三話
ロイルは落とした刀を慎重に拾うと、その切っ先をレインに向けてへらへら笑うレインを睨みつけた。一号機は恭しくレインにこれまでの事を報告して、レインは愉快そうに何度か頷いて
ロイルに向き合った。
「そう、お仕事ね。」
「お前は…一体?」
「困るなあロイル。いくらもう随分前から使ってないとはいえ僕の家をうろうろしてもらっちゃあ…」
レインは手招きをするように二三度手を振った。すると、今までなんの反応も無かったデンは、そのレインの動きに合わせて歩き出す。レニが驚いてひき止めようと手を伸ばすと、デンはレニへ拳を振り上げた。
「れ、レニっ!」
トレストゥーヴェの悲鳴が上がったと同時にレニは廊下の壁に強く叩きつけられ、頭を下げて動かなくなった。ロイルはそんなレニを静かに一瞥して、デンを見据えた。
「バークホーク…貴様…」
「ああっと、デンを裏切ったなんて思わないでね?彼は元々、僕がお手伝いに出していた人と人形の融合体…言わば改造人間なんだから」
「スパイだったんだな…僕が馬鹿だった…お前が訓練に出ていた時に気づいていれば」
ロイルは体制を低くし、トレストゥーヴェを部屋へと押し込んだ。
今にもレニに駆け寄りそうだったトレストゥーヴェはロイルとレニ、交互に見つめて不安げに大きな瞳を揺らした。レニは口の端から血を流し、ぼんやりする視界で緊迫した様子を見守る。
レインは側で立っていた一号機にそっと腕を回すと、愛おしげにその頬を撫でる。そして恍惚として告げた。
「デンには海軍将校のアランに近づいてもらおうと動いてもらっていたけど…堅い男でさぁ、飛ばされちゃったんだよねえ…まあ、好都合にも君たちの組織に…ね」
「お前が人形の製造者なのか…何が一体目的で…」
レインはその言葉に大げさなほど高笑いすると、一号機を押しのけ、ロイルへと近づいた。
ロイルはレインに切っ先が触れるか否かで後ずさり、レインは冷酷な視線をロイルへと投げつけた。
「忘れちゃったの…何もかも…」
「な…にを」
「だったら全てその感情を僕に頂戴…そうすれば、僕がお前の代わりになってやるのに」
レインはロイルを突き飛ばすと踵を返した。トレストゥーヴェはそんなロイルを支えて、声を掛けたが、そんな言葉など耳には届かず、すぐに起き上がったロイルはレインに飛び掛った。
しかしその攻撃はデンによって阻まれ、ロイルは大きく体制を崩して受身を取った。
「僕は製造者じゃないよ、ロイル。僕の兄様がこの美しい彼女を作り出したそう、神だよ…そして僕たちの悲願が叶う時また会おうね、ロイル」
「待て、どうして僕の名前を、僕の、僕の過去をお前は…!」
「行くよ、初期」
ロイルは足を蹴り上げてレインにもう一度飛び掛った。トレストゥーヴェはロイルの名を呼んで手を伸ばしたが、ロイルはそれを跳ね除けて走り出した。通常の人間では追いつきもしないような速さで間を詰めたロイルだったが、デンはロイルへ先回りしてロイルののど元を掴んだ。ロイルは宙を浮いてうめき声を上げる。
「あ、そうだロイル、いいこと教えてあげる」
レインは少し足を止めてロイルを見つめた。
酸素が足りない頭は必死に口を開いて尚も何かを尋ねさせようと動いたが、僅かな空気だけが絞まったのどの隙間から流れてゆく。レインは相変わらずの笑顔で告げた。
「あまりお前の周りの人間を、信用しない方がいいよ。」
デンは気絶してしまったロイルを離して、レインの後を追った。トレストゥーヴェは口を押さえて震え、レニ、ロイルと動かなくなった二人を見つめて涙を流した。
トレストゥーヴェはか細く、震える声で呟いた。
「もう、見つかっていたなんて…」
外の雨は嵐のように吹きすさんでいた。
屋敷は倒れ込んだ二人のかすかな息遣いと、トレストゥーヴェの嗚咽だけが響いていた。