四話
同僚の制止も聞かず、ついにダリスは踵を返したロイルにつかみかかった。
後ろに居た仲間の腕を振りほどいて飛び出したダリスは、訓練用の木剣で殴りかかった。
しかしそれより何秒も早く振り返ったロイルは、その一振りを刀でなぎ払った。
一瞬、振り返ったロイルの鋭い眼光に背中を震わせたダリスの右手から木剣が真っ二つに裂けて宙を舞った。
「…訓練に尚参加するなら良し、出来ないなら尚良し。さあ選択しろ」
ダリスは手に握っていた木剣に視線を落として、蚊の鳴くような声で返した。
「続ける…」
「では列に戻れ」
ダリスは密かに、自分の腕には自身があった。剣技はもちろん、銃の扱いや戦場に慣れていたダリスにとってこの完敗は彼のプライドを大いに傷物とした。
ロイルはもう一度ため息をつき、再び落としてしまったボードを拾い上げて中断されっぱなしの訓練を再開するべく立ち上がった。
「さて、訓練に移る」
「普段、フォスター大尉が訓練する時は素振りや基本的手合わせなどをしてくれているので…今回は実戦をしてみようと思う」
リックはその言葉の棘と皮肉に苦笑してロイルを見つめた。
先ほどダリスがつかみかかった時はどうなる事かと思ったが、改めてロイルの実力を知ったリックはただただ口を開いて二人を見つめるだけだった。
ロイルは場の中心にカミュを連れてくると、ボードに目を向けた。
「では早速、この人形と一人ずつ戦ってもらう。制限時間は三分。その隙にカミュに一撃を与えられなければ訓練は終了だ」
訓練場がざわめいた。リックは驚いてカミュを見遣った。あのヴァレスとの清掃以来、カミュの存在を忘れかけていたリックは、初めて間近での人形との対面に息を詰まらせた。
全く人形とは気づかない精巧で人間らしい性格に、リックは少し困惑して支給された木剣を握った。
「うはぁ~ロイルきっついな~僕は非戦闘員なのに…」
「文句ならアイリーン辺りに言え。では始めろ」
すっと体制を低くしてファイティングポーズで構えたカミュは、パチンとガムを破裂させた。
まず始めに、レイディアンの新兵が剣を構えて走り出した。
カミュは最初の大きく振りかぶった一撃を軽々避け、トン、と指先で男をつつく。
すると凄まじい勢いで飛んでいった男はそのまま壁に衝突し、意識を失った。
「ありゃ~」
「馬鹿者、もっと手加減せんか」
「ええっ、指でちょ~んてしただけだよお~」
その後も次々とレイディアンの軍人がカミュに破れ、その場にうずくまってはうめき声を上げたり悪いものは気絶して積みあがってゆく。
次、リックの番だという時に、震えたダリスの声がそれを阻止した。
「お、おお、おい…嘘だろ?そんな化け物相手に戦えるかよ…俺らはお前とは違う…人間が相手なんだ」
「違う?散々レイディアンを馬鹿にしていた様だが、人形を前に怖気付いたのか?」
「そうじゃねえよ!戦うならそう、手前と戦ってやるよ、こんなの訓練になるわけないだろ」
「ハン、いいだろう。」
ピアスの刀を具現化させたロイルは、くいっと指引いてダリスを挑発した。
ダリスは支給されていた木剣を投げ捨て、腰のサーベルを抜いた。
「手前が真剣で俺は木じゃあ話になんないだろ?」
つぅ、とダリスの首筋に汗がしたたる。その汗が落ちるか否かでダリスはロイルに切りかかった。
ロイルは突っ立ったまま、ダリスを見据えサーベルが肩を掠めた瞬間、さっと身を屈めてダリスのみぞおちに蹴りを食らわした。思わずひるんだダリスが体制を変えようと後ずさった瞬間、だっ、と地面を蹴り上げ、ロイルが猛攻に出た。
キンっ、と刃が交わる音が鳴り、ダリスはロイルの強い押しに負けそうになりながら、必死に刃を受け止めていた。一際強く刀がしなった瞬間、ばっとダリスの背を飛び越したロイルは
油断していたダリスの背中に刀のみねで叩きつけた。
ダリスは数量の吐血をして、その場に崩れ落ちた。
「もう終わりか。」
ダリスはうつ伏せで倒れたまま、うなり声を上げた。レイディアンの軍人の一人にダリスを医務室へ連れて行くようにロイルが伝えると、ダリスはくぐもった声でロイルに一言呟いた。
「…この化け物め…」
ロイルはダリスに一瞥もくれず、再び訓練に戻るべく体の埃を払って青ざめた顔した両軍人に向かい合った。
「どうした、訓練に戻るぞ」
「ロイル~大丈夫ぅ?」
「…何がだ。僕は無傷だ」
カミュは不安げにロイルを見上げてそっとロイルの軍服の裾を掴んだ。
ロイルはカミュの指先を軽く払い、ボードの書類へペンを走らせた。
「次はどいつだ、さっさと始めろ」