第二章 深海の要塞
馬車に揺られる間、リックはこれまでのことを整理していた。
熊探しに出かけていただけの新兵だった自分が、人形に命を狙われ、少年に助けてもらった。
そして事がいくつか運び、気づけば仮にもレイディアンの軍人として今、再スタートを切っていた。
めまぐるしい此処のところの状況に、リックは精神も肉体も疲労しきっていた。
体が横たわっているため、少し寝てしまったが、まだ目的地には到着していないようだった。
「退屈そうですね」
「あの、これから行く場所って?」
「レイディアン本部、アクアドームですよ」
レニは早くも退屈していたリックの心情を読み取り、気さくに声を掛けた。
見た目、自分より年上そうなレニは、リックにとってロイルより絡みやすかったのは言うまでもない。
「アクアドーム?」
「はい。侵攻が不可能であるように海の中に作られた要塞で、我々の本拠地ですね」
「ええっ?海の中?」
「ええ。見れば一番理解しやすいと思います。着いたら手続きがありますので、私達についてきてください」
リックには想像もつかなかったが、レニが言うような要塞ならば、確かに敵が攻めてくることはない。
世界の敵、人類の罪の遺産でもある人形も、流石の海の中までは侵略は不可能かもしれなかった。
次第に、リックはどんな場所か想像をめぐらせ、胸が躍った。
「そういえば、上着…剥ぎ取られちゃったんですね」
レニのその言葉に、リックは改めて自分の姿を確認した。
確かに上着は体から消え、代わりにロイルの深緑色をした軍服が掛けられていた。
「そう、みたいです」
「レイディアンでは制服が支給されるので心配しないで下さい。デザイン性は前の上着よりはありませんが…」
「そういえば、ロイルくん、上着のリボンは?」
ロイルは面倒そうに顔を上げると、ずるりと薄いピンク色のリボンをスラックスのポケットから引きずり出した。真ん中は金のロザリオが輝き、一見するとかわいらしいそれを、ロイルは胸につけていたのだ。彼の趣味に口は出せないが、はっきり言って深緑とそのリボンは合わなかった。
リックが見たのを確認したのか、ロイルはまたそれを深くポケットにねじ込んだ。
「あれは、ロイルさんの大事なものらしいですよ。私も良くは知らないのですが。」
「そうなんだ?」
「…うるさい、けが人は黙っていろ。あとレニ、お前もだ」
レニは肩をすくめ、リックに笑い掛けた。
先ほどのおどろおどろしい雰囲気がなくなったロイルに、リックは少し安心し、
その笑みにゆるく笑って返した。
やがて馬車はゆっくりと一晩かけて進み、アクアドームを目指していった。