六話
壊れてしまったカミュを連れて、ロイルはランガーの部屋を訪れた。
リックはランガーに苦手意識があったため、緊張して唾を飲み込んで煤けたドアを見つめた。
ロイルがノックすると、数秒間を置いてランガーの声が返った。
「入れ」
ロイルは少し嘲笑するように鼻を鳴らし、ランガーの部屋に入った。
相変わらず散らかった部屋の中心にいたランガーは、カミュを見つけるなり血相を変えて急いで二人に駆け寄った。
「な…何があった?新人訓練に出していてどうしてここまで破損する!?」
「最近赴任してきたバークホークが一人でこうした。見たところ外部損傷で済んでいる」
「馬鹿な…どんな化け物だそいつは…」
カミュの両頬を優しく包み、損傷した箇所を入念に調べていたランガーは、ロイルがカミュを離してソファーに横たわらせると胸元から小型の照明を取り出して傷の修復にかかった。
ロイルは一人どうしていいか分からないリックをそのままに、ランガーの机の引き出しを漁り始めた。
「幸い、バックアップは最近のものだ。エラーが出ている以上今のデータの復元は不可能だな」
「厄介なことをしてくれる…今回カミュで良かったものを、マリアが出動していたら私はお前を半殺しにはしていた所だ」
「…マリアにはそんな危険なことはさせるか」
リックはハッとして室内を見渡した。
清掃の時出会った、優しく出迎えてくれた女性―マリアの姿は無かったが、彼女もまた人形だったのかと悟り、リックは複雑な心境になった。
ロイルは引き出しから目当てのものを見つけたのか、再びしっかり閉まることのない引き出しを戻していた。
「どうだ?酷いか?」
「いや、心配ない。そんなことよりあまり私の私物に触れるな汚らしい」
「…いい加減僕に噛み付くのはやめろ、みっともない」
「何だと?私に逆らってもいいと思っているのか親に向かって口の聞き方の悪い…」
「いっ…?!」
リックはいい加減慣れてきた二人の攻防戦をぼんやり眺めていたが、最後のランガーの言葉に思わず奇声を発してしまった。
ロイルは舌打ちし、忌々しくランガーを見つめた。
「誰が親だ気色が悪い…」
「ロイルくんの…お父さんっ?」
ロイルはその存在を忘れかけていたリックを見遣り、面倒そうに否定をした。
「違う。そんな血のつながりはない。僕はこいつに拾われて無理やり軍人にさせられたんだ」
「…拾われて…」
「馬鹿を言うな。私が拾ってやらなければカラスの餌になっていた分際で…」
ランガーはカミュの修復の手を止め、バックアップの入ったチップを受け取るとリックを一瞥した。リックはランガーの視線に気がつかなかったが、ランガーとロイルの意外な関係に何やら納得した様子で頷いたり首を傾げたりと一人にぎやかに百面相をしていた。
「カミュを頼んだ。新しい情報として今回の訓練のこともインプットしておいてくれ」
「言われなくとも」
「…あとは…マリアによろしく伝えてくれ」
「………。」
ランガーの返事はなかった。さも作業に没頭しているかのようにしていたが、聞こえているのは間違いなかった。ロイルは返事を待つことなく、部屋を後にした。