序章〜共鳴の教え〜
朝食後、ルツは書庫へ向かった。
今日の授業は、歴史と地理、それから共鳴魔法について。
担当は老魔法使いのロレンツだ。白い髭を蓄えた穏やかな老人で、ルツのお気に入りの教師だった。
「では、我が国シルバーグローブについて復習しましょう」
ロレンツが古い地図を広げる。
大陸の中央に位置する銀の国。その地図を見ているだけで、どこか誇らしい気持ちになる。
「シルバーグローブは、銀の産出で知られています。この銀、何に使われているか覚えていますか?」
「たしか、魔導具の核心部品や、魔力伝導装置に使われています」
「その通り。銀は魔力と仲が良くてね、力を増幅したり、暴走を抑えたりする。だから各国から引く手あまたなんです」
ロレンツは地図を巻き取り、別の資料を取り出した。
「そして、もう一つの誇り――月光茸です」
「月光茸…緑色に光るキノコですよね」
「ええ。近くの森でしか採れません。そこから作る薬が、魔法を持たぬ国々の医療を支えているのです」
ルツはペンを走らせながら頷く。
ティース姉様が言っていた“輸出管理”という言葉が頭をよぎった。
――姉様たちは、私なんかよりずっとたくさんのことを知っているんだろうな。
「つまり、我が国は銀と薬品、この二つで国を支えているわけです。……ルツ様、聞いておられますか?」
ロレンツの声が急に鋭くなる。ルツは肩をびくりと跳ねさせた。
「あ、はいっ! 聞いてます!」
「では、防壁システムを維持しているのは?」
「えっと……ティース姉様です!」
「ふむ、半分正解です。実際に運用しているのは魔法技術局という組織ですよ」
「そうなんですか…」
「ええ。あの防壁は、大戦のあとにつくられた古い魔法構造です。維持するには膨大な魔力と専門知識が要るんですよ」
ロレンツの声に、少しだけ重みが加わる。
防壁――あの、城を包む光の壁。
あれを動かす仕組みが、そんなに複雑だなんて考えたこともなかった。
「ルツ様。あなたはまだお若いですが、いずれこの国を支えるお方です。国の仕組みをよく学んでください」
「…はい」
言葉に力を込めて頷く。
早く、姉様たちに追いつきたい。並んで国を支えられるように。
歴史と地理の授業が終わると、ロレンツは別の古書を開いた。
表紙には銀色の文字で『共鳴魔法概論』とある。
「さて、いよいよ今日の本題ですね」
ルツの胸が高鳴る。
共鳴魔法――この言葉を聞くたびに、胸の奥がくすぐったくなる。
「共鳴魔法は、術者の魔力を他者と響かせて、その力を増幅する魔法です。王族の中でも、百年に一度くらいしか現れません」
「そんなに珍しいんですか?」
「ええ。才能というより“心”のあり方が深く関わるようです」
ロレンツは古書のページをめくる。そこには、淡い色で描かれた古い挿絵が載っていた。
「三百年前、エリシア王女という方がいました。彼女は共鳴魔法で治癒師たちの力を増幅し、戦場の兵士たちを救ったのです」
「癒しの魔法を使えなくても、人を救えたんですね」
「そう。彼女は自分にできないことを、仲間と共に叶えた。共鳴とは、そういうものなんですよ」
――“共に叶える”。
その言葉が胸の奥に静かに残る。
「そして百五十年前には、アルヴィン王子。彼は水の魔法使いたちと共鳴して、山火事を鎮めました」
「一人では消せない炎を、みんなで…」
「ええ。共鳴の力が本当に輝くのは、仲間と一緒にいるときなんです」
ロレンツが目を細める。
「ルツ様は風の魔法を得意としておられましたね」
「はい。でも、まだ小さな突風くらいしか起こせません」
「その風が、誰かの背中を押すことだってある。共鳴魔法と組み合わせれば、想像もつかないことが起きるでしょう」
ルツは無意識に息を呑んでいた。
――遠くの誰かを助けられる。そんな魔法があったら。
「けれどね、ルツ様」
ロレンツの声が低くなる。
「共鳴魔法は、感情で動く魔法です。誰かを守りたい、助けたい――そう願う気持ちが魔力と響き合い、力になる」
「感情で、魔法が…」
「そうです。技術や理論より、心の在り方が先にある。そこが、他の魔法と違うところですね」
ロレンツは本を閉じ、静かに言葉を結んだ。
「ただし、“強く思っても”発動しない者もいました。共鳴は、心が一方通行では起こらないのかもしれません」
「……相手の気持ちも、関係するってことですか?」
「さあ、それは誰にも分からない。ただ一つ言えるのは――焦らずに学びなさい、ということです」
ルツは小さく笑った。
「はい。ありがとうございます」
書庫を出ると、胸の奥が少し温かい。
共鳴魔法。
もし私がそれを使えたら、姉様たちの力にもなれる。
……そんな日が、いつか来ますように。
ルツは胸に手を当て、静かに歩き出した。




