序章〜三日後の決意・姉妹の約束〜
捜索は難航していた。
城の捜索隊は国境付近まで調べたが、手がかりはほとんどない。
ティースの行方は知れず、日が経つほどに希望が遠のいていく。
クーロは不眠不休で指揮を執っていた。
目の下の隈は深く、ペンを手にしても、その手がかすかに震えている。
それでも彼女は立ち止まらない。命令を下し、報告を受け、再び命令を下す。
一方ルツは、ほとんど部屋から出なくなっていた。
窓辺に座り、灰色の空を見上げながら、同じ言葉を繰り返す。
「ティース姉様…どこにいるの…」
声は小さく、風に溶けて消える。
三日前のお茶会が、遠い夢のように感じられた。
あのとき、もっと話せばよかった。
笑っている姉の横顔を、もっと見ておけばよかった。
後悔だけが、胸の奥を焦がす。
――
「ルツ」
「ティースねぇさま!」
――これは、いつの記憶だろう?
ふと思い出す幼少期の姉との記憶。
声をあげて泣いていると、姉が優しく手を繋いでくれた。
「大丈夫だよ、ルツ」
「でも…。ねえさまたちみたいに、ぜんぜん魔法が出ないんだもん…」
魔力は多くないけれど、魔法の扱いが上手く、武芸だって兵士に劣らぬクーロと、将来はこの国一番の魔法使いと言われるティース。
二人のようにできないことが悔しくて、ぽろぽろと泣いている自分。
魔力も、技術も、まだまだ足りない事が、悲しい。
「ルツ。私たちはお姉さんだから、ルツよりも長く練習してるんだもの。ルツだって、私くらいになれば、もっと上手になってるわ。だから、泣かないで?」
ティースが、ハンカチで涙を拭いてくれる。
繋いだ手が温かい。
「クーロお姉様が毎日剣を振るように、ルツも毎日魔法を使ったら、きっと…」
視線を上げて姉をみる。
ニッコリ笑うティースは、ただの慰めではなく、本当にそう思っているのだと思わせてくれた。
「だから、諦めないでね」
――姉の声が遠ざかる。
…ほろりと溢れる涙を拭ってくれる姉は、いない。
「…このままじゃダメだ」
ルツはゆっくりと立ち上がった。
涙を指先で拭い、震える足を叱咤するように踏み出す。
向かう先は、クーロの執務室。
姉を救いたい。
ただ、それだけの想いが、彼女の背を押していた。
⸻
「ダメよ」
クーロは即座に首を振った。
「でも姉様! 城の捜索隊じゃ限界があるって…!」
「だからって、あなたまで危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」
執務室には、クーロとルツ、そしてアスリルがいた。
ルツは拳を握り、必死に食い下がる。
「私、もう子どもじゃない! ティース姉様を助けたいの!」
「ルツ…」
「お願い、私に行かせて」
その瞳には、もう怯えも涙もなかった。
燃えるような決意だけが宿っている。
三日前、泣いてばかりいた少女の面影は、そこにはなかった。
クーロはしばらく黙っていた。
静かに息を吐き、疲労の滲む表情を上げる。
「…本気なのね?」
「本気」
短く、強い声。
その瞬間、姉妹の間にひとつの覚悟が交わされた。
クーロはアスリルに視線を向けた。
彼は何も言わず、静かに頷いた。
「…わかったわ。でも条件がある」
「条件?」
「アスリルを連れて行くこと。彼なら、あなたを必ず守ってくれる」
「クーロ様…」
アスリルが小さく驚いたように目を見開く。
「お願い。ルツを、頼むわ」
クーロの声は、いつになく柔らかかった。
それが、祈りにも似ていた。
アスリルは膝をつき、深く頭を下げる。
「……承知しました」
ルツは姉の手をぎゅっと握った。
「ありがとう、姉様。絶対にティース姉様を見つけてくる」
「気をつけてね。何かあったら、すぐに戻ってきて。約束よ」
クーロは微笑んだ。
けれどその笑みには、どこか翳りがあった。
「姉様?」
「……ううん、何でもない。荷物の準備、手伝うわ。…だから今日は、もう部屋に戻りなさいね」
クーロは立ち上がり、背を向けた。
その肩が、ほんの少しだけ震えていた。
窓の外では、冷たい月が静かに光っている。
新しい夜が、姉妹を分かとうとしていた。




