序章〜朝の訓練場〜
加筆しました。11/13
朝日が王城の白い尖塔を照らす頃、クーロ・アルベリディアはすでに訓練場にいた。
肩まである銀の髪を後ろでひとつにまとめ、木刀を右手で構える。先を見据える橙の瞳は真剣そのものだ。
「はあっ!」
足で地面を軽く小突くと、足元の石畳がせり上がり、階段のような形を作る。
クーロは軽やかにその上を駆け上がり、空中で身を翻す。
落下の勢いを利用して、訓練用の人形を叩き割った。
「……またこんな朝早くからやってんなクーロ」
呆れたような声が響く。
振り向くと、青年――アスリル・ガルシアが訓練場に入ってきた。
暗い紫色の髪に、細い紫色の目は眠そうだ。左耳につけた金色のピアスが彼の歩みに合わせて揺れている。
「おはよう、アスリル!」
「声がでかい……」
「一応、姫なんだけど?敬語わかる?」
「はいはい、姫様」
アスリルは大きく息を吐き、腰の木刀に手を掛ける。
もう何年この朝の付き合いが続いているだろう。
彼がまだ少年だった頃に城へやってきてから、正式に兵士となった今も、この日課は変わらない。
「昨日より、0.3秒速くなった気がする!」
「気のせいだと思うぞ。それより、叩き割った人形の費用は経費で落ちんのか?」
「あー……そーねー?」
「目ぇそらすな。謝る気ねぇなこいつ」
二人きりの訓練場には、幼い頃からの気安さが漂っている。
クーロが汗を拭いながら、ふと思いついたように口を開く。
「アスリル、ちょっと手合わせしてくれない?最近会議続きで体がなまって仕方ないのよね」
「ああ。――最近、こっちも訓練と演習が増えてくたびれてんだ。だから少しだけな」
「……また増やされたの?」
クーロの表情がわずかに険しくなる。
「どこかの軍師様だかが、他国の動きが怪しいからって、隊長たちに訓練を増やすよう言ってるらしい」
「へぇ…。報告上がってないけど、あなたの分だけ増やされてない?」
「俺だけなら、それはそれで問題だろ。ほら、他の奴らにも聞いてみたらどうだ?」
アスリルが顎で指した方から、続々と朝稽古に兵士たちが歩いてくる。
クーロがいるのが日常なので、みんな「姫様おはようございます」と挨拶して通り過ぎていく。
その中で、笑顔で駆け寄ってくる兵士が一人。
「姫様おっはよーございまーす!」
「おはようエイト。朝から元気ね」
銀髪を真ん中で分け、伸びた髪を後ろで一つにまとめたエイトは、陽に焼けた腕をアスリルの肩に勝手に乗せて寄りかかる。
「姫様ぁ、聞いてくださいよぉ」
「この体勢のまま話を続けるな、どけ」
アスリルが低い声で呟くが、エイトは気にしない。
「最近朝も夜もずぅーーーーーーっと走って剣振ってしんどいっすよぉー。どーなってんすかぁ」
「今その話をアスリルに聞いたところよ」
「えぇー?オレ、姫様も毎日いらっしゃるから姫様主導かと思ってましたよぉ」
「こ……、クーロ様の耳には入ってなかったそうだ」
アスリルが咳払いで誤魔化す。
「えぇー?」
エイトが目を丸くした。
クーロは腕を組み、考え込む。
その時、ゴーンゴーンと城の鐘が、朝を告げた。
「まっ、朝稽古に励んでちょうだい!」
クーロはにっこり笑って、その場を後にする。
後ろからエイトの「えぇー」という悲痛な鳴き声が聞こえてきた。
ーーみんなに背を向けたクーロの表情が、ふと引き締まる。朝の光が、白い訓練場の石畳を静かに照らしていた。




