四話
メルディスは、床で死を待っていた。一番上の兄のダリウスは、病気になったと言って彼を隔離しているセイランを不審に思っていた。マーリスが軍の兵器製作に関わる事業を始めてからというもの、セイラン・リーという初老の東洋人はターナー家、ソルワット家に当然のように大きな顔をして介入し、マーリスが助けた少女二人を養子に持つ、謎の多い人物だった。
ダリウスは彼が居ない隙に、メルディスの部屋を訪れると、ドアを優しくノックして潜めた声でメルディスを呼んだ。
「メルディス?聞こえるか?」
「…ダリウス…」
か細い声にダリウスは驚き、ドアへと近づいてドアノブを何度かまわしてみる。が、中から鍵がかけられているのか、ドアノブはうるさく音を立てるだけだった。
「閉じ込められているのか?待て、今ドアを…」
「聞いて、ダリウス」
ドアの隙間から一枚の紙がすっとダリウスの前に差し出されて、それを受け取る。
中身は一言、
セイランが人形を使ってコアの材料を集めようとしている
と書かれていた。ダリウスはその一文を通して読み、もう一度見直す。手が震え、声はうまく紡げなかった。
「何故コアのことを知っている?!」
「今は駄目…教えられない」
「メルディス!メルディス!」
「行って。このことをマーリス兄さんに伝えて」
強い口調で言い放たれた言葉に、ダリウスはたじろいだ。悪夢が再度蘇る。コアは再び間違った道を歩もうとしている。それを止めなければ、自分は必ずまた後悔する。ダリウスは一瞬、メルディスとコアによって失われる誰かの命を天秤にかけて目を閉じた。
「すまない…メルディス…俺は…お前を守ると約束したのに…」
「僕なら大丈夫、急いで」
ダリウスは苦しげな顔をしながらメルディスの部屋から離れて走り出した。足音が弱まっていくのを聞きながら、メルディスは再び這うようにベッドまで戻ると、大きく息をついて薄く笑った。それまで自分が生きていられるのか考えると、もう、笑いしかこみ上げなかった。
その晩、メルディスは妙な胸騒ぎを感じて目を覚ました。まだ薄暗い中、窓の外に明かりを感じて、メルディスはカーテンを引いた。
「あれは…?!」
巨大な炎が、柱となって空を目指していた。竜の首のように頭をもたげながら襲い掛かる様を見つめて、メルディスは息を飲んだ。咄嗟に、ヴァレスとセイラの姿が脳裏に浮かんで、メルディスは覚悟を決めた。もうほとんど動かない体を懸命に動かしてカーテンを引きちぎり、それをそっと窓から垂らしてレールにくくる。もう戻って来られないだろう部屋を名残惜しむように一瞥し、メルディスは窓から降りた。
すぐさま着地すると、ふらふらとした足でタクス村を目指した。どうか無事でいて欲しい。そう願いながらメルディスは裸足で走り出した。
胸は焼け付くように痛む。体中が一歩進む毎に悲鳴を上げた。だが不思議と足だけは止まらずに歩き続け、メルディスはようやくたどり着いた村の全貌を目の当たりにして絶句した。
逃げ惑う人々を、背後から襲いかかり切りつける人形。そして母の死体に泣きつく子供や、震えて隠れようとする親子。果敢に人形に立ち向かって返り討ちにあう男性。
数日前までのどかな村だったこの場所はもう地獄と化していた。冷酷に火を放つ人形を見つめて、メルディスは渾身の力で叫んだ。
「やめろおおおおおおっ!」
そして、無謀だと分かっていながら、人形に立ち向かう。
たいまつを持ってこちらをしっかりと見つめた人形は、小さなメルディスの姿を捉えて剣を構えた。