四話
ランガーの部屋にたどり着いた時には、時計の針は既に夕方を指していた。なんとか無事には着いたものの、二人そろって方向音痴だった為近くの兵士に場所を尋ね尋ねここまでやってきた。その間も、ヴァレスは明るく兵士に話しかけ、他の兵士達もヴァレスには好感を持っている様子だった。
ヴァレスは掃除用具を隅に置き、ドアをノックした。
「掃除に来ましたー」
「あ、はいどうぞ!」
若い女性の声と共にドアが開く。リックは少し息を吐き、失礼しますと小さく断って中に入った。リックの願い虚しく、自身の机で仕事をこなしていたランガーが、書類から顔を上げて二人を見つめた。
リックは視線を感じて、急いで掃除に取り掛かった。
「ごめんなさいね、普段からあまり片付けないものだから…」
「いいんですよマリアさん!この方が片付け甲斐があるってもんです!」
ヴァレスはにこにこと話しかけれれた女性の会話に答えながら、積まれた書類や本をまとめ始めた。リックもぎゅうぎゅうに本が詰まった本棚へ悪戦苦闘していたが、ランガーはその様子を少し観察し、再び視線を書類へと戻した。
「ランガーも久しぶり、あんまりここの部屋を掃除させないのによく許可したね!」
「…命令だからな」
素っ気無い返事をしたランガーは、異国の服を引きずり席を立った。
今しがた片付けたばかりの棚からお構いなしに本や書類を引きずり出すと、その場で黙読をはじめる。
ヴァレスは肩をすくめて違う場所の片付けを再開し、リックは躊躇いながら引き続き棚と向き合った。
「…お前は…ロイルの部下になったのか」
ふと何かを思い出したように呟かれたその言葉は、どうやらリックに向けられているのだと気づく。リックは辺りを一度見渡してからおずおずと答えた。
「まだ…分かりません…」
「…そうか。」
「まあ、じゃあ…あなたがこの前ロイルが言っていた新兵さん?」
「…ロイルに会ったのか?」
「あ、ええ…ランガー様に用事があると…昨日」
「あのゴミ粒…」
本を勢いよく閉じ、ランガーは大きくため息をつく。女性―マリアはそんなランガーの様子に戸惑い、その後はリック達の作業を黙々と手伝った。ランガーは閉じた本を来客用のソファーに積み上げると、自分の机に腰掛け、足を組んだ。
「もういい、次の作業に移れ」
「えっ、でもランガーさっき始めたばかりだよ?」
「いいっつってんだろ。さっさとその小汚い掃除用具を持って次の場所に行け」
「もう、じゃあ行こうかリック…」
リックはそうまでしてランガーはロイルの話が嫌なのかと首を傾げた。昨日からこの男の顔には不機嫌そうな表情しか張られておらず、リックの中の印象は無愛想な姿で怖い印象だった。
マリアは申し訳なさそうにドアを開けると、二人を送り出すべく、マリア自身も外に出た。
別れ際ヴァレスはマリアに執拗なアプローチを送り、笑顔で再びエレベーターに乗車した。
今まで気にはなっていたが、聞けなかったランガーのことをリックは思い切って尋ねてみた。
「あの、ランガーさんは何者なんですか?」
「ああ、怖かった?」
「い、いや、あの…」
「ランガーはね、このアクアドームの中で情報や科学を専門にしているアイリーンさんの参謀みたいな奴なんだけど…あんなぶっきらぼうだからさ、同じ性格のロイルとは気が合わないみたい」
「そう、なんですか…あの女性は?」
「マリアはランガーの身の回りの世話とかしてるみたい。たまにロイルの仕事の手伝いもするらしいけど…」
「はあ…」
「まあ、よっぽどの事がないと関わらない人物だから気にすることはないよ、さ、次は訓練場に行こうか」
リックはそうであって欲しいと願いながら、今日一日を共にしたモップを握り締めた。
憂いに満ちたランガーのあの顔が頭から離れず、絶えずリックは落ち着くことなくエレベーターの天井を見上げるのだった。