第八話 古代の遺跡とガーディアン
国境の宿場町「ポルタ」での大食い大会を制し、謎の(しかし実用的な)カレーレシピを手に入れたリディアとアビスの一行。
彼らは再び荒野を進み、ついに目的地である「魔導の塔」の直下へと辿り着いていた。
近くで見上げるその塔は、遠景で見たとき以上の威圧感を放っていた。
継ぎ目のない銀色の外壁。
雲を突き抜け、天頂が見えないほどの高さ。
そして何より、周囲の空気が違う。
千年以上前の遺跡であるにもかかわらず、風化の跡が一つもないのだ。
まるで昨日完成したばかりの建造物のように、不気味なほどの完全性を保っている。
「うわぁ……! 首が痛くなるくらい高いですね! 壁もツルツルで、これじゃあロッククライミングは無理そうです」
リディア・クレセントは、塔の基部に張り付き、その頬を冷たい壁に擦り付けていた。
古代の超技術「オリハルコン合金」で作られた壁面は、鏡のように滑らかで、リディアの間抜けな顔を鮮明に映し出している。
(……登るな。入り口を探せ)
リュックサックから顔を出したアビス(犬)は、呆れ声で指示を出した。
この塔は、かつて古代魔法文明がその叡智を結集して建造した、魔導研究の中枢だ。
壁をよじ登って侵入するなど、セキュリティシステムに対する冒涜である。
そして何より、アビスにとっては「実家(かつての研究所)」のような場所だ。
土足で壁を登られるのは気分が悪い。
「あ! あそこに扉らしきものがありますよ!」
リディアが塔の正面に、巨大な切れ込みを発見した。
高さ五メートルはある、重厚な金属の扉。
取っ手も鍵穴もない、完全なる一枚板だ。
「う~ん、押しても引いても動きませんね。……『開け、お肉!』」
(……食欲で扉が開くかよ)
アビスは、リディアの不毛な挑戦を尻目に、周囲の魔力反応を探った。
扉の周囲には、防衛用の結界が張り巡らされている。
だが、アビスの知る「古代のパスコード」を使えば、正規の手順で開けられるはずだ。
アビスが、こっそりと魔力を練り上げようとした、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……!
突如、地面が激しく揺れ始めた。
扉の前に広がる石畳が割れ、地底から「何か」がせり上がってくる。
「おっと! 地震ですか!?」
リディアが体勢を崩さないように踏ん張る。
土煙が晴れると、そこには巨大な影が立ちはだかっていた。
身長四メートルを超える、金属の巨兵。
全身に幾何学模様の魔法陣が刻まれ、その隙間から青白い魔光が漏れ出している。
頭部には顔と呼べるものはなく、ただ一つ、巨大な水晶の目が、無機質な殺意を宿してリディアを見下ろしていた。
「遺跡の守護者」。
古代文明が遺跡防衛のために配置した、自律型の魔法生物だ。
『―――侵入者、検知。排除行動を開始します』
腹の底に響くような、重苦しい合成音声が響き渡る。
ガーディアンが、その丸太のような腕を振り上げた。
『排除』
ブォンッ!
ガーディアンの拳が、轟音と共に振り下ろされた。
歓迎どころか、明確な殺意のこもった一撃だ。
「危ないですね!」
リディアは、バックステップで軽やかに回避した。
ドガァァァァン!
彼女が立っていた場所の地面が粉砕され、クレーターができる。
凄まじい破壊力だ。
「もう、いきなり殴るなんて野蛮ですよ! 私、入館手続きをしに来ただけなのに!」
リディアは背中の「黒い聖剣」を引き抜いた。
漆黒の刀身が、荒野の日差しを吸い込んで鈍く光る。
「少し、お灸を据えてあげます! 『リディア流・しつけの剣』!」
リディアが踏み込む。
その速度は、ガーディアンの反応速度を遥かに超えていた。
一瞬で懐に入り込み、強烈な一撃をボディに叩き込む。
ガギィィィィィィィンッ!
甲高い金属音が響き渡り、火花が散った。
だが。
「……えっ? 硬っ!?」
リディアが驚きの声を上げた。
聖剣の一撃を受けたガーディアンのボディには、傷一つついていなかったのだ。
それどころか、リディアの手首にジーンと痺れが走るほどの反動があった。
(……無駄だ、脳筋。そいつはただの金属じゃねえ)
リュックの隙間から戦況を見ていたアビスは、冷静に分析した。
あのガーディアンの表面には、「物理耐性」の多重結界が張られている。
さらに、装甲自体もオリハルコンの合金製だ。
いかにリディアが怪力無双とはいえ、魔法による強化なしの物理攻撃だけで破壊するのは困難だ。
『脅威レベル、修正。殲滅モードへ移行』
ガーディアンの水晶の目が、青から赤へと変色した。
背中の排気口から蒸気が噴き出し、動きが加速する。
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
巨体に見合わぬ敏捷性で、連続攻撃を繰り出してくる。
拳、蹴り、そして口から放たれる魔力ビーム。
「うわわっ! ちょっと、落ち着いてください!」
リディアは防戦一方となった。
攻撃を避けることはできる。
聖剣で受けることもできる。
だが、こちらの攻撃が通じない以上、ジリ貧だ。
リディアの剣技は、相手を「切る」「砕く」ことに特化しているが、絶対に壊れない壁を相手にしているようなものだ。
(……チッ。厄介だな)
アビスは舌打ちをした。
彼が完全な魔人の姿であれば、あんな結界など「解呪」一発で無効化し、指先一つでスクラップにできる。
あるいは、リディアが魔法を使えれば、属性攻撃で弱点を突くことも可能だろう。
だが、今の戦力は「物理特化の勇者」と「無力な犬(表向き)」だけだ。
(……「三分解呪」を使うか? ……いや、ダメだ)
アビスは、首元の「亜空間ポケット」に意識を向けかけたが、すぐに思い直した。
リディアとの距離が近すぎる。
この激しい戦闘中に、彼女の視界から完全に消えて変身し、魔法を放ってまた戻る……そんな芸当は不可能だ。
もし正体がバレれば、これまでの「ペット生活(潜伏)」が水の泡になる。
(……クソッ。俺様としたことが、手詰まりか?)
アビスが焦りを感じ始めた、その時だった。
ガーディアンが、大技を放つために大きく右足を引いた瞬間。
アビスの魔眼が、ある「違和感」を捉えた。
(……ん? なんだ、今の光は?)
ガーディアンの右足の踵。
装甲の継ぎ目に、微かに露出した魔法陣の一部。
そこに描かれている術式文字が、一瞬だけ不規則に明滅したのだ。
アビスは、脳内のデータベースを検索した。
古代魔法文明のゴーレム製造マニュアル。
バージョン3.0。
あのガーディアンの型番は……「IG-2000」。
そうだ。こいつには、有名な「設計ミス」があったはずだ。
(……思い出したぞ! あの開発者のバカが、徹夜続きで術式を書き間違えた箇所だ!)
それは、動力伝達回路の記述ミス。
「魔力循環」と書くべきところを、「魔力爆発」と書き間違えた、伝説のバグ。
普段は装甲で守られているが、高出力モードで排熱ダクトが開いた瞬間だけ、そのバグを抱えた回路が露出する。
そこへ衝撃を与えれば、体内の魔力が逆流し、自壊するはずだ。
(……場所は、右足の踵! まさにアキレス腱!)
だが、どうやってリディアにそれを伝える?
「右の踵を狙え!」と念話で叫べば、賢すぎるリディアは「なぜアビスさんがそんな弱点を知っているの?」と疑問を持つかもしれない。
あくまで自然に。 犬として、本能的に弱点を教える演技が必要だ。
「はぁ、はぁ……。硬いですね、このロボットさん……」
リディアが距離を取り、肩で息をする。
ガーディアンが、トドメの一撃を放つために、魔力をチャージし始めた。
胸部の装甲が展開し、赤黒い光が収束していく。
「魔導砲」。
あれを食らえば、さすがのリディアでもただでは済まない。
(……今だ!)
アビスは、リュックから飛び出した。
「わっ! アビスさん! 危ないですよ!」
リディアの制止を振り切り、アビス(犬)は戦場を駆けた。
黒い弾丸のように、ガーディアンの足元へ。
そして、魔導砲の発射反動に耐えるために踏ん張った、その右足の踵に噛みついた!
ガブッ!
もちろん、犬の牙でオリハルコンが砕けるわけがない。
だが、アビスは噛みついた瞬間、牙から微弱な「ノイズ魔力」を流し込んだ。
バグを誘発させるための、起爆剤だ。
バヂヂヂッ!
ガーディアンの足元から、青い火花が散った。
「ワン! ワンワン!(ここだ! ここが臭うぞ!)」
アビスは踵を噛んだまま、派手に吠え立てた。
尻尾を激しく振り、前足で装甲の隙間をカリカリと引っ掻く。
「アビスさん!? ……そこになにかあるんですか?」
リディアが気づいた。
彼女の「直感」が、アビスの意図を(都合よく)受信する。
「そういえば、そこだけ光り方が変ですね……。もしかして、そこが『停止ボタン』ですか!?」
(……ボタンじゃねえけど、まあいい! やれ!)
アビスはパッと離れ、安全圏へと退避した。
ガーディアンは、足元の異変により魔力制御が乱れ、動きが止まっている。
胸部の魔導砲も、エネルギーが暴走して明滅している。
「ありがとうございます、アビスさん! お手柄です!」
リディアが、聖剣を構え直した。
全身のバネを使い、渾身の力を込める。
狙うは一点。
アビスが教えてくれた、右足の踵!
「必殺! 『リディア・アキレス・クラッシュ』!」
ガキィィィィィィンッ!
聖剣の一撃が、装甲の隙間に吸い込まれるように突き刺さった。
その衝撃は、物理的な破壊力以上に、内部の魔力回路に致命的なエラーを引き起こした。
ピシッ……パリーンッ!
空間が割れるような音が響く。
ガーディアンの結界が霧散し、全身の幾何学模様が赤黒く染まった。
『エ……ラー……。魔力、逆流……。システム、ダウン……』
断末魔の音声と共に、巨兵が内側から崩れ落ちる。
バラバラと部品が散らばり、最後に残ったのは、山のような鉄屑だけだった。
「ふぅ……。やりました!」
リディアは聖剣を納め、勝利のVサインを決めた。
そして、アビスの元へと駆け寄り、抱き上げた。
「さすがアビスさん! 鼻が利くんですね! ロボットさんの弱点の匂いが分かったんですか?」
(……まあ、金属疲労の匂いってことにしておけ)
アビスは、得意げに尻尾を振って「ワン」と答えた。
今回もまた、魔人の知識と勇者(の末裔)の武力の見事な連携(?)によって、難局を乗り切ったのだ。
ゴゴゴゴゴゴ……。
ガーディアンが倒されたことで、遺跡の扉――「魔導の塔」への入り口が、重々しい音を立てて開き始めた。
中から、ひんやりとした冷気と、永い時を眠っていた埃の匂いが流れ出てくる。
「開きました! いよいよですね!」
リディアは、暗い開口部を見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ここから先は、未知の領域。
古代の罠と、そしてアビスが探し求める「真実」が眠る場所だ。
(……行くぞ、リディア。ここからが本番だ)
アビスは、気を引き締めた。
かつて自分が作られ、そして何かを失った場所。
その記憶の蓋を開ける時が来たのだ。
二人は、暗闇の中へと足を踏み入れた。
扉が閉まり、外界からの光が遮断される。
闇の中で、小さく青白い室内灯だけが、彼らを奥へと誘うように点灯し始めた。




