二話
夕方、訓練が終わり一息ついたリックはエレベーターの中に居た。
レニから以前、ロイルは菓子が好きだと聞いていたリックは機嫌取りになればと友人の兵士から少しお金を借りて街で棒つきのキャンディを数本買ってロイルの私室へと向かった。
かさかさと身動きするたび音をならす紙袋をしわがつくほど抱きしめ、二十階で止まったエレベーターから勇気を出して降りた。
ロイルの部屋の前の通路には、二人の兵士が門番をしていた。
兵士はリックを引きとめ声を掛けた。
「ここはロイル・ヴァン・ハーゲン少佐の私室だ。見たところ新兵のようだが何の用だ?」
「あ、あの。レニ中尉から聞いてませんか?俺、リック・ウィーゲルです」
「ああ、君がウィーゲルか。承っている、入れ」
道を塞いでいた兵士が避け、リックは礼をして間をすり抜けた。
廊下から部屋へは一直線で、リックは大きく息を吸って部屋をノックした。
「あの、ロイルくん?俺、リックだけど…」
するとドアがすぐさま開き、リックはドキッとして顔を上げた。
しかしそこに居たのはロイルではなく、色素の薄い銀髪をした少女が、高いヒールで上がった身長で見下ろしていた。
リックは驚いて何から訪ねようかと口をぱくぱくさせていると、少女は落ち込んだ様子でリックに告げた。
「ロイルなら居ないみたいよ。またお墓参りに行ったみたい」
「…お墓参り…?」
「そ、帰ってきたら必ずあこに行くもの。あーあ、また逃しちゃった。」
落胆しきった少女はわざと体を猫背のように丸めてため息をついた。リックは少女の背後から部屋を覗き込んでみたが、確かにロイルは見当たらなかった。
くるん、とぶどうの房のようなカールされたツインテールが揺れ、少女は顔を上げてリックを見つめた。
「誰だか知らないけども、墓参りしている時にロイルに会わない方がいいわよ」
「はあ…機嫌が悪いってことですか?」
「まあそんな感じだけど正確には落ち込んでるみたいだからそっとしてあげるのと一緒かしら…」
少女は突然リックの手にしていた紙袋に手を突っ込むと中から鮮やかな赤色のキャンディを引っ張り出した。
「そんでもって、今のアタシと一緒よ!」
と、何故か憤慨した様子でそのままキャンディを奪うとそのままロイルの部屋を後にした。
リックは無理やり手を突っ込まれた紙袋と少女の背中を見遣り、呆然と立ち尽くした。
「…何だったんだ…あの子…」
帰還すると必ず訪れる教会へ足を運び、ロイルは墓地を歩いていた。アクアドームでは、人が死んでも埋葬することができないので、その死体は腐らないよう加工されて特殊な方法で埋葬されていた。ロイルはいつも買う花屋からその少女が好きだった花を両手に抱えるほど購入しては手向けていた。
ロイルが目的の墓標まで歩いていると、その姿に気づいた一人のシスターが駆け寄ってロイルの背中を軽く叩いた。
「やあ、ロイルさん。また来て下さっていたんですね」
「…シスターケイ…相変わらず元気だな」
「それがわたくしの取り得ですからね。今日もマリルの墓参りですか?」
「…ああ」
「花、預かりますよ」
ケイに花束を渡したロイルは、胸元のロザリオに触れて花束を見遣った。
「ピンク色が好きだったそうだ…」
「ああ、そうなんですか。小さい女の子ですものね、それでこのガーベラを…」
ケイは持っていた花を目を細めて見つめた。花の香りがふんわりと漂い、ケイはロイルに直った。
「もう、許してあげてはどうです…?」
「…僕は、一生許しを得ようだなんて思ってはいない…」
「でもあれから、あんなに明るかった君がこんな風になって…わたくしは心が痛い…」
「…あなたが痛める必要はない。」
「ロイルさん。神は許しを請うものをお許しになる。君も本当は解放されたいのではないですか?」
「もう、放っておいてくれないか…あまりこの話をしたくない」
ケイが何かを言う前に、ロイルはケイの脇を通り抜け、歩き出した。
風に揺れ、花弁を散らすガーベラをそっとおろしてケイは苦しそうに眉を寄せた。
「まだ君は、あの事件を自分のせいだと責め続けているんですね…」