五話
ヴァレスが戻った時、荷物を残し座席は空っぽだった。
ひょっとしてロイルもトイレに立ったのかと荷物をどけると、下にはノートを切り取ったメモが残されていた。
「女の子のお姉さんを捜してきます…?何だそりゃ」
走り書きされたメモに視線をやり、ヴァレスは首を傾げた。
そして同時に、しかし…と独り言を続ける。
「女の子のお姉さんを捜しになんて羨ましいでやんの」
と余計な一言を呟いた。
列車は八両繋がっていた。ロイル達が乗っていたのは六両目で、一等車が手前の並びだった。流石に貴族でもない二人は一等席に入る訳にもいかず、三等以下周辺で捜索に当たった。
ロイルはマリルの姉のことを何一つ知らないので、姉の特徴を尋ねた。
「ねえ、お姉さんはどんな人なの?」
「髪は黒くて…ポーにーテールにしてるの。背が高くてロイルより年上だと思う。」
「そっか、名前は?」
「…マリエル」
「マリエルさん…何だか名前似てるね」
「…そう、かな?」
列車はどこもすかすかだった。こんなすかすかな列車で迷子になることがあったのか、確かに姉らしき女性の姿は見当たらなかった。
あらかたの車両を見回り、ロイルはマリルを見遣った。
「ねえ、マリル。君のお姉さん見当たらないみたいだけど…本当にこの列車についてきたのかな?」
「…分からないの…。私…私…」
「わああ、泣かないで!あ、そうだ、飴…好き?」
ロイルは制服のポケットに両手をつっこみ、ごそごそと中身を漁った。
やがてロイルがもう一度両手を出した時には、両手いっぱいに飴が握られていた。
マリルは泣き止み、ロイルの手の中で輝くお菓子を見つめて、感嘆の声をあげた。
「わあ…すごぉい…」
「食べる?ここの飴はすごくおいしいんだよ!」
ロイルから飴を手渡されたマリルは包みを破き、その大きな飴玉を口いっぱいに頬張った。ロイルは泣き止んだマリルにほっとして、自分も持っていた飴を口に入れる。
マリルはきゅっとスカートのすそを握り締めてロイルを見上げた。
「もしかしたら、お姉ちゃん…まだ村にいるのかも」
「この列車にはやっぱり居なかったしね…」
「私、帰ろうかな…」
うつむいたマリルから呟かれた言葉に、ロイルは目を細めて柔らかいマリルの頭を撫でる。
「何があったのかは知らないけど…家出は駄目だよ。僕もついていってあげたいけどお仕事があるから…君はどこに住んでいたんだい?」
「カーラン村…」
「えっ?本当?実は僕らもそこに用事があったんだ!」
マリルは驚いて顔を上げた。
ロイルは再びマリルの手を引き、ヴァレスと座っていた座席へ案内する。
「折角だから、一緒に行こう?最近は物騒だし女の子だけじゃ大変だろうし…」
「で、でも…」
「大丈夫!僕のパートナーはすっごくいい人だから、きっとマリルも気に入るよ」
ロイルはそう言ってマリルの手を握ったまま背を向いた。
マリルはそんなロイルの背中を見つめ、焦ったように開いた左手のつめを噛んだ。
列車が動き出す。
体が左右自由効かない常態で歩く二人の中の思惑は、既にこの時すれ違っていた…。