五話
ロイルは貫通した腹の傷を押さえて痛みから大きな悲鳴を上げた。傷からはとめどなく鮮血が溢れ出し、ロイルは口からも多量の吐血をして、定まらない視点でヴァレスを見上げた。
ヴァレスはロイルを見下ろして、ナイフを落とした。
「な…ぜ……お前が…!」
「…ロイルに会ったときから、殺そうと思っていた。けど、だんだんお前と仲良くなって、だんだんセイラを忘れそうになってゆく、それが怖かった。」
ヴァレスはぽろぽろと涙をこぼして鼻声で続けた。
「セイラはあんな酷い殺され方をしたのに、覚えていないお前に殺意と憎しみが蘇るたび、葛藤した」
だけど、とヴァレスは後ずさりをした。
既に沢山の血液を失っていたロイルは意識が飛びそうな頭でヴァレスの話を必死に繋ぎ止める。ヴァレスは首を振ってロイルから視線を逸らした。
「だけど俺は、こうすることを選んだ、選んでしまった。だから、」
ロイルは泣いているヴァレスの表情を見つめて、ふと笑った。
「さようならだ、ロイル」
重たい音が響く。ロイルを残して巨大な扉は少しずつ閉まっていった。だんだん見えなくなってゆく光を追っていたロイルの目も、静かに閉じられていった。
空軍は、ヴァレスの合流と共に、一部の兵を置いて撤退していった。
基地の中枢、アイリーンの私室で両手を組んで堂々とその様子を見つめたゴードンは、部屋の隅で拘束されて尚、キセルをくわえるアイリーンを一瞥した。
「完全なる我らが勝利だ、ベイツ」
アイリーンは手錠がかかった両手でキセルを持ち替え、煙をゴードンの顔へと吹きつけた。
「何が勝利だ、そもそも奇襲をしかけてきた頭のおかしいのはアンタ達の方だろう?」
ゴードンは鋭くアイリーンを睨み、胸倉を掴んで容赦なくその美しい顔に拳をたたきつけた。バランスを崩したアイリーンはそのまま倒れ込み、組み敷くゴードンへぷっと唾を吐きつけて笑った。
「私をそこらへんの女だと思うなよ、下郎」
「…気に食わん女だ…思わず、殴ってしまうほどに、な」
やがて、静かさを取り戻したアクアドームには、傷ついた多くの兵士、そして民。沢山の損害と損傷だけがまざまざと刻まれ、この一方的な戦争は終結をみせた。ルイスは怪我をした兵士と、まだ戦える兵士を振り分けて点呼を取り、怪我をした兵士達は廊下で寝そべり、救護に回されていた。
トレストゥーヴェはドーナを手伝い、負傷者の救護にあたる傍らで、見かけないロイルの姿を捜していた。皆が慌しく走り回り、兵士達は悔しそうな声をあげた。
「くそ、空軍の奴ら、頭がどうかしちゃったのか?分隊とはいえ、仲間である俺たちに手をかけるなんて…!」
「一体何が目的で…たった半日で撤収したんだ、おかしいだろ、どう考えても…」
「こんなあっさりと空軍に陥落される組織で、いいのか?」
レイディアンに渦巻く混乱。レイディアンの士気は下がりに下がり、兵士たちには深い不安が残った。ランガーはマリアを救護に向かわせると、大きく息を吐いて椅子にもたれかかった。ここ最近はカミュの修繕でろくな睡眠もせず、ランガーの体力は底をついていた。
両手で頭を覆い、ランガーは苦々しく呟いた。
「どうして俺にこうも立ちはだかる…?マーリス…」
ランガーは頭を振り、蘇りそうな過去の全てを払いの退けるように立ち上がって両手を回した。カミュを修復しなければ、またいつ何に襲われるか分からないそう思ったランガーが作業を再開しようとソファーに向かった途端、ノックのないドアが突如開き、狼狽しきったレニが飛び込んで来た。
「ロイル…さんが…!」
べっとりと上質なスーツにこびりついた大量の血液、ぐったりとそれこそ人形のように動かないロイルが一度に視線に入ったランガーは呼吸を止めて、目を見開いた。そして、ハッと我に返って吠えるように叫んだ。
「何をしている!止血だ!ドーナを呼んでこい!」