七話
その後、食べ切れなかったパフェをヴァレスに食べてもらい二人は店を出た。それから街をてんてんと歩き回り、時刻は夕方を過ぎて二人の足は基地へと戻っていた。
新しい服や食料を両手に抱えたリックは、今日あった色々なことを思い出していた。特にフラッグを訪れる前の涙は突発的で、今思い出すだけで顔に火がつきそうだった。
ヴァレスは片手に抱えたリックの荷物を見つめ、小さく笑った。
「俺、ロイル以外とは外をうろついたの初めてだな~。」
「えっ?意外ですね、なんだか」
「あはは、勿論女の子とはデートするけどね!」
リックは苦笑する。それから話が脱線して、前出会った可愛い女の子の話に逸れていったが、リックは聞いてみたいことがあった。やはり、自分とヴァレスは友人なのだろうか。そうなら敬語をやめてもいいだろうかと。きっと彼なら許してくれるだろうし、友人と言ってくれるだろう。いつかタイミングがきたとき尋ねようかと思っていたが、中々切り出せず、いつしかリックはその質問を忘れてしまった。
「あれっ?あんな所に扉が…」
基地の門前まで帰ってきたリックは、基地の正面玄関の斜め向かいの扉に気づいて足を止めた。普段気にしていなければ見つからないような場所にあってものすごく頑丈そうなオレンジ色の扉だった。その持ち手には何重にもなった鎖が巻きつけられ、鍵がかかっている。
あの付近を中から一度訪れた時、内側からの扉なんてなかったことを思い出したリックはヴァレスの肩を叩いてその扉を指差した。
「あれは、何の部屋なんですか?内側に扉なんてなかったけど…」
「ああ、あれはコアがしまってある部屋さ」
「コア?」
「そう。特別な人形だけについているらしい宝石みたいな玉で、それをつけた人形は戦闘能力が高くなるんだ。コアはまだ研究されている物で、何なのかまだ分かってないらしいけど…危険だからああして封鎖されてるんだって」
「へぇ。詳しいですね」
「まぁね~清掃員は年に一度だけあの部屋の掃除をするから入ったことはあるよ」
「そうなんですか」
改めてリックはオレンジの扉を見遣った。入ってはならないと言われれば好奇心が動くもの。どんな風なのかと想像しながら、二人は基地へと入っていった。
獣道は突然途切れた。
雨でぬかるんでいた地面はロイルたちの歩く動きに合わせて茶色い水しぶきをあげる。
また砂利がいい具合に足を引っ掛けて、足場は最悪の状態だった。
ロイルは草が伸びきった方向を見つめ嫌そうな顔をし、地図で場所を確認してもう一度顔を上げた。
「この先…なんだが」
「いやあああ、もうどうして突然道がなくなるのよぉ!」
トレストゥーヴェは抗議の声を上げて駄々を踏んだ。ロイルはトレストゥーヴェに振り返り、嫌味な笑みを浮かべた。
「なら馬車に戻るか?もうとっくにレイディアンに帰った馬車を追ってせいぜい走れ」
「馬鹿言わないでよ!弱音ぐらい吐かせてよ!」
「ロイルさん、この藪を歩くのは危険です。迂回しましょう」
「そうだな」
「ええええええっ!?」
「なら一人でこの藪を歩くか?お前は辛い選択ばかり好むな」
「いい加減にしてよ、ロイル!」
憤慨した様子のトレストゥーヴェに薄く笑って、ロイルはなら文句を言うなと一言述べて踵を返した。
一向に止まない雨がロイル達の頭や肩をぬらしていった。深緑の軍服が黒々とする頃、藪を避けて迂回したロイル達の視線の先に、突然のように現れた古い廃屋。
ちょっとした屋敷のようで、錆び切った柵に覆われていた。ロイルは地図と比較しながら納得したように頷いた。
「どうやらここだな…僕たちは少し遠回りさせられていたようだ」
「…あの藪から斜めに渡ってすぐじゃない。なんであこから見えなかったのかしら」
「木が邪魔していたんだ。」
屋敷の周りもやはり草が生い茂っており、ロイルはナイフで背の高い草を切っていきながら屋敷へ進んだ。レニはトレストゥーヴェが歩きやすいようにリードして歩き、デンは先ほどからなんの言葉も発しなかった。やがて朽ちたドアの前までたどり着くと、雨でぐしゃぐしゃになった地図をしまって、ロイルは改めて外装を見上げた。
二階建ての大きな屋敷だった。昔は白木を使った美しい様だったのだろうが、今は虫が食い荒らし茶色くなってしまっている。窓はいくつか割れていてボロきれのようなカーテンがひらひらと風に揺れていた。その屋敷の不気味さに眉を寄せるトレストゥーヴェは思わずロイルの服の裾を握って押し黙った。
「人が使っている様子は全くないな」
「早めに調査しましょう…、人形よりもっと悪いものが出そう」
「…やはりお前は事務向きだと僕は思うぞ、本当に馬車を呼ばれたくなかったら小鳥のようにうるさいその口を閉じろ、トレストゥーヴェ。」
トレストゥーヴェはぎろりとロイルを睨みつける。ロイルはトレストゥーヴェを一瞥すると、なんの躊躇もなしに今にも取れそうなドアノブを引いた。