五話
レニは驚いて薄暗い地下を見つめた。
配管がのびた船内最下層のこの場所に積まれた人形の数は一度の戦争で軍隊を築けそうなほどあった。数体ならば回収しようと思っていたレニも、あまりの多さに驚き、ただ見つめていることしか出来なかった。両サイドの壁に飾りつけたかのような裸体の人形たちがぶらりとぶらさがってあり、目は伏せられていたがその顔は皆違うもので、製造者の技術力が伺えた。
レニが唖然としてそれを見つめていると、背後から男が近づき、レニはすぐさまその気配に気がついて振り返った。
「この人形は、ソルワット様からじきじきに頂いた精鋭達だ…型は古いがいい働きをしてくれた」
男、ジェインはくつくつと不気味な笑みを浮かべ、ランタンを掲げた。その淡い炎に照らされたレニは、無表情でさして驚いた様子もなく返した。
「お前がジェイン・ダボット…。ソルワットは製造者だな?」
「ホホホ、まさかお前、レイディアンの…下らぬ組織だ。こんなに素晴らしい兵器を壊してしまおうとは」
ジェインはランタンを持った手とは反対の手でそっと人形に触れた。
するとその人形の目に光が宿り、体を伸び縮みさせると地面に降り立った。
「さあ行け、あの若者の目を覚まさせてやるのだ…」
レニは眉を寄せて、足に隠していた銃を取り出して構えた。骨ばったジェインの頬が緩み、ジェインはいやらしい笑みを浮かべてレニを指差した。
「そして殺せ。お前の価値の分からぬものを、生かしてはおけぬ」
そうして人形が飛び掛り、レニは銃の引き金を引いた。痛みを知らない人形は基本攻撃を避けたりしないが、高い戦闘プラグラムをされた兵器用の人形はすばやくレニが撃った三発の弾丸を避けてレニを殴りつけた。レニは体制を崩して受身を取り、さらにもう二発弾丸を撃つ。一発は人形の頭部を損傷させ、残り一発は避けられてしまった。
人形がもう一度レニを殴りつけようと拳を挙げた瞬間、野太く大きな悲鳴が地下を駆け巡った。
「ジェイン!ジェイン!」
ジェインは人形を止め、側へと引き戻した。すばやく後退してレニから離れた人形は、ジェインの背中にぴったりとつき、命令を聞いた。
「今やってくる男を…」
「ジェイン!助けてくれ!感ずかれた!変な少年に…どうしたら…」
「殺せ」
人形は狼狽したボーマンに駆け出した。
何も知らないボーマンはジェインにすがろうと両手を広げ、刹那、ボーマンの視界に人形が写った瞬間、激しい金属音が交わり、ボーマンはすっかり腰を抜かして倒れ込んだ。
「くそっ、貴様が人形を仲介していた男か!」
ロイルは刀で人形の一撃を止め、反対の刀で反撃して人形は大きくのけぞった。その短い時間を突き、人形を大破させたロイルは、奥で銃を構えたままのレニを見つけて、目を見開いた。
「お前は夜に部屋であった…!」
「ひいい、死にたくない!助けてくれ!」
「…!」
混乱したボーマンが足にすがりつく。新しい人形を数体起動させたジェインは、不気味に微笑んでまるで劇でもみているように手を叩いた。ロイルは襲い来る人形たちを捉えてボーマンを後ろ足で蹴り上げ、刀を振り下ろした。すると銃の援護で倒れた数体がロイルの足元を転がり、ロイルは不審がって顔を上げた。レニはすばやくロイルの側により、弾を充填するとロイルを見つめて笑顔を浮かべた。
「私はレニ・オズボーン。レイディアンでは少尉を務めています」
「なっ、じゃあお前が落ち合う予定だった?!」
「はい、詳しいことは後で!」
掴みかかる人形を取っては捨て、取っては捨て。
それを繰り返し、ジェインは愉快そうに笑う。
「そうだ!そうだもっと殺しあえ…!あは、あっはははは!」
「チッ、気色が悪い!オズボーン、僕が合図したら銃を撃て」
「えっ?」
「いいから、!」
ロイルは急にしゃがみこみ、人形の下をくぐるように大破させると、すばやくジェインに間を詰めた。新たに人形を起動させようと手を伸ばしたジェインを守る人形に蹴りを食らわして、ロイルは声を上げた。
「今だ!手を撃ちぬけ」
バツン、と鋭い音が鳴り響き、人形の頭上ぎりぎりを掠めた弾丸は、ジェインの手のひらを貫通して血しぶきをあげた。甲高く悲鳴を上げたジェインは手からランタンを落として背中から倒れた。
「ぎゃあああああ!」
蹴りを入れた人形を殲滅したロイルは人形ごとジェインを蹴り、ランタンの炎を消した。
ジェインは痛みにのた打ち回り、悲鳴はやがて、恍惚とした笑いに変わっていった。
「あはははははははっはは、アハ、アハッはハハハ!」
ロイルが不気味さにやや驚いて後ずさりをした。地を虫のように這い、何がそんなに可笑しいのか尚も笑い続けたジェインはやがて、口からあわを吹いて、そのまま声が聞こえなくなるまで笑い、事切れた。
ごとり、と動かなくなったジェインを見下ろして、不気味さから身震いしたロイルはレニを見遣り、眉を寄せた。
「銃で手のひらを撃ち抜かれて死んだ奴は初めて見たぞ…」
「…ええ、私もですよ」
「…さて、ボーマン。お前、こんなものをみてまだ人形で僕たちに歯向かうか?さあ、今考えろ」
ボーマンは即座に青ざめた顔で首を振り、死んでしまったジェインを一瞥して許しを請うた。
「捕まったっていい、死にたくない…どうか助けてくれ」
ロイルは満足そうに鼻を鳴らして返した。
「どれ、許してやろう」
と。
やがて、船内に戻ったロイルはボーマンを拘束して改めて自分のサイズに合った服に着替えてボーマンの部屋を捜索した。中には隣国に持ち込む予定だった自国の兵器のリストや、銃などの他の兵器なども見つかり、ロイルは呆れてため息をついた。
レニは拘束したボーマンから丁寧に情報を引き出し、時たま脅したりして楽しそうに会話をしていた。ロイルはそんなレニに振り返り、側に寄った。
「今日は助かった。アイリーンからお前のことを聞いていなくて…お前が仲介者だと疑った、すまない」
「いえ、それよりお名前を伺ってませんでした。お名前は?」
「ロイル…ヴァン・ハーゲンだ。」
「そうですか。私のことはレニとお呼びください、ロイルさん」
ロイルは薄く笑って、レニと握手をした。
そしてその細くて白い指先を眺めて、ロイルはふと、嫌なことを思い出して顔をしかめた。
「…どうかしましたか?」
「…あ、いや…情報を引き出した婦人をだましたまま…来てしまったなあと…」
「それはそれは…ロイルさんもお若いながら…ですね…」
「…うるさい!面倒なことになる前にさっさと降りるぞオズ…いや、レニ」
レニはふっと目元をほころばせて微笑んだ。
「ええ、ロイルさん」
そしてこの任務の後、彼らはパートナーとして歩き出した。
大きな運命と、必然の元に…。