第一章 栄枯盛衰の地
馬車は、大人三人と少年一人を抱え、苦しそうに軋み揺れていた。
先ほどから会話の一つもない馬車の中は妙な空気に満たされており、慣れないリックは
不安げにサジュの表情を窺うばかりだった。
ふと、今まで一言も話さなかったロイルが、思い出したように顔を上げ
サジュを見つめた。
「熊のことだが、任務の遂行を阻止してきたため僕が処分しておいた。もう一度部隊を向かわす必要はないぞ」
しれっとした態度で元々彼らが負っていた任務をこなしていたことを告げ、
再び腕を組み視線を落としたロイルを、サジュは複雑げに見つめ
口を少し開いたが、またすぐに閉じた。
軍人をしてのプライドを傷つけられたのか、サジュは苛立った雰囲気のまま
馬車に同行している。本当ならば歩いてでも世話にはなりたくなかったろうが、
自身が怪我をしているのもあり大人しくしている様子だった。
「曹長、そんなに気を悪くしないでください、ああ見えてもロイルさんなりの気遣いなんですよ」
レニが、そんなサジュの心情を読み取り、そっとサジュに耳打ちする。
ロイルは少し不服そうにレニを見やったが、別段何を言うわけでもなく頭を下げた。
「いえ、めっそうもない…、しかしレニ中尉とその…ロイル殿はどうゆうご関係で?」
サジュが、自分に向けられた話を逸らそうと尋ねた質問は一瞬の静寂を生んだ。
もしや聞いてはいけないような事だったのかと、サジュが思わず口をつぐむと、ロイルが呆れたようにレニを見た。
「なんだ、今の奇妙な間は。僕はこの男とパートナーなんだ。」
「いやあ、わたくしから口にするのはおこがましいかと思いまして…。」
「パートナー…?」
少し和らいだ空気に、リックは馬車に乗ってから初めて声を上げた。
レニはふっと笑んで、丁寧に答える。
「私達レイディアンのメンバーは、常に二人一組に分かれて行動しているのです。もっとも、よほど大きな仕事ですと何組か組んで行動を取りますが、基本は一組です。私とロイルさんがそうであるように」
「でも、レニさんはあの時馬車に居たじゃないですか」
「ええ、ロイルさんが優秀っていうのもあるんですが、この二人一組の班には意味があるんです。もう一人がもしも死んだら、その死体を回収する仕事があるからです」
「えっ?」
リックは思わずロイルを見る。
組んだ腕に顔をうずめて表情は見えないが、おそらく無表情だろうとリックは思った。
自分の見た目より幼い少年が、先陣に出て死を覚悟しているなど、情けなく感じた。
「まあ、心配なさらなくても。ロイルさんならきっと素晴らしいパートナーを見つけてくださいますよ」
「…レニ」
「あ、あのっ、何で死体を回収するために人が必要なんですか?翌日回収したら…」
「ふふ、まあ今全て勉強しなくとも、嫌でも知らされますよ。さあ、見えてきましたよ。」
「イヴンか…」
馬車は、決められた轍に車輪を走らせ、ゆっくりと目的地の町、イヴンの錠前で止まった。
ロイルとレニは馬車を降り、中の二人に返った。
「リックさんはここに居て下さい。曹長は先に司令部まで送って行きますので」
「えっ?俺も連れて行って下さい!俺だって軍人ですから!」
「済みませんが、中には入れません。この町は今、伝染病が流行っていますので」
「ですが…」
ロイルはため息一つ、レニの肩を叩き踵を返した。
レニはロイルに何を言われたわけでもなく納得すると、
リックに向かった。
「では、これは命令です。ついてきた時は厳しい罰を与えます」
「そん…レニさん…」
「…返事を」
「…イエス、サー」
力なく返事したリックを一瞥し、もう背中が見えないロイルを捜して
レニは走り出した。
残されたリックは、門の柱を強く拳で殴りつけ、その場に座り込んでしまう。
「くそっ、あんな子供に何ができるっていうんだ…」