三話
レイディアン中枢、それはアクアドームの真ん中に街を見下ろす巨大な建物にあった。
軍基地であり、宿舎でもあるその建物に入ったリックは、見た目に反して室内が驚くほど質素で
飾り気のない姿に驚いて辺りを見渡した。
まず、入ってすぐ窺えるホールには、ロイルと同じ深緑の軍服を身にまとった軍人が数人いる。
各々が仕事や休憩時間を過ごしているのを通り過ぎ、三人は施設内のエレベーターに乗車した。
「ここが、レイディアンの基地ですか」
「そうなりますね。ここは地上三十五階の大きな建物で、そのほとんどが軍人の宿舎になってます」
「端にあった小さい建物は?」
「訓練場です。実戦に出られるのはごく僅かですから、皆さん切磋琢磨しておられるのです」
「へえ…」
「人事じゃあないんだぞ」
「う、うん…ロイルくんもあの訓練場で鍛えてたの?」
「勿論だ」
やがて、チン、と軽快な音と共に扉が開き、ロイルがエレベーターから降りた。
「僕はランガーのところに行ったら部屋に戻る。後は頼んだ」
「はい、おやすみなさいロイルさん」
ロイルの華奢な背中を見つめ、やがてみえなくなると、リックは深く息をついた。
レニはくすりとそんなリックに微笑み、声を掛けた。
「ロイルさんには慣れませんか?」
「え、えっと、その、はい…俺、ロイルくんより年上なのに守られてばっかりで怒らせちゃうし…情けないなって…」
「ロイルさんもああいう態度ではありますが、本当は人一倍寂しがりやさんなんですよ」
「ええ?あのロイルくんが?」
「まあ、人が見ているのはその人のほんの一面であることが多いものです、これから慣れていけばいいんですよ」
リックは納得いかないまま、あいまいに苦笑する。そんなリックの肩を叩き、レニはもう一度笑顔を向けた。馬車より酷く揺れるエレベーターの中で、リックはレニの言葉を何度も反芻していた。
ランガーの私室を前に、ロイルはやたらとそわそわしてドアノブに触れた。しかし肝心の回す手は汗ばみ、変に緊張して上手く回せない。一度、自分を落ち着かせるべく大きく深呼吸した時、
ドアは向こうから開けられた。
「あら、ロイルお帰りなさい」
ドアの前でにっこりと優しい笑みを浮かべた女性を前に、心の準備ができていなかったロイルは上ずった声で答えた。
「…ただいま、マリア…」
部屋はマリアのおかげで随分前に比べればとても綺麗になっていた。
ロイルは落ち着かない様子のまま言われたソファーに座り、主のいない椅子に視線を遣った。
マリアは机に積み重ねられていた分厚い本の山を本棚に戻しながら、ロイルがアクアドームに居なかったここの所一週間の話を尋ねた。
「それで、今回の任務は長かったのね。何か変わった事でもあったの?」
「ああ、新人が増えたんだ。もと陸軍新兵の役立たずだが…」
「そうなの、その方…ご家族は?」
「…先の戦争で亡くなっているらしい」
「…そう」
マリアの細い指先が、真っ白なポットに添えられる。並々と注がれる紅茶をぼんやり眺めて、
ロイルはゆっくり口を開いた。
「…ところで、ランガーは?」
「ランガー様は今、外に出かけているわ。アイリーン様の所かしら」
「何?それならとんだ無駄足だったな」
「そんなこと言わないでロイル…、用が無くても来て欲しいのに」
「………ぼ、僕はランガーが大嫌いなんだ、なるべく来たくない」
すこし紅潮した顔をそむけ、ロイルが呟く。マリアはトマトのようなそのロイルの頬に笑顔を浮かべて、ロイルの前に紅茶を差し出した。
「ランガー様は、ロイルを本当の息子のように思っているのよ?」
「…気色が悪いな、そんなわけないだろあの男が」
「ふふ、どうかしらね」
ロイルは、出された紅茶を一気に飲み干すと、立ち上がって踵を返した。
マリアは驚いてロイルを引き止める。
「ロイル?もう帰るの?ゆっくりしていったら?」
「僕は仕事の途中だから、もう行く。すまなかった」
マリアは残念そうにドアを開くと、ロイルを送り出す。
きびきびと歩き出したロイルはふと足を止め、振り返らずに小さく告げた。
「…また来る」
その言葉にマリアはふっと微笑み、ロイルが見えなくなるまで手を振って見送った。