目を逸らして、ロイルが着ていた上着を被せて作業を再開させた。
ランガーはロイルを一瞥して、深くソファーへ体を沈める。
ロイルの手術が終わったのはそれから二時間後のことだった。
「ロイル!」
二十階のロイルの私室には、トレストゥーヴェ、マリア、それと無理をして医務室から出てきたレニの姿があった。数日全く目を覚まさなかったロイルはようやくその両目をしっかり開いて、鈍く痛む体で起き上がった。意識を取り戻したことを聞いて駆けつけていた三人には安堵の表情が浮かび、トレストゥーヴェはロイルに抱きついてむせび泣いた。
「よかった…もう目を覚まさなかったらって…!」
「トレストゥーヴェ…」
ロイルは辺りを見渡して自分がどこにいるのか確かめると、自嘲して薄く笑った。
「生きていたか…」
「よかったロイル…心配したのよ」
「ええ、無事でよかったです…ロイルさん」
ロイルはふとレニの顔を見つめて怪訝そうな顔をした。そしてフン、と不機嫌そうに鼻をならしてトレストゥーヴェを押しのけたロイルは、寝返りをうってレニ達に背中を向いて黙ってしまった。
トレストゥーヴェはまだ傷が癒えないのかとロイルの側から離れて、その細い背中を寂しげに眺めた。
「何か食べ物でも…数日点滴だけでしたし…」
「構わん…一人にしてくれ…」
「ですがロイルさん…」
レニはそっとその背中に触れようと、手を伸ばした。その指先が触れるか否かの瞬間、電撃が走ったように大きく震えたロイルは飛び上がり、レニを睨みつけて荒い息で返した。
「ぼ…僕に触れるな…ダリウス…!」
レニは驚いて手を引いた。
マリアやトレストゥーヴェは突然錯乱したロイルに驚き、ロイル自身驚いたように口を押さえてベッドの隅からレニを見つめた。
「…ぼくは…今なんて…?」
レニは数秒間険しい顔をしていたが、やがて落ち着いたロイルを横たわらせて毛布を掛けた。
トレストゥーヴェはおろおろとその様子を見つめていたが、レニはいつも通り微笑み、ロイルに向かった。
「…少しお疲れのようです。誰かと間違えたんでしょう。私達はもう出て行くとします。何か欲しい物は?」
「…ない」
「そうですか。ではお大事に」
レニはそう言って踵を返してロイルの部屋を後にした。戸惑ったトレストゥーヴェとマリアもロイルに別れを告げ、部屋を出る。一人きりになった室内で、ロイルは胸に渦巻く奇妙な感覚に、苦しげに呻いた。
「ダリウス…ダリウス…誰だ思い出せない…だけど僕は…そいつを知っている…」
交差する記憶を懸命に思い出そうとするロイルは去り行くレニの表情を思い出して、また苦い顔をした。そして何より、自分の腹に大きな穴をあけて、コアそして空軍と共に去ったかつての親友を思い出して、唇を強くかみ締めた。
「ヴァレス…何故…」