三話
しばらくして、アイリーンの部屋のドアがノックされた。
レニは何度かロイルに他愛ない話を持ちかけたが、依然三人の間に目立った会話もなく、アイリーンの部屋は嫌に静寂があった。アイリーンは大きくため息をつき、ドアをノックした人物へ入るように促した。
「し、失礼します。ごめんなさいアイリーン様、到着が遅れて…」
「いや、問題ない。カミュ不在の間門の開閉を頼んだのは私だからな、トレストゥーヴェ。」
おずおず室内へ入ってきた人物に、ロイルは目を見開いた。ペアのいないトレストゥーヴェも勿論だったが、その後ろに控えた体格のいい男を見つけて眉をしかめた。デンはアイリーンの派手な部屋をぐるりと見つめて、今にも口笛を吹くように少し唇を突き出していた。
ロイルは更に不機嫌そうにアイリーンに向かった。
「これは何の真似だ」
「今回、バークホークの新人訓練の功績をお前から聞いて、トレストゥーヴェのペアに推薦したのだ。不服か?」
「チッ、そこじゃない。僕が聞いているのはどうして任務がこいつらと一緒なのか聞いている」
「せっかちな奴だな」
アイリーンは窓を閉め、入ってきた二人を見つめると咳払い一つして、ようやく今回の任務について話始めた。レニは普段通り大人しくアイリーンを見つめて話を聞く体制に入っていたが、ロイルはまだ文句が言い足りないように始終落ち着き無く足を揺らしていた。
トレストゥーヴェは一際不機嫌なロイルの横顔を、心配そうに見つめていた。
「実は、この人形騒動を引き起こしたのではと推測される男の工場跡を見つけた。跡とはいえ、中には何があるのか知れない。よってその調査を命令する」
「騒動を引き起こしたと推測される人物?そんなやつがあがったのか?」
「無論、我々が何の調査もせず人形の駆除をしていたわけではない。だがまだ憶測なのだが、この調査ではっきりするだろう」
「そいつの名前は?」
「トップシークレット、とでも言っておこう」
アイリーンにうまく流されたロイルは再び舌打ちを打つと、そのまま腕を組んで発言をやめた。
アイリーンはペアに一枚づつその地図を渡して、服に入り込んだ赤毛を右手で払いのけた。
レニはロイルにも地図を軽く見せたが、ロイルは一瞥もせず手を振った。
「現地はひどい砂利道で、レイディアンの馬車が通れない。近くまで乗せるそうだが地図付近からは徒歩だ。ぬかるなよ」
「あの、アイリーン様…」
「何だトレストゥーヴェ。」
「ロイルが言うように、どうして私たちが同伴なのでしょう?ペアになってまもないというのに…」
「だからだ。ロイルは口が悪いが腕はいい。今後ペアがどうあるべきかの見本になろう」
アイリーンはちらりとロイルを見遣った。ロイルはアイリーンの視線に気づき、不満げに鼻を鳴らしていたが、特に文句はその口から出ることはなかった。ロイルの不機嫌もおさまったところで
パン、と両手を鳴らしたアイリーンは笑顔で場の雰囲気を一転させた。
「任務は明日から。ロイルは再びルイスに新人訓練を頼んだから心配しなくてもよい。さあ、飯でも食べにいくか!」
ロイルの首に腕を巻きつけ、アイリーンはそのままロイルを引っ張っていくように出口へ向かった。レニは笑んでそんな二人の後をつけていったが、トレストゥーヴェの表情は浮かないままだった。
デンはそんなパートナーの肩を優しく叩き、尋ねた。
「どうかしたか?」
「い、いえ…別に…」
「敬語なんてよせ、俺たちパートナーだろ?」
「…ええ、そうね。」
「…何か、不安なことでもあんのか?俺じゃあ役不足かな?」
「そ、そんなこと…ないわ!ただ、ロイルの足手まといにはなりたく…ないの」
俯いたトレストゥーヴェの顔を覗き込み、デンは少し困ったように笑った。
「好きなんか、あの坊や」
「すすすすす、好きじゃないわよ、ばっかみたい!」
ドン、とデンの厚い胸板を突き飛ばし、トレストゥーヴェはこれでもか、というほど否定を重ねて紅潮した頬を両手で覆い、足早に去っていった。デンはすっかり元気になったトレストゥーヴェに安心して、自身もアイリーンの部屋を後にした。