八話
銃弾はセイランの斜め下を貫いて止まった。震えていた腕は正確な位置を定められず、セイランは命からがらドアの付近に這ってゆき、かたかたと震えた。そこでイナーシャはようやく数年ぶりにセイランの姿をしっかり見つめて絶望した。
かつて、何人もの命を実験動物のように扱い、冷酷な事を繰り返してきた男の姿はどこにもなかった。ただやせ細り、髭も伸び放題で粗末な服を身にまとった目の前の男は、ただの弱い老人に過ぎなかった。コアは永遠に老いない特徴を持っていたが、生きたままコアを埋め込むリスクを減らす為、コアを四分にも割っていた男の体はいつまでも老いないイナーシャを尻目に老いていった。
イナーシャは既に憎しみもどこかにやってしまうほど絶望して、銃をおろしてその場に座り込んで泣いた。あれほど憎かった男は今は手を下さなくてもいずれ死んでしまいそうなほど老いてしまった。
すっかり殺意が消えうせたイナーシャに、マーリスはうろたえた。
「どうしたんや…イナーシャ?アイツはお前を養子にするふりをしてコアの人柱にして、姉を殺した犯人やで?殺せ、殺せ!」
「もういいだろう、マーリス。」
レニは、マーリスの肩を叩いて静かに狼狽する彼を見つめた。マーリスはこれまで一番憎んできた男を誰一人として殺そうとしない雰囲気に戸惑い、声を荒げた。
「だ、だってコイツは…メルディスを殺して…ジュリアを陥れて…、ヴァレスの妹かて…」
ロイルは腕を掴んでいたトレストゥーヴェの手をそっと離し、マーリスに近づいた。マーリスはやや肩を跳ね、ロイルを怯えたように見つめた。
「…全て、知ったよ兄さん…。アンタが僕の為に、していたことを…」
「だったら…!」
「でも、それで誰かの手を汚すことは間違っている。こいつは殺す価値もない男だ。…エックスが言っていた、やっと楽になれると。」
ロイルは出口まで歩いて行くと、そっと震えるセイランへとしゃがみ込んでその顔を見つめた。
「アンタも、息子と同じだ」
そしてぐっと指先を胸の球体が盛り上がった部分に突き刺し、そのままロイルはセイランのコアを抜き取った。
「楽になれ、そして地獄で罪を償うんだ」
「メルディス!」
マーリスは思わずロイルを押しのけてセイランを見つめた。だんだん灰色になってゆく体は指先から砂のようにさらさらと溶け出し、やがて表情は和らいでいった。
マーリスは砂になった体を掴みながらうなだれ、叫んだ。
「あああああああっ!くそっ、セイラン・リー!!」
ロイルは立ち上がると、レニに向き合い、数日ぶりの再会に目を細めた。
「…私は、ロイルさん…いえ、メルディスがあの事件を起こしたと信じて、あなたを記憶のゴミ箱という部屋につれてゆき、記憶を消しました。そして、マーリスが一生あなたを閉じ込めておくと言ったのであなたを逃がし、ずっと、監視していました。怒って…いますか?」
「フン、今更謝ったところで許せる話か」
「そう…ですよね」
ロイルはマーリスを見下ろす。いつも自分を思ってくれていたが、その思いが歪んでしまった二人のうち一人のかけがえのない兄。ロイルは静かに目を閉じて、微笑んだ。
「だが、お前とパートナーだった日々、悪くなかったよ」
「メルディス…」
「ヴァレス」
ヴァレスは声を掛けられて、肩を震わせた。
ロイルはヴァレスに胸元のリボンを解いて差し出した。
「大事にしてくれ。マリルとの、約束だ」
「ろい…る?」
そして、ロイルはすこし突き出た台にのぼり、軍服を脱いで、胸元に手をやった。
「セイラと、僕の分まで」
「ロイル、ロイル!」
「生きろよ」
そして、コアを自分の手で、引き抜いた。
「いやああああっ、ロイルっっ!」
トレストゥーヴェの悲鳴に反応して、マーリスは振り返った。優しい微笑みを浮かべたロイルは灰色になってゆき、マーリスは手を伸ばした。目がかすんで、うまく手が伸ばせない。届かない。触れられない。そう思った瞬間、ロイルは最後の力で手を伸ばし、その手を取った。
「ありがとう、兄さん」
ぱん、とはじけるように彼は砂となって、宙を漂った。
先ほどまで握っていた手を力なく握り締めたマーリスは台に山盛りになった彼の遺灰を抱きしめて、唸った。
そしてその中心にごろりと転がったコアがヴァレスの足元にこつん、と触れた。
ヴァレスはそのコアを拾い上げて胸に抱きしめた。
「ロイル…」
こうして、彼の物語は終焉を迎えたのだった。