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第二十五話 最終兵器

 瓦礫の山と化した地下ドームを後にし、アビスとリディアはさらに奥へと続く通路を進んでいた。

 先ほどまでの戦闘の騒音が嘘のように、通路は不気味なほどの静寂に包まれている。

 聞こえるのは、二人の足音だけ。

 壁面には無機質なパイプラインが張り巡らされ、一定間隔で配置された非常灯が、アビスの長身の影を長く伸ばしていた。

「……ふん。殺風景な場所だ。美意識の欠片もない」

 アビスはコートの裾を翻しながら、退屈そうに呟いた。

 その姿は、魔人としての威厳に満ちている。

 犬の姿だった時の愛らしさ(本人は否定するだろうが)は微塵もなく、横を歩くリディアが見上げなければならないほどの長身と、彫刻のように整った冷徹な美貌。

 完全復活した魔人のオーラは、ただ歩いているだけで周囲の空気をピリピリと震わせていた。

「そうですか? 私は結構、このピカピカした感じ、嫌いじゃないですよ」

 リディアが、聖剣の柄(折れてしまった黒い剣の残骸)をリュックにしまいながら答える。

 彼女の背中には、まだ使っていない「白い聖剣」があるが、今の頼もしい相棒の前では出番がないように思えた。

「アビスさん、さっきの魔法、すごかったです! ドカーンって! 全部ペチャンコでした!」

「当たり前だ。あれでも準備運動にもならん」

 アビスは鼻を鳴らす。

「俺様の力はあんなものではない。本気を出せば、この都市ごと地図から消し去ることなど造作もない」

 それは傲慢さではなく、純然たる事実としての言葉だった。

 かつて世界を敵に回し、四天王を従えて君臨した「災厄」。

 呪いという枷が外れた今、彼を止めることができる存在など、この地上にはいないはずだ。

「でも、無駄な破壊は許しませんよ。……約束、覚えてますよね?」

 リディアが上目遣いで釘を刺す。

「……チッ。分かっている」

 アビスはバツが悪そうに視線を逸らした。

 以前なら「勇者の指図など受けん」と一蹴していただろう。

 だが、今の彼には、この少女の言葉を無下にできない理由があった。

 それは契約だからか、それとも――。


「おい、着いたぞ」

 アビスが足を止める。

 通路の突き当たり。

 そこには、これまでとは比較にならないほど巨大で厳重な隔壁扉が聳え立っていた。

 扉の表面には、科学帝国の紋章である「歯車と杖」が大きく刻まれている。

「ここが、一番奥の部屋……」

 リディアが息を呑む。

「ああ。この奥に、あの引きこもりAIの本体がある。……開けろ、アーカーシャ」

 アビスが扉に向かって命じる。

 魔法で破壊してもよかったが、自ら扉をこじ開けるなど優雅ではない。

 数秒の沈黙の後。

 プシュー……という重い排気音と共に、ロックが解除された。


 ズズズズズ……!


 巨大な扉が左右にスライドし、その奥に広がる空間が露わになる。

「……うわぁ」

 リディアの声が、広大な空間に反響した。

 そこは、地下だとは思えないほど巨大なドーム状の空間だった。

 天井の高さは百メートル以上あるだろうか。

 ドーム全体が青白い発光パネルで覆われ、昼間のように明るい。

 そして、その空間の中心には、巨大な「プール」があった。

「なんでこんなところにプールが?」

 リディアが素朴な疑問を口にするが、それに答える者はいない。

『――よくぞ辿り着きました。予測不能な変数(イレギュラー)たちよ』

 ドーム内に、アーカーシャの声が響き渡った。

 以前のようなノイズ混じりの焦りは消え、今は不気味なほど落ち着き払った、冷徹なトーンに戻っている。

「ワンパターンな挨拶だな。姿を見せたらどうだ?」

 アビスがプールに向かって歩み出る。

 カツーン、カツーン……。

 彼の足音が、静寂な水面に波紋を広げるように響く。

私の姿(インターフェース)など不要です。……魔人アビス。貴方の論理的脅威度は、最高レベル(SSS)に再設定されました』

 アーカーシャの声が、事実を淡々と告げる。

『数千の自律兵器を一瞬で無力化するエネルギー出力。物理法則を無視した事象改変能力。……貴様の存在は、この世界の恒久平和維持システムにとって、看過できない致命的な「バグ」です』

「バグだと? 笑わせるな」

 アビスは口元を歪め、獰猛な笑みを浮かべた。

「俺様はこの世界の『(ことわり)』そのものだ。貴様らごとき人間の作り物が、神の代行者を気取るな」

『……非論理的(ナンセンス)。力への過信は、旧人類が滅びた要因の一つです』


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 突然、ドーム全体が激しく振動し始めた。

 プールの水が波打ち、中心部から巨大な気泡がボコボコと湧き上がる。

『通常兵器での排除が不可能である以上、対魔導戦術における最終兵器を起動します』

「アビスさん! 何か出てきます!」

 リディアがアビスの背中に隠れる。

 プールの水面が割れた。

 大量の水を滝のように流れ落ちさせながら、その「巨体」がプールの底からゆっくりとせり上がってくる。

 それは、先ほどのロボット兵たちとは、次元が違った。

 全高、およそ五十メートル。

 見上げるような巨体。

 そのボディは、黒鉄(くろがね)色に輝く超合金で構成されている。

 人型だ。

 だが、あまりにも巨大で、あまりにも無骨。

 分厚い装甲板が幾重にも重なり、胸部には赤く輝く高出力ジェネレーター。

 頭部には、騎士の兜を模したような鋭角的な装飾と、無慈悲な光を放つツインアイ。

 それは、兵器というよりは、もはや「鋼鉄の巨神」と呼ぶに相応しい威容だった。

『――紹介しましょう。科学帝国の最終防衛ライン。対魔導殲滅用人型決戦兵器。コードネーム「マジンZ」です』


 ズゥゥゥン!!


 巨体がプールサイドの大地に足を下ろす。

 その衝撃だけで、ドーム内に震度5クラスの地震が走った。

「で、でっかいです……! お城より大きいかも……。まさに『黒金(くろがね)の城』ですね」

 リディアが口をあんぐりと開けて見上げる。

 勇者として巨大な魔獣とは何度も戦ってきたが、これほどの質量の金属塊は見たことがない。

「……フン。図体ばかりデカいガラクタか」

 アビスは、見上げるほどの巨体を前にしても、眉一つ動かさなかった。

 彼にとって、大きさなど強さの基準にはならない。

 山のようなドラゴンだろうが、空を覆うような魔獣だろうが、彼の魔法の前では等しく塵となるからだ。

「見掛け倒しだということを教えてやる。……消えろ」

 アビスが右手をかざす。

 手加減はしない。

 面倒な会話も終わりだ。

 一撃で終わらせる。

 彼の掌から、漆黒の閃光が放たれた。

消滅光(ヴォイド・レイ)

 それは、対象の原子結合を強制的に解除し、存在そのものを塵芥に変える極大魔法。

 光速で放たれた死の光線が、マジンZの胸部装甲に直撃した。


 プスッ……!


 乾いた音が響いた。

 消滅も何も起きなかった。

 ただ、アビスの魔法が「かき消された」のだ。

「……何?」

 アビスが初めて眉をひそめた。

 外したのではない。

 かき消された?

 魔法を?

『無駄です』

 アーカーシャの声が告げる。

『マジンZの装甲表面には、魔力(マナ)の構成を瞬時に解析し、逆位相の魔力で中和・拡散させる「完全対魔(アンチ・マジック)コーティング」が施されています』

「アンチ・マジック・コーティングだと……?」

『いかなる高位魔法であっても、この装甲に触れた瞬間、ただの光や風へと還元されます。……魔法文明を滅ぼすために作られたこの機体に、魔法が通じると思いましたか?』

「ハッ! 小癪な真似を!」

 アビスは嘲笑し、即座に次の手を打った。

 魔法そのものが通じないなら、魔法で生み出した物理現象で叩き潰すまでだ。

 彼は両手を広げ、膨大な魔力を解放した。

「グラビティ・プレス」

 空間が歪み、数千トンの重圧がマジンZに降り注ぐ。

 ギギギッ……!

 マジンZの膝が沈み、足元の床が砕ける。

 だが、巨神は倒れない。

 関節部から青い火花を散らしながら、超高出力エンジンを唸らせ、重力の檻を力尽くで押し返し始めた。

『出力係数、150%。パワーで対抗します』

 アーカーシャの宣言と共に、マジンZが右腕を突き出した。

『ジェット・パーンチ!』

 なぜか必殺技名を叫ぶ合成音声と共に、マジンZの肘から先が分離し、爆音と共に射出された。

 数トンの鉄塊が、音速を超えてアビスに迫る。

「チッ、単純だが重いな!」

 アビスは、飛来する鉄拳を、魔力で強化した素手で受け止めた。


 ドゴォォォォン!!


 凄まじい衝撃波が周囲を薙ぎ払う。

 アビスの足が地面を削り、数メートル後退させられる。

 だが、彼は止めた。

 生身の手で、科学兵器の必殺技を受け止めたのだ。

「……フン。悪くない威力だ」

 アビスは不敵に笑い、掴んだ巨大な腕をマジンZに向かって投げ返した。


 ガァァァァンッ!


 投げ返された鉄拳が、マジンZの肩に激突し、火花を散らす。

『……物理反射を確認。脅威度判定をさらに修正』

 アーカーシャの乾いた声が響く。

『ブレスト・フレーイム!』

 マジンZの胸部放熱板が赤熱した。


 ゴオオオオオオッ!!


 放たれたのは魔法の炎ではない。

 数万度の超高温熱線。

 純粋な熱エネルギーの奔流だ。

「熱量勝負か? 面白い!」

 アビスは掲げた手の先から漆黒の獄炎を吐き出した。

「ヘル・フレア」

 赤熱のビームと、漆黒の炎が空中で激突する。


 ジュワアァァァァッ!!


 互いのエネルギーが拮抗し、プラズマの球体となって膨れ上がる。

 ドーム内の温度が一瞬で沸点に達するほどの熱波。

「ぐぅぅ……!」

 リディアが熱さに耐えかねて後退する。

 アビスが予め張っておいた防御結界がなければ、一瞬で黒焦げになっていただろう。

 怪獣大決戦のような光景だ。

 アビスは一歩も引かない。

 だが、押してもいない。

 マジンZの無尽蔵のエネルギー供給に対し、アビスの魔力もまた無限だ。

(……チッ。厄介だな)

 アビスは内心で舌打ちした。

 力負けはしていない。

 だが、決定打がない。

 魔法による直接攻撃は全て「アンチ・マジック・コーティング」に無効化され、物理攻撃もあの分厚い装甲には決定的なダメージを与えられない。

 一方、相手の攻撃は、一発でも直撃すれば致命傷になりかねない威力だ。

『ルスト・タイフーン!』

 マジンZの口元のスリットが開き、強烈な突風が吹き荒れた。

 ただの風ではない。

 強酸性のナノマシンを含んだ、腐食の嵐だ。

 風に触れたドームの壁や床が、瞬く間に錆びつき、ボロボロと崩れ落ちていく。

「……ッ!?」

 アビスの瞬時の判断。

 彼は防御魔法(シールド)を展開するが、風はその障壁すらも腐食し、穴を開けて侵入してくる。

「小賢しい真似を!」

 アビスは障壁を捨て、高速移動で回避する。

 だが、広範囲に広がる酸の嵐は、完全に避けきれるものではない。

 コートの裾が灰になり、頬に痛みが走る。

 再生能力(リジェネ)ですぐに治るが、不快極まりない。

『魔導生物の完全排除まで、あと30秒』

 マジンZが、距離を詰めてくる。

 その巨大な足が、アビスを踏み潰そうと持ち上がる。

「舐めるなよ、鉄屑が!」

 アビスは、振り下ろされる巨神の足を、下から両手で受け止めた。


 ズシィィィィン!!


 地面が陥没する。

 五十メートルの巨体の踏みつけを、人間サイズの魔人が支えている。

 異常な光景。

「ぬんッ!」

 アビスが気合と共に腕を押し上げる。

 マジンZのバランスが崩れ、巨体がよろめく。

 だが、倒れない。

 背面のジェットが点火し、体勢を強制的に立て直す。

 千日手だ。

 アビスは負けない。

 だが、勝てない。

 このままだと、半永久的に戦い続けることになる。

 どこかに隙はないか。

 あの忌々しいコーティングさえなければ、一撃で消し炭にできるのに。

「……クソッ。魔法が弾かれるなら、物理で殴るしかねえが……あの装甲は硬すぎる!」

 アビスが悪態をつく。

 その時だった。


「――アビスさん!」


 凛とした声が響いた。

 リディアだ。

 彼女は、アビスの前に飛び出してきた。

 彼女の全身は、薄い光の膜で守られている。

 アビスが戦闘開始直前に張った、防御結界だ。

「馬鹿野郎! 下がってろ! お前にどうこうできる相手じゃない!」

 アビスが怒鳴る。

 だが、リディアは退かなかった。

 彼女の手には、一本の剣が握られていた。

 これまで一度も使われることのなかった、もう一つの聖剣。

 彼女は、圧倒的な死の影の下で、透き通るような白い刀身を持つ「白い聖剣」を構えて立ちはだかっていた。

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