六話
ヴァレスは中々戻らないパートナーを心配し、落ち着きなく足を動かしていた。何度もドアの方向を振り返るが、人がやってくる気配など感じられなかった。しばらくして、ロイルが戻って来た時、その手に握られた小さな存在に、ヴァレスは顔をしかめた。
「おい、何リトルレディとのん気にデートしてんの。遊びに来てるんじゃないって言ったの誰だよ」
「迷子だったんだ」
「ふぅん?こんにちわレディ。俺はヴァレス!君のお名前は?」
マリルは思わずロイルの背中に隠れた。初対面でもロイルには人見知りしなかったマリルがどうしたのかと、ロイルは後ろに振り返って苦笑した。
「ほら、この人が僕の言っていた友達。どうしたの?怖い?」
マリルが素直にうなずき、ヴァレスは肩を落としてうなだれた。
「おいおい、ロイル…彼女に俺の変な話したんじゃないよなー?」
「ええっ?そんなことしてないよ、ヴァレスの尖った目がいけないんじゃ…」
「失礼な!生まれつきだよっ!」
くすっ、と声を立てたのはマリルだった。ロイルとヴァレスは顔を見合わせ、大げさなほど笑った。
「あはは、よかった~笑ってくれて、ねえねえロイル、さっきのトランプでまた遊ぼう!」
「トランプ、好き?」
「…うん!」
こうして三人は打ち解け、ぼんやり明かりを灯す夜の列車の中でトランプをカーラン村に到着するまで飽きることなく続けた。
列車はカーラン村の駅にゆるやかに滑り込み、停車した。
薄暗い森が迎える湿った空気の村は、がらんとしていて人の気配を感じなかった。
終着ともあり、ロイル達三人のみが駅に降り立った。
「ここがカーラン村?なんか話とは違うなあ…」
「三日前に調査隊が来てたんだろー?まさか間違ったんじゃないのか?」
「マリル、ここがカーラン村だよね?」
ロイルは背後にいたマリルに振り返った。しかし彼女の姿はなく、ロイルは驚いて辺りを見渡した。
「あれっ?マリル…?」
「あれ?さっきまでロイルの後ろに居たのにな…?」
「ううん、迷子になったのかなあ?マリルー!マリルー?」
「ロイル、とりあえず中に入って捜さないか?一足先に帰ったのかも」
「…うん」
苔が生したレンガ造りの駅は無人で、明かりの一つもなかった。
ロイルは不気味に客人を出迎えるその駅を眺めて、不安になりながも、改札をすぎて村の門をくぐるのだった。
ロイルは、村の様子に唖然として立ち尽くした。
村はつい最近、活発に産業を勤しんでいたとは思えないほど朽ち果て、荒れていたのだった。言うなれば廃墟で、人の気配など皆無だった。ヴァレスは落ちていた女の子のぬいぐるみを手に取り、苦しそうな顔をした。
「こんな…ことって…」
「ロイル、ここ、本当に活発な村だったのか?こんなに荒れ放題で…調査隊がさぼったんじゃ…」
「違う、ヴァレス。よく見て…」
酷い荒れようの家屋から、こぼれた大型の鍋が転がっていた。
ロイルはその鍋にこびりついたスープを指先で掬い、今にも泣き出しそうな声で告げた。
「…温かい…ここはつい最近人形に襲われたんだ…僕たちがもっと早くここに来ていれば…!」
「…でも、居た所で俺たちに何か出来たことは…あったのかな…」
「僕らは軍人だぞ?!民間人のこの人たちを逃がすことだって出来たさ!…もう過ぎたことを言っても仕方ないけど…」
「…!マリル、危ないんじゃないのか…?」
ハッとしてロイルは跳ね上がるように立った。
いつの間にかいなくなった少女の笑顔を思い出し、ロイルは拳を握った。
「無事でいて…、マリル…!」
森を抱えた小さな村は、製糸工場があった。
村の女はその製糸工場で働き、男は外に出稼ぎに向かう。家事や子育ては人形に任せ、村は働く人々の活気があった。列車は都市を行き来する男たちの交通手段として利用されて忙しなく動き、皆が大変ながらも楽しそうに暮らす村だった。
そして、そんな村にアトキンズ一家がやってきたのは、製糸工場が盛り上がっていた最中のことであった。
貴族だったマリルの父、クリスは避暑地であるイヴンが衰退したのを期に新しい別荘をここ、カーラン村に移したのだった。クリスの性格は大雑把で、自分勝手であることが多かった。
別荘を建てる際、側の製糸工場が気に入らなかったクリスはその工場丸々買い取り、数日後には跡形もなく取り潰してしまった。
もちろん女性の仕事はなくなり、昔のような快活さは無くなった。しかしその分男が働くようになり、都市に出向いた男たちは人形の混乱を村に伝えて、今まで人形の役目であった家事などは、本来の妻が担うことになり、村は明るさと豊かさを取り戻した。
唯一、アトキンズ家を残して。
レイディアンの調査隊がやってきた時、村人はみな口を揃えて言った。
「うちは、産業の盛んな明るい村ですよ」
それは精一杯のアトキンズ家への抵抗だった。