序章〜粗悪品の報せ〜
執務室の空気は、朝から少し重かった。
机の上には報告書の山。
国境の警備、銀鉱山の生産、交易路の安全確認——どれも重要で、どれも終わりがない。
クーロはペン先を止め、目頭を押さえた。
そこへ、扉を叩く音。
「クーロ様、軍事顧問のクラウゼ様が面会を求めております」
「通して」
入ってきたのは、がっしりした体格の中年男——ヴェルナー・クラウゼ。
戦場を幾度もくぐり抜けた男の眼差しは、いつも冷静で鋭い。
「報告がございます。市中に粗悪な魔力緩衝石が出回っております」
「……粗悪品?」
「はい。民が使用して体調を崩す例が増えております。出どころは、現在調査中です」
魔力緩衝石。
体内の余剰魔力を吸収し、持ち主を守る小さな宝石。
それが逆に命を奪うとなれば、ただの事故では済まない。
「原因が判明するまで、市民には王城製の石を支給しましょう」
「し、しかし配布量が膨大に——」
「体調不良を訴えている者に限定。宮廷魔術師の確認を経て支給。これで十分よ」
わずかに間を置いて、クラウゼは頷いた。
「承知しました。調査人員も増やします」
「お願いします。これは民の命に関わる問題ですから」
退室したクラウゼの背を見送り、クーロは静かに息を吐いた。
——やはり、おかしい。
重臣たちの会議が増え、兵士の訓練も厳しくなっている。
今朝のティースも同じことを感じていた。
そして今度は、魔力緩衝石の不正流通。
偶然が、重なりすぎている。
「……任せきりではダメね。私も動かなきゃ」
手早くペンを取り、手紙をしたためる。
封を閉じ、指先に魔力を込めた。淡く光が走り、彼女の印が刻まれる。
「この手紙をアスリルに届けて。最優先で」
「かしこまりました、クーロ様」
扉が閉まる音とともに、静寂が戻る。
窓の外には、白い雲がゆっくりと流れていた。
「……嫌な予感がする」
その呟きは、誰にも聞こえなかった。




