七話
切り立った丘に、城のように立派な豪邸があった。
ロイルはマリルは捜す傍ら、一軒一軒潰れた家を見て回ったが、まだ息をした人の姿や、村民の死体さえも見当たらず、どこか不気味さを感じていた。
ヴァレスは丘のそばから戻ってくると、その屋敷に明かりがあることをロイルに伝えた。
「生存者は見当たらなかったのか?」
「うん、何も無い…不思議なほど…」
「あの屋敷、怪しいな…近づいたら明かりが灯っていたんだ」
「…マリル、どこにいるんだ…」
二人は、丘にのぼり屋敷のすぐそばの生垣に体を沈めて様子を伺った。
伸び放題の生垣はもう何年も触られていないことがよく分かった。
ちくちくと腕を刺す生垣を退けながら、正面入り口を見つめる。
ちょうど二階の窓からもれた光がぼんやり入り口を彩っていた。
「本当だ、誰かいるのかな…」
「人形が潜んでいるのかも…、一度レイディアンに連絡を…」
「…あ、誰か出てきた!」
通信機に手を掛けていたヴァレスは、ロイルに頭を押さえつけられ、そのまましゃがみこんだ。
中から出てきた人物はしきりに辺りを見渡し気にしているようだった。
ロイルはよく目をこらし、思わず息を飲んだ。
「…こちらエヌ班…応答せよ…」
そっと通信を始めたヴァレスを尻目に、ロイルはふらりと生垣から飛び出した。
「…!?ば、ロイル!」
「あの人は…」
入り口から出てきた人物はゆっくりと踵を返して見えなくなった。ほんの一瞬明るい玄関のそばで見えたその人物に、ロイルは愕然として言葉を失った。
「黒髪のポニーテールに高い身長…」
「ロイル、何してんの!見つかっちゃうだろっ!」
「間違いない、お姉さんだ…!」
走り出したロイルを止めることが出来ず、ヴァレスは思わず受話器を置いた。
屋敷へ躊躇なく飛び込んだロイルは、薄暗い室内で自分の心臓が高鳴る音だけを頼りに歩き出した。
屋敷は、誰かが住んでいるとは思えないほど荒れ果てていた。
わたあめのように何層にもなったくもの巣が天井をはびこり、床は腐って抜けんばかり。照明は無かったが、天井が一部崩壊しているため、外の月明かりが室内を照らしていた。
ロイルは慎重に辺りを伺い、足を置いただけで崩れそうな階段を音を立てないように歩いた。
話し声もない二階。
明かりだけがこうこうと灯っていて、中の様子はよく見えない。ここまでくる中、マリルの姉らしき人物には遭遇しなかった。
ロイルは意を決して室内に侵入する。
その室内の真ん中にはぐったりと椅子に座るマリルの姿があった。
「マリル!」
ロイルは急いで彼女に駆け寄り、だらんと力なく下がった腕をそっと取り安堵の息をつく。
マリルの椅子の側にはランタンが置かれていて、横顔は胸のロザリオを反射させて輝いていた。
マリルは首を動かさず、目でロイルを追うと、何かを呟いた。
「…ん…た…の?」
「えっ?何、よく聞こえない…」
「…何で付いてきたの?」
ごおっと風が叩きつけるような音がした。ロイルが思わず振り返る前にランタンの火がふっと消え、轟音と共にロイルに大きな斧が振り下ろされた。
突然背後から奇襲にあったロイルは反動で転がり、強く背中を打ちつけた。
「ったあ…!」
「のこのここんな村に来なければ、死なずに済んだのに…」
床に大きな亀裂と穴を作り、斧が再び上げられた。ばりばりと木製の床は悲鳴と屑を巻き上げる。
椅子から立ち上がったマリルの側で斧を構えたポニーテールの女性、マリエルはキッとロイルを見据えて斧を向けた。
その腕は人形特有にシリアルナンバーが刻まれてあり、質素なエプロンドレスから覗く細い足には刃物が括り付けられていた。
「こうするしか、ないの…許してね」
すっとマリルの小さな手が下ろされた。
それを合図にすばやく飛び掛ったマリエルは、斧を短剣のように振り下ろす。
ロイルは早すぎるその人形の動きに圧倒され、肩に刃がかすって血を流した。
「うそ…だと言って…じゃああの村の人たちもみんな君が…」
「私じゃないよ。マリエルがやったんだよ」
「そん…な…!」
「私は…どうにもできないの…マリエルさえいれば、いいんだから」
冷たい少女の瞳。ロイルは動揺してうまく刀が出せなかった。もたもたとしている間にも、再び床から斧を引っこ抜いたマリエルがロイルに構える。
もう駄目だ、そう目を閉じたとき、部屋に銃声が響いた。
「ロイル!」
一瞬、銃声にひるんだマリエルに、ロイルは渾身の力を込めて蹴りを入れた。
人形であるマリエルは数十センチ吹き飛ぶと、受身も取らずその場に倒れ込んだ。
「大丈夫か、ロイル!」
「ヴァレス、駄目だよ…君は戦ってはいけない、のに…!」
「何言ってるんだ、逃げるんだよ!人形の討伐は俺らの任務じゃない。もし戦ってクビになっても清掃員になって頑張ってやるから!」
「ヴァレス…」
銃を構えていたヴァレスはロイルを起こして、包帯をすばやく肩に巻きつける。マリエルが再び立ち上がるか否かで、二人は走り出した。
「行かせない!」
しかし、手の空いていたマリルがそれを阻止するように立ちはだかり、ヴァレスは銃を突き付けた。
「ヴァレス!」
「君は立派な犯罪者だ…、そこを退かなければ俺は君を撃つ!」
マリルは頑なに首をふり、ついには涙を流してもそこを退こうとはしなかった。
ヴァレスはマリルを見据えたまま、安全装置を外して指を添えた。
「やめて、ヴァレス!」
「やらなきゃ、二人とも死んじゃうだろ!?」
パン!と乾いた銃声が響いた。
室内は静寂に包まれて、やがて声をあげたのはロイルだった。
「向ける相手を…間違っている…」
銃口はマリルの斜め上を貫いていた。マリルはその場に座り込んで呆然と二人を見つめる。
ヴァレスははち切れそうに鳴る心臓と荒くなった息で、襲い掛かる敵に一瞬気づけず、数秒遅れて叫んだ。
「ロイル、後ろっ!」
しかしその時には既に遅く、ロイルの背中には月明かりに鈍く光る斧が振り下ろされていた。