六話
店は静かだった。年代を感じさせるバーカウンターとテーブル席がいくつかの喫茶店のようで、真ん中にはジュークボックスが居座っていた。扉を開くと鐘が鳴り、客の存在を店主へと教える。
ヴァレスが陽気に店内へ入ると、店主らしき小太りの男が新聞紙から顔を上げた。
「ヴァレス!久しぶりじゃねぇか!」
「やあマスター!いつものお願い」
「おや?ロイルと一緒じゃないのか。」
「俺軍人辞めてっからねー、ロイルも忙しいみたいだよ?」
マスターは新聞紙を折りたたみ、カウンターの上に置いた。ヴァレスはその新聞紙を拾い上げ、近くの椅子へと腰掛けた。目元が腫れ上がったリックもまた、おずおずとカウンター席へ腰をおろす。
「連れは?何か飲むのかい?」
「あ、俺はコーヒーで」
「はいよ」
豆を挽くけたたましい音が店内に響いた。ヴァレスは水の氷をがりがりとかじりながら新聞紙を雑誌のようにぺらぺらめくってゆく。リックはなんとなくその様子を眺めた。
「ほら。ミルクは?砂糖もいるか?」
「ブラックでいいです…」
「何だよリック!俺と同じのにすればよかったのに!折角ここまで来たんだし」
「同じの?」
「マスター、いつものもうひとつ!」
ヴァレスの注文を受け、マスターは奥へと引っ込んでいった。一体何の準備だろうと覗いたリックは、次にマスターが帰ったとき、大きく口を開いて唖然としてしまった。
「な、何ですか!あの巨大なパフェの器!」
「マスター特製、デラックスパフェだよ!」
マスターの顔ほどもあろう大きな器二つがカウンターに並べられた。そこへ山ほどのシリアルと生クリームが盛大に流し込まれ、それを見ただけでリックの空腹感は満たされるようだった。さらにアイスや果物の層を重ねられてゆくパフェを見つめて、スプーンをくわえていたヴァレスはしみじみてして呟いた。
「これ、ロイルが考えたんだよ」
「えっ、ああ、甘いものが好き…ですもんね」
「そう、そこだけは今も変わらない…。昔はよくここに来ていたんだけれど…今は少し疎遠…かな」
「ロイルくんとはいつ知り合ったんですか?ランガーさんからロイルくんはここに来る前拾われたって…」
「それからすぐだよ。ロイルはね、ランガーに拾われる前の記憶がないんだ」
「えっ?」
パフェは話している内に出来上がり、さっそくスプーンで頂点に堂々と座っていたアイスを割ったヴァレスは少し視線を上げて天井を見上げた。空気を循環させるファンがくるりくるりと緩やかに回っている。リックはパフェには手をつけず、始めに頼んだコーヒーに口をつけた。静寂がややあって再びヴァレスが話始めた。
「ランガーは用事でアクアドームを出ていたのだけど、まだ出来てまもない頃のレイディアンの付近には誰もいなくて、ぽつんとロイルが立っていたんだって。少し話しかけてみたら名前もなにもかも忘れていたから、アクアドームに連れ帰ったらしい。」
「名前も…じゃあロイルくんの名前は、誰がつけた名前なんですか?」
「勿論ランガーだよ。その後ロイルはランガーから紹介された家の養子になったんだけど、その家少し前に人形に襲われて壊滅。一応は名乗っているけど元々彼が誰なのかなんて誰もしらないんだ。」
リックは驚いた。ロイルの過去が明らかになるにつれてロイルのまとうあの不思議な雰囲気が分かっていくような気すらした。そんなにも波乱万丈な人生を送っていたのかと少し不憫にすら思える。
ヴァレスはもう半分に達したパフェをかき混ぜながらため息をついた。
「昔はああじゃなかったけど、今はあんな性格だから益々人が寄り付かない人間になってしまって…。分かってあげたいと思う人がいるだけマシだけれど…」
リックはふと、ロイルの部屋で出会った銀髪の少女を思い出した。
墓地にいるロイルを気遣って出て行ったあの少女もまたそうなのかとヴァレスの横顔を見つめながら思う。それにくらべて自分はどうなのか。それもまだすっきりとしないところだった。
「早く食べないとどろどろになっちゃうよ?」
「あ…はい」
一番上のアイスは、ヴァレスが促す通り、もう溶け切って生クリームと大差ない姿へと変えていた。リックは進まないスプーンを行ったり来たりさせながら、外を見つめた。
レイディアンに住む住人の殆どは死を覚悟した軍人の家族。ここに住むと決めるほどの決意をリックは今求めていた。そういった覚悟が足りないため、自分を諭す人が現れても、こうして疑心したり深く用心してしまう。ロイルへの気持ちが晴れていたような気がしていたのに、リックの中のロイルの像は益々謎が絡んでどうしたらいいのか分からない。
別段上司関係があるわけでもないのにどうしても彼が気になってしまう。
そうした所にどこか傍観者を気取った己をリックは感じていた。