序章〜三姉妹の朝食〜
「クーロ姉様、おはようございます」
訓練場でアスリル達と別れ、自室で身支度を整えて食堂に入ると、次女のティース・アルベリディアがすでに席についていた。
銀色の髪を丁寧に結い上げ、深い青のドレスを纏った姿は、まさに王族そのもの。
傍には、アスリルが控えていた。同じタイミングで別れたのに支度が早いな…と視線を送るが、無視された。
「ティース! おはよう! 今日も綺麗ね」
「姉様はまた朝稽古ですか? ……頬に土が」
「えっ!?」
ティースは微笑みながら、そっと人差し指でクーロの頬を撫でる。
ついた土がサラリと空中に消えていった。
「ありがとう、ティース」
「どういたしまして。次からは鏡を差し上げますね」
「わぁ……」
「あ、クーロ姉様もティース姉様もおはようございます!」
元気な声とともに、三女のルツ・アルベリディアが駆け込んできた。
ピンクがかった明るい髪が、朝日にきらきらと輝いている。
「ルツ、走らない。転びますよ」
「えへへ、ごめんなさい」
ルツは照れ笑いしながら、クーロの隣に座った。
使用人たちが次々と朝食を運んでくる。
焼きたてのパン、新鮮な果物、温かいスープ。
シルバーグローブ王国の豊かさを象徴するような食卓だ。
「みんなの今日の予定は?」
クーロがパンをちぎりながら尋ねる。
「私は午前中に防壁システムの点検を行い、午後は重臣会議に出席する予定です」
ティースが優雅にナプキンで口元を拭う。
「私は書庫で魔法理論の勉強です! 今日は共鳴魔法の基礎について学ぶの!」
ルツが目を輝かせる。
共鳴魔法――他者の力を増幅させる特殊な魔法。
王族の中でも稀にしか現れない才能だと言われている。
「共鳴魔法……ルツ、頑張ってね」
クーロは優しく微笑んだ。
だが、その表情にはわずかな翳りがある。
「姉様、何か気になることでも?」
ティースが小首を傾げる。
クーロは少し迷ってから、小さく息を吐いた。
「……ううん、何でもない。ただ、最近城の雰囲気が少し重い気がして」
「ああ、それは私も感じています。重臣たちの会議が増えましたし…」
「何かあるんですか?」
ルツが不安そうに尋ねる。
ティースとクーロは顔を見合わせた。
「大丈夫よ、ルツ。ちょっと国境の警備を強化しているだけ」
クーロは笑顔を作る。
だが、心の中では違う。
何かが起ころうとしている――そんな予感が日に日に強くなっていた。
「そうだ、ルツ。勉強が終わったら、また一緒にお茶しましょう」
「本当!? 楽しみ!」
ルツは嬉しそうに頷いた。
朝食の間、三姉妹は他愛のない話をした。
昨日見た花の話、城下町の噂話、新しく入った侍女のこと…
まだ誰も知らなかった。
これが三姉妹揃っての、最後の朝食になることを。




