五話
デンは剣を構えていたリックを押しのけ、大きく手を挙げた。ロイルはデン見つけるとペン先でデンを指した。
「バークホーク上等兵、前へ」
リックは自分の順番であったにも関わらず、自らカミュに挑もうとするデンの背中を不安げに見つめた。上着を脱ぐと、盛り上がったデンの立派な筋肉が晒される。気合も十分なデンはカミュに向き合った。
「手加減、頼むぜ」
「うわっ、どっちの台詞~?」
バン!と勢いよく両手を鳴らしたデンは、カミュを見据えて木剣を投げ捨てた。
ロイルはそんなデンへ眉を上げて顔をしかめた。
「バークホーク。素手は厳禁だ。木剣を使え」
「なぁに少佐殿…こっちは実戦を潜り抜けてきたんだ。どこぞのお坊ちゃん兵士とは訳が違うぜ」
納得いかない様子のロイルだったが、今のデンに何を言うまいが聞くことはないと判断したのか、数枚書類をめくると右手を挙げて始まりの合図を出した。
デンは、果敢にカミュを攻めた。身軽なカミュに比べて体格が大きいデンは行動が遅い。その為極力動かず、カミュの出方を伺うように、彼は威風堂々と仁王立ちし、構えた。
カミュは今までデンのような人間と手合わせしたことが無かったため、どうしてよいのか分からず、攻撃をしかけてこないデンへ自ら攻撃をしかけた。それこそデンの思惑通りだったのだが、カミュは知らない。
拳を振り上げるカミュはまんまと足払いにあい、体制を立て直して受身を取った。
しかしそのほんの僅かの間にプログラムされたカミュの動きに隙が生じ、
デンは体ごとカミュに掴みかかると、そのまま雪崩れ込むように二人一緒に壁へ衝突する。
ロイルはデンの戦略に目を見張り、様子を見守った。
「っぷあ~危なっ!」
カミュはすばやくデンから飛びのくと、起き上がったデンを見つめて青ざめた。
デンは顔面に額から流れる血を滴らせ、更に身構えたのだ。
再びカミュが攻める。しかしデンの目には既に動きを読まれてしまい、カミュの両足を掴んだデンは、カミュを振り飛ばし拳の打撃を与えた。
「止め」
ロイルが叫び、デンが攻撃の手を止めた頃には、カミュは再起不能なほど損傷してしまっていた。
あまりの強さに唖然としたロイルは、デンの書類に評価を刻み、デンを褒めた。
「素晴らしい一連の動きだ。もう戦場に出てもいいぐらいだ。アイリーン総統に話しておこう」
レイディアンの軍人から、歓喜の声が上がった。
拍手に包まれた訓練場で満足げにはにかむデンは、動かないカミュを見つめた。
「ありゃあ、直るんですか」
「無論だ。僕からランガーに報告しておこう。ご苦労だった」
ロイルは目に無数の記号の羅列を浮かべてショートしてしまったカミュを抱えて、まだ興奮した様子のレイディアンの軍人へ咳払いし、再び整列させると、海軍の軍人を見つめて述べた。
「折角の合同訓練だったが、見学になって申し訳ない。人形がショートした以上訓練が難しいのでここで終了したいと思う。何か質問があったら挙手しろ」
おずおずと海軍の軍人の一人が手を挙げた。
「何だ」
「人形は制御の効かない殺戮兵器なんだろ…?そんな危険なのを基地に住まわせておいて大丈夫なのか…?」
しん、と訓練場が静まり返った。ロイルは肩に担いでいたカミュを少し見遣って
質問をした軍人に向き合った。
「いい質問だ。こいつを含めアクアドームの中の人形はランガーが手を加えて暴走しないようには改造してある。しかし絶対しないとは言い切れん。もしもの時は自壊するようにプログラミングされている。敵を知るためには我々には仕方のないことだ。では訓練を終了する。」
ロイルの言葉に合わせ、レイディアンの軍人は一糸乱れぬ動きで敬礼した。
数秒遅れてその様子を見ていた海軍の軍人もゆるく敬礼して解散していった。
リックは、解散後すぐさまロイルに駆け寄るとカミュの反対の腕を取ってロイルの補助をした。
「何の真似だ」
「俺、今日デンに圧倒されて何も出来なかったから…せめてと思って…」
「…嫌でも明日また通常訓練があるのにか」
「えっ、う、うん。まあね」
少し無言になったリックは、ぼそっと告げた。
「デン、すごかったね」
「…列はお前が前だっただろう?」
「えっ?そう…だけど…知っててデンにさせたの?」
「お前の戦力はいかほどか嫌というほど知っている、それより…」
ロイルは抗議するリックを尻目に、他の兵士と雑談して微笑むデンを見つめて険しい表情をした。
「何故あの男…あれほどの力がありながらレイディアンに飛ばされたんだ…?」