二話
一号機の歩く速度は遅かった。ゆったりとしたその速度に合わせて歩くロイルの手には刀があった。廊下は永遠に続くとさえ思われる長さで続き、いくつかのぞいた部屋はロイルの記憶を喚起させるものや、手がかりなど一切感じられず、調査は振出しから前進を見せぬままであった。
廊下はまだ続くのかといい加減うんざりし始めた頃、一号機が何かに気づいて、声を上げた。
「あら…?」
ロイルは突然声を上げた一号機を不審がり、足を止める。
一号機はロイルへ振り返ると、奥を指差す。
「あちら側から光が…お連れ様でしょうか?」
「何?」
ロイルが廊下を見遣る。だが光などない。何か騙そうとしているのではと一号機を見上げると、向こうから声がしてロイルはハッと再び暗闇へ視線を遣った。
「ロイル…さん?」
デンを先頭に、身構えた風の二人組みは間違いなく先ほど別れたデンとレニだった。
ロイルは安堵の息をつき、むき出していた刀を鞘へ戻した。
「レニ、バークホーク…」
身構えていた二人は、一号機とロイル、トレストゥーヴェを交互に見つめて怪訝な表情を見せた。
ロイルは首を振り、一号機を見遣る。
「わたくし、ココで生涯を終えるのでしょうカ…?不穏な空気でいらっしゃいマスね」
「いや、お前にはまだ案内してもわわなくてはならん。おいレニ、向こうで何か収穫はあったのか?」
「いえ、浴室しか…ロイルさん、そこの人形は?」
「案内をさせている。気にするな」
ロイルはレニの側を通り抜け、一号機の後を追った。レニは何か言いたげに振り向いたが、数ミリ開かれた口から何の言葉もでなかった。デンはそんなレニの様子を何か思案するように見つめた。
トレストゥーヴェはちらりとレニへ振り返り、そっとロイルに耳打ちする。
「ロイル?さっきのこと、レニに言わなくていいの?」
「何故?」
「な、何故って…あなたのパートナーじゃない…」
「必要ない。あれは僕に忠実に従う腕だ。大体さっきのことは言っただろう、夢のようにまるで他人事だ。言う必要など、ない」
トレストゥーヴェは足を止めて複雑そうな表情になる。自分はロイルを分かってあげたいし、きっと同じ想いがレニにもあると信じていた。他人事なのはロイルの方ではないか、そう思うと胸の奥がちくりと痛んだ。一号機は振り返り、一つの大きな部屋で足を止めた。
「ここが最後の部屋で主の書斎です」
この部屋だけつい最近まで使われていたかのように、扉は頑丈、そして綺麗だった。
さらに厳重に鍵で守られていたドアノブを開き、一号機は腰を屈めてお辞儀をした。
「どうぞ」
この先は罠ではないか、そう思われるような丁寧な手つきで招かれたロイルは、一号機を一瞥し、部屋へと入った。トレストゥーヴェはなるべく一号機との距離を取り入室し、レニとデンは部屋の外から様子を伺った。
書斎内部はやはり傷んでいた。家具は皆役目を終え、床につっぷし、窓ガラスは割れてこれもまた床に散らばっていた。昔は鮮やかな赤色をしていただろう絨毯も黒くくすんでいる。ロイルは棚と棚の間から覗く文献などを引っ張りながら、書斎の調査を始めた。
レニはお辞儀をしたまま動かない一号機をしばらく見つめていたが、やがてふと、自分たちが上がってきた階段から、足音が聞こえて、一号機の背後へ目を凝らした。
次第に近づく足音にデンも感づいたのか、すっとレニの前に出る。
やがて、ぼんやりとした廊下の明かりが向こうから歩いてくる人物の影を映し出した。
レニはその人物の顔を見て、絶句する。
「やあ、初期。何だか賑やかだね!」
快活な声を上げた少年は、こつこつと靴音をならし、一号機の背中を軽く叩いた。
ようやく頭を上げた一号機は少年の顔を見つめて、滑らかな音声で返した。
「はい、レイン様…」
「君たち…どこから来たの…?」
レニは答えに困っていると、
突然、声に反応したロイルが廊下に飛び出した。
レインと一号機に呼ばれた少年はロイルの一撃を軽々避けると、ロイルに向き合った。
「やあ、ロイル。元気だね」
ロイルは思わず自分の腕から刀を落として少年の顔を見つめた。ロイルの背後にいたトレストゥーヴェは震える声でその心境を代弁する。
「ロイルが…ふたり…?」
長く垂れ下がったアシンメトリーの髪をかき上げて少年は不敵に微笑んだ。
「僕はレイン、レイン・ソルワット…さあて君たちの用事は何かな?」