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Dark plant  作者: 神崎ミア
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五話


翌日、アイリーンの命令で製造者と思わしき男の工場跡へ赴く馬車が二台揺れていた。その先頭を走っていた馬車に乗車していたロイルは、大きくため息をついて目を閉じた。

レニは広げていた地図を丸めてロイルを見遣った。


「どうかされましたか?この任務が通達されてから機嫌が悪いようですが」

「当たり前だ。ここ連日僕とお前は働きっぱなしだぞ?機嫌が悪くなって何がおかしい?」

「そうですね…お疲れ様ですロイルさん」


外は霧のような細かい雨が降っていた。馬車の小さな飾り窓から見える景色が流れていく。

ロイルはレニを見上げて思い出したように声を上げた。


「そういえば昨日、アイリーンと食事に行った時、お前がこの任務に反対していたと聞いたが?」

「…はい。」

「どうかしたのか?お前が任務に口出しだなんて珍しいな」


レニは顔を逸らした。少し間があったため、ロイルが怪訝な顔をする。

レニは数回首を振って、何でもないように笑ってみせた。


「いえ、私も連日の疲れが溜まっていたのかもしれません。そんなことよりもうすぐですよ、ロイルさん」


馬車が一際揺れた。馬のいななきと共に停車した馬車は、砂利道のほんの手前で停まっていた。

ロイルは従者が開いたドアから降りると、延々と続くような獣道を見つめてうんざりとうなだれた。

レニはロイルに持参していたコートを手渡すと、その肩を柔らかく叩いた。


「嫌そうですね」

「ここまで雑巾のように酷使してくれるんだ。今月の給料はさぞ弾んでくれるんだろうな」


ロイルは鼻を鳴らし、不機嫌そうに歩き始めた。

後ろから追っていたトレストゥーヴェが合流し、上司から手渡されたたった二枚ぽっちの地図だけをたよりに工場跡を目指す。黒雲は今にも雨をたたきつけようと、ぐるぐると獣のように雷を鳴らしてロイル達を見下ろしていた。ロイルは自分の心境を映したような不機嫌な空を見上げて小さく笑うのだった。









レイディアンの街中へ久々に降り立ったリックはそわそわと落ち着かない心をじっと抑えていた。それは細い路地を行ったりきたりする子ねこのように早速迷子になっていたためだった。

この日のためと折角ロイルから預かっている地図を逆さまに覗いていたヴァレスは、困ったように大きくため息をついて顔を上げた。


「この先に俺の行きつけの店があったような…」

「い、行きつけの店の場所を忘れちゃったんですか?」

「うん…そういうことだね、この状況からして」


うすうす感じていたが、リックはヴァレスと二人っきりで行動してはいけないのではないかと思い始めた。ヴァレスは地図を回転させながらうんうんと唸っているままで、何の解決にもならない。

ここは住民に話を聞こうとリックが通りかかった人へ声を掛けた。


「あ、あのっ」

「はい?」


振り返った人物はシスター服を着た若い尼僧だった。振り向きざまに彼女の黒髪がさらりと揺れ、切れ長の目をした美人だった。ヴァレスはその女性を見たなり、嬉しそうな声を上げた。


「ケイ!」

「ヴァレスさん…?」


リックは知り合いだったのかとヴァレスを見遣った。ヴァレスは視線を感じてリックに向かい、ケイのこと紹介するべく嬉々として話しはじめた。


「彼女はアクアドーム唯一ある教会のシスターケイ。ケイ、こちらは俺の友人でリック」


どうも、と軽く頭を下げたリックへ、ケイは穏やかな笑みでその会釈を返した。

ヴァレスはケイと久々に再会したのか、様々な思い出話に花を咲かせる。

道を聞こうとしていただけのリックにとっては少し困ったほどだった。元来ヴァレスには女好きの傾向を感じていたが、彼女は久々をもあって極め付けに話が長そうだった。

しかしケイはあっさりとその話を中断させ、何故声を掛けたのか根本へと戻ってくれるありがたい女性だった。ヴァレスは思い出したようにケイに尋ねた。


「あ、そうそう。ケイ、俺の行きつけの店フラッグって知ってる?そこに案内したかったのに道に迷って…」

「君は相変わらずですね。フラッグはこの道の最初の十字路を右折した先ですよ」

「そっか!ありがと!キスしていい?」

「駄目です。どういたしまして」


冷静に二度頭を振ったケイへ、ちぇっと子供のように拗ねたヴァレスを見遣り、リックは苦笑いする。ケイに別れを告げて二人はヴァレス行きつけの店、フラッグを目指して歩き出した。

リックはケイの背中が見えなくなると、ヴァレスに尋ねた。


「綺麗な人ばかりですね、アクアドームって…」

「安心しな!君と俺は通常だから」

「…どういう意味ですか…あの人…ケイさん?お知り合いだったんですね」

「あー、うん。妹の墓地がここにあるからね…」

「そう、ですか」


リックは足元に視線を落とした。またまずい話を掘り出したのか。そう思っていると、ヴァレスはそんなリックの背中を叩いて笑んだ。


「何気を落としてんの?まあ妹は助からなかったけどさ、今助かる人たちを君がこれから助けてあげてよ…、ね!」

「あ、…はい。ありがとうございます…何だかヴァレスの言葉を聞いているとすごく、救われる」

「俺にそんな力はないよ!さあ、見えてきた!」


路地の角から店の看板が見えてきた。ヴァレスは空気を一新させるように走り出してリックを置いていってしまった。ぽつぽつと力なく歩いていたリックは、頬を涙が伝っていくのが分かった。

ヴァレスは強く、自分は非力であることが許せず、涙はとめどなく流れた。

中々追ってこないリックを心配し、戻ってきたヴァレスはリックの顔をみて、笑う。


「何で泣いてるの?あはは、面白い顔!」


涙の理由である本人にげらげらと笑われ、リックは次第に笑顔になっていった。泣きたいのか、笑いたいのか定まらないうち、リックは自分にぽっかり空いていたような空洞が埋まっていくのを感じていた。きっとこれが求めていた友情とかで、ここの所の虚しさを埋めてくれる存在が友人なのだと。

リックは涙を拭い、照れ臭くなりながらヴァレスの背中を追いかけた。


 

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