九話
それから、ロイルは任務違反と少女の過失致死によって牢獄の中にいた。
自ら軍人を辞めて清掃員になったヴァレスは、数ヶ月ぶりに友人の許を訪れていた。監視役の兵士が見つめる中、ロイルの牢獄まで連れてこられたヴァレスは、なんと声を掛けようか考えながら格子を前に、大きくため息を吐く。
壁にもたれかかって座るロイルを見つめて、ヴァレスは普段通りに声を掛けた。
「や、やあロイル…どう?ここには慣れた?って聞くのも変か…あの時はごめんその、俺…」
ロイルは一言も言葉を発しなかった。ただじっと自分の指先を見つめるロイルに、ヴァレスは困惑して言葉を探し黙ってしまった。
両者静まり返った時、言葉を返したのはロイルだった。
「お前は、軍人を辞めたのか?」
「えっ?」
「…お前は軍人を辞めたのかと聞いている」
「あ…えっと、そう、その通り。うん、辞めた…」
ヴァレスはあまりにぶっきらぼうなしゃべり方をするロイルに戸惑い、言葉が途切れ途切れになった。
ロイルは腕を組み、隈の垂れ下がった不健康そうな顔で不敵に笑ってみせた。
「そうか。じゃあ僕は安心して上を目指せる…」
「ロイル?まさか、君…軍人を続けるの?」
「…僕は僕の弱さを恥じている。もっと、もっと強くなる。お前に助けてもらったこの命を使って、僕は軍人を続けると決めたんだ」
ロイルはふと、立ち上がってポケットから何か光る物を取り出して格子の間からヴァレスに渡した。
「マリルの墓を、アクアドームに作ってくれるように頼んだんだ。これをケイに渡してマリルに渡すよう言ってくれ」
真ん中にロザリオが輝くピンクのリボン。リボンは後から新しいものをつけたようで、血の染みもないきれいな色をしていた。ヴァレスは深くうなずき、リボンを握り締めると、ロイルはその両手を取った。
「それから…マリルに伝言を頼む。僕が強くなった時には、そのリボンを僕に貸して欲しいと」
「ロイル…」
「お願いだ…」
ふっと弱弱しく微笑んだロイルは、その後出所すると間もなくレニに出会い驚くほどの成長を見せる。そして半年も経たずその胸元には、堂々とピンク色のリボンとロザリオが輝いているのだった。
リックは冷めた紅茶に口をつけ、押し黙った。
あれほどロイルが何を考えているのか知りたがっていたリックだったが、その生々しい話を前に生半可な気持ちをしていた自分を恥じていた。
ロイルは最後のマカロンを頬張り、それを紅茶で流し込んで自嘲気味に笑った。
「お前は僕に似ている。まあ、同じ末路を辿らないための忠告だ」
リックはヴァレスが何故清掃員になったのか聞いたとき、話をうまく流されたあのときの事を思い出した。どこか悲しい顔をしていたあのヴァレスの心境を想い、またそのことを話してくれたロイルを想って言葉がでなかった。
「…もういいだろ、いい加減帰れ。僕は明日の訓練の打ち合わせに行かなければならない」
「あっ、ごめん…そうだね」
立ち上がり、身支度を始めたリックに、ロイルは思い出したように戸棚からいつぞやのボタンを取り出して投げた。
「そういうのは一生ものだ、大事にしておけ」
リックはその陸軍で支給された服の安っぽいボタンをまじまじと眺めた。
それから、ロイルの胸元で輝くロザリオを見つめる。会ったなりの頃は似合わないと思ってしまったそのロザリオも、随分違って見えてリックは薄く微笑んで頷いた。
「俺、ロイルくんに会えて…よかった」
「ふん、明日には忘れているなよ?いい頭をしてそうだ」
「それ、どーゆー意味っ?」
去り際、見送りもしない上司の背中を見つめる。
相変わらず華奢であったが、以前よりずっと、たくましく思えた。
ロイルにあった苦手意識は、もしかしたら得体の知れないものへの恐怖かもしれなかった。
すっかりそれが払拭されたリックの顔には、晴れ晴れとした笑顔が飾られていた。
九話でロイルの過去編は終了です。眠たいと思いながら一気に書いていたので、多分文章がおかしかったり、誤字があると思うのですが…。ロイルの印象ががらっと変わる話だったのではないかと思います。でもロイルはやはりこのままで、性格は物語の最後まであのままです。笑
ここから後半は話がどんどん過激になると思いますので、苦手な方はご注意願います。