序章〜森の視線〜
お茶会のあと。
夕陽が森の端を染める頃、ティースは北の防壁要所へと向かっていた。
ここは城の外周に広がる森の境界線――防壁システムの魔力が最も集中する地点の一つだ。
彼女の後ろには、二人の護衛兵が控えている。
「ティース様、お供します」
「ありがとう。でも、少し距離を置いていて。魔力の流れを感じ取りたいから」
「はっ」
兵士たちは数歩下がった。
ティースは目を閉じ、意識を沈める。
地中深くを流れる魔力の脈動が、まるで血管の鼓動のように伝わってくる。
午前中よりも、確かに濁っている。
「これは…」
膝をつき、地に手を添える。
掌から魔力を流し込むと、視界の裏側に魔法の網が広がった。
その一部が、明らかに歪んでいる。
「魔物の仕業?…違う、これは。…誰かが、意図的に…」
ぞくり、と背筋が冷えた。
その瞬間だった。
何かの視線を感じる。
「!」
顔を上げ、森の奥を見つめる。
木々の影に、誰か――いや、“何か”がいる。
「誰かいるの!?」
静寂。風の音だけが返ってくる。
ティースが一歩踏み出そうとしたとき、兵士が駆け寄った。
「ティース様! もう日が暮れます。城へお戻りを!」
「でも――」
「危険です。魔物が出るかもしれません!」
ティースは唇を噛む。
たしかに、森の中はもう闇に沈みつつあった。
「……分かったわ。戻りましょう」
そう言いながらも、彼女の視線は森から離れなかった。
(何かがいる。確かに、あの奥に――)
帰路の途中、ティースはふと空を見上げた。
西の空に浮かぶ雲が、不吉な形に裂けている。
「粗悪な魔石、防壁の歪み、そして…この視線。一体…」
胸の奥に広がる不安を押し殺し、ティースは小さく息を吐いた。
「……クーロ姉様に、話さなくちゃ」
沈む夕陽の中、ティースは早足で城へと戻っていった。




