三話
墓地から戻ったロイルは、エレベーターの壁にもたれかかり嘆息する。
墓地に行けば何度もこみ上げる虚しさがロイルを苛み、ロイルは両腕をぎゅっと抱きしめた。
二十階にたどり着く直前、エレベーターのドアが開いた。ロイルはハッとしてもたれかかっていた壁から離れて入ってきた人物を見つめて、苦い顔をした。
「ああっ!ロイル!」
「…トレストゥーヴェ…」
口にくわえていた飴を噛み砕き、少女はロイルへ指を指す。エレベーターにつかつかとヒールを鳴らして入ってきた少女はロイルの柔らかい両頬をつねった。
「レニにアンタに話があるからって伝言頼んだのに無視したわね!」
「やめろ、離せ」
ぱっと片手でトレストゥーヴェの手を払いのけたロイルは、ため息をつく。
トレストゥーヴェは払いのけられた手を不服そうに見つめ、ロイルに向かった。
「あと、昔みたいにトッティって呼んでよ」
「…何の用だったんだ」
愛想の悪いロイルにもう、と悪態をつけトレストゥーヴェはロイルの隣に並び、その横顔を見つめた。
「帰った時ぐらいは、顔を見せて欲しいの…だってロイル忙しいでしょ?パートナーの決まっていないアタシは実戦でロイル達の役には立てないし…」
「…お前は、戦うより雑務をしていた方がいいんじゃないのか?」
「そりゃ戦いたくはないわよ!でも、アタシは…、」
突然口をつぐんでしまったトレストゥーヴェに、ロイルは眉を上げてその顔を見つめた。
ロイルの視線を感じたトレストゥーヴェは横目でロイルを見遣り、咳払い一つして赤らめた頬を両手で覆った。
「何でもないわ!とにかく約束だからね、いい?」
「…考えておこう」
エレベーターはあっという間に二十階に到達する。
別れ際、忘れかけていた事を思い出したトレストゥーヴェは、ロイルを引きとめ声をかけた。
「そういえばお客さんが来てたわよ」
「誰だ?」
「えーっとね、鼻にそばかすつけた男の子だったと思うけど…見たことない人」
「鼻にそばかす…?」
ロイルの脳裏に浮かんだ一人の人物。何故わざわざ部屋までやってきたのかの合点はいかなかったが、なんとなくその理由を模索しながら歩き出した。
ドアが閉まる直前。もう背中を向けてしまったロイルを見つめて、トレストゥーヴェは寂しげな表情をし、ドアが閉まった。
ロイルは、部屋の前でうずくまる青年を見下ろし、本日何度目か分からないため息をつく。
青年は疲れていたのか、お菓子屋の紙袋を抱いたまま熟睡しており、舌打ちをしたロイルはその肩を揺さ振って青年を起こした。
「ウィーゲル、おい、起きろ」
「う…、ロイルくん…?帰ってきたんだ」
まだ寝ぼけた様子のリックを引っ張り、近くのソファーに預けると、ロイルは上着を脱いで呆れた顔をした。
「僕の部屋は託児所じゃあないんだぞ」
「うう、起きる、起きるからそんなに揺さ振らないで…」
再びロイルに容赦なく揺さ振られて起きたリックは、改めてロイルの部屋を眺めた。
部屋は、必要最低限のものしかないシンプルな部屋だった。アイリーンやランガーの部屋がごちゃごちゃしていたため、より一層そう感じられる。
部屋の一番奥はガラス張りで、ちょうど建物が見えないロイルの部屋からは、アクアドームの夜景とドームから見える海が一望できる。そのすぐ側の大きめのベッドに腰掛けたロイルはインナーとスラックス姿でリックに向き合っている。
「何の用だ」
「あ、あのねっ…」
がさっと背中に敷いていた飴の袋を取り出し、リックはおずおずとそれをロイルに差し出した。
「何のつもりだ」
「この前…の、謝りたくてきたんだ…。助けてくれてありがとう。それとこれ、一本取られちゃったけど」
「…ふん、レニの入れ知恵か」
大人しく紙袋を受け取ったロイルは、中身を確認して鼻を鳴らした。
自分の脇にその紙袋を置いたロイルは立ち上がって戸棚を漁り始めた。
「まあ、お茶の一つぐらいは出してやる。飲んだらすぐに帰れよ」
「ありがとう…」
紅茶の缶を開けながら、ロイルは少し微笑んだ。
初めてそんな表情を見たリックは、意外さを感じてロイルを見つめた。
柔らかい笑みだと、雰囲気まで違って見えた。
「何をじろじろ見ている?気色が悪いな」
「あ、ごめんっ…なんだかロイルくん笑ってた方がいいなって思って…」
「…大きな世話だ」
いつもの表情と雰囲気に戻ったロイルに、リックは苦笑する。
やがてロイルが淹れたお茶が運ばれ、側にはカラフルなマカロンが差し出された。
「ねえ、ロイルくん…聞いてもいいかな?」
「なんだ」
マカロンをひょいひょいと口に放り込みながらロイルはリックに返った。
リックは紅茶の入ったカップを見つめて、ゆっくりと間を置いて訪ねる。
「誰のお墓に行ってたのかなあって…」
「………。」
「ご、ごめ、聞いちゃ駄目だった?」
「…四年前…」
「えっ?」
「四年前、僕が担当した任務で亡くなった少女がいたんだ」
突然声音の変わったロイルにどぎまぎしたリックだったが、
ロイルはさほど怒った様子もなく、一面ガラスの窓を見遣った。
「その少女は僕の判断ミスで死なせてしまった唯一の人間だった」
リックは手をつけようとしていたカップから手を離してロイルを見た。
その瞳が見つめる先は、深い彼の悲しみを包み込むような深海が広がっていた…。
ついにロイル中心の話にできました…ここからは少し長いお話になります。そしていつにも増して暗いです…。