五話
ランガーは、その日いつにもなく苛立った様子でアイリーンの元を訪れていた。
エレベーターの中でも苛立ちが抑えられないランガーは、足を始終揺さぶっては不機嫌さを自分で抑えようとしていた。しかし、アイリーンの部屋に着いた時には既にそんな努力は忘れ、半ば強引に扉を開け、開口一番に文句を並べ立てた。
「アイリーン!貴様、あのゴミ粒が帰ってくる時は連絡しろとあれほど念を押しただろうが!」
怒りに我を忘れていたランガーは、先客にも気づかず、アイリーンのたわわな胸元を引き寄せ、そのまま殴りかかるのではとさえ感じられる剣幕で掴み掛かった。
レニは頭の煮えきったランガーに存在を示す為、横目でランガーを見やり咳払いをした。
それにようやく気づいたのか、ランガーはハッとしてアイリーンから手を離した。
「なんだ?ゴミ粒のパートナーか…それにそこの青年は…?」
ゴミ粒?リックは突然嵐のようにやってきた男を見上げ、ぽかんと口を開きっぱなしにして収まりきらない頭の中の情報を整理し出した。恐らく、この男が呼ぶゴミ粒というのはロイルのことだろうとは推測はできたものの、肝心の誰なのかは分からなかった。よく見れば端麗な顔をした男で、顔半分を覆い隠すマスクをしている。男はじっ、とリックを、見つめる。
「なんだ、新人選考していたのか。で、外と中、どっちになったんだ?」
「今それを聞いていたんだ馬鹿者…!」
「はん、知ったことか。そんなことはいい、俺は今日ロイルが帰ってくることを聞かされてないどういうつもりだ全く、のこのこ部屋に来てくれたらどうする、この牛女!」
「そんな下らない苦情に付き合っている暇はない、今度にしろ」
アイリーンは大きくため息をつき、自分の椅子に深く腰掛けた。男―ランガーは舌打ちの後、アイリーンの机に一枚の封筒を投げつけた。
「カミュとマリアの調査結果だ、今月もこれといった異常はない」
「ごくろう」
「あと、今度こそあいつが帰還する前日は言えよ?」
ランガーはそのまま服のすそを翻し、アイリーンの部屋を後にする。
去り際、レニの真横を通過したランガーは、レニに声を掛けられ少しだけ立ち止まった。
「ロイルさん、今日帰還したのであと三週間はここに居ますよ?」
「…それが何だ」
「いえ?別に」
リックはあまりに冷たいレニの声音に、思わず背筋が冷たくなるのを感じた。ランガーはそのまま立ち去り、エレベーターの音が鳴るのが遠く聞こえたが、ランガーの異常なまでのロイルへの嫌悪も気がかりだった。アイリーンはさて、と髪を指先で払い、疲れたような表情でリックに返った。
「折角の話が台無しだな、では戦うことで良いのだな?」
あまりに突然話を中断されたため、一瞬何を聞かれたのか分からなかったリックは、遅れて戸惑いながら返事をした。
「は、はい!よろしく…お願いします」
エレベーターを降りたランガーは、その先の通路でロイルが向こうから歩いてくるのを見つけ、足早に歩き出した。ランガーがロイルの脇を通り抜けるか否かでロイルが重々しく口を開いた。
「…コア」
「トレストゥーヴェに渡しておけ、後で受け取る」
「今渡したいんだが」
ランガーは面倒そうに振り返り、ロイルを見た。ロイルはうつむいたまま、コアを握った腕だけ出して何も言わなかった。ランガーは眉を上げ、ロイルの手に握られているコアを受け取ると再び歩き出した。歩きながらランガーはロイルに告げる。
「何でもいいが、俺の部屋に勝手に入るなよ」
「……。」
「…これはあくまで俺の優しさの忠告だということを忘れるなよ、ゴミ粒」
立ち止まったままのロイルは、ランガーが居なくなった廊下でぽつん、と胸に一度しまった言葉を呟いた。
「僕がゴミ粒ならお前は塵だな、…ランガー」
誰に聞かれることもない言葉が冷たい廊下に響き、ロイルはまた自室へ戻るために歩き出した。