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7話 母との対峙

 ジュリエットはリリーたちの目の前で首を絞めて自害した。



 騎士の一人が気がついた時には、止めるのは間に合わず、ジュリエットは涙を流しながら助けを求めるように死んだ。彼女は証拠を残さないために自害を選んだのか、それとも他に理由があったのか。何にしても、リリーの脳裏からジュリエットの言葉と助けを求めるように泣きじゃくる表情が離れなかった。



 その日は、兄のエルリックがリリーを家まで送り届けた。帰る前にヴィンセントに声をかけようとしたが、彼は険しい顔でジュリエットの遺体を見ていて話しかけられる雰囲気ではなかった。


 エルリックもリリーのことを家まで送るとすぐに父の元に報告をしに行き、そして慌ただしく王城に戻って行った。リリーはそのことをメイドから聞き、エルリックにも謝ることができなかった。



 身支度を整えられ、寝る準備が整うと、リリーはベッドの上で横になる。そして、一人できょうの出来事を振り返る。



「ヴィンセント殿下の言葉や態度は明らかに「物語」を知っているものだったわ。でも、どうして彼がそれを知っているのかは結局聞けずじまい」



 三度目の人生の中でリリー以外に「物語」のことを口に出した人はいなかった。当然のようにみんな「物語」に沿った行動をして、まるで自分で人生を選択しているように動く。実際には、全て決められた「物語」というレールを歩かされているにすぎなかったのに。


 そして、何よりも過去の二回の人生でリリーの「物語」にヴィンセントという人物は登場しない。「リリー」が意識していなかったから気が付かなかっただけかとも思ったが、主観ではなく客観的に「物語」を俯瞰して観察していたリリーでも、ヴィンセントの存在に気がつくことはなかった。


 美しく、太陽を模した金色の髪に、海を溶かし込んだような青い瞳。群衆の中にいてもその存在感は強く、その場にいれば誰もが彼に視線を向けるだろう。


 ルイスしか興味のない設定である「リリー」でも、おそらく、彼がいれば一度は目を奪われたと考えられる。それこそ、「物語」にない行動をしてしまうほどに、ヴィンセントの存在は大きいと言えた。


 以前、王城の庭園でセドリックにもらった報告。それによれば、ヴィンセントはその存在を徹底的に隠されてきたのだと予測できる。しかも、それはアリシア王の意思ではなく、ヴィンセント本人の意思で行われているらしい。


「私を待っていたとセドリックたちは予測を立てていたけど、どうして私なのかしら……?」


 三度繰り返した人生の中でもリリーがヴィンセントを知ったのは今回が初めてだ。悪女として隣国にまで噂が広まっていたのならまだ分かるが、だからといってヴィンセントの待ち人に選ばれる理由がわからない。



「やっぱり、一度ヴィンセント殿下とちゃんと話をしたい。それで、もしも「物語」のことを知っているのなら、聞いてみたい――どうして、私の人生は「物語」に支配され続けなければいけないのか。そこから逃げて、自由になるためには何が必要なのか」



 悪女「リリー・アンネット」の「物語」は以前の断罪の夜で終わっている。今、リリーが歩いているのはその先の「空白」のページだ。だけど、ヴィンセントやジュリエットが「物語」の存在を口にしたことで、リリーは完全に「物語」から解放されたわけではないことに気がついた。



「……ジュリエットは「物語」の人形になりたくないと泣いていた」



 これまで「物語」の存在に気がついた様子は見られなかったのに、どうして今になってあんな発言をしたのだろうか。もしかしたら、ジュリエットもリリーと同じで、実は「物語」に人生を支配されていたのか。



 その仮説が正しいとしたら、リリーは「ジュリエット・フェリー二」の結末を書き換えたことになる。その結果、ジュリエットは正しい「物語」を歩むことができず、気が狂ってしまったのではないか。



「……結局、「物語」ってなんなのかしら。もしかして、私たちはみんな誰かの筋書きに沿って生きているだけなの?」



 リリーもジュリエットだけじゃなく、エルリックもルイスもみんなが誰かの描いた「物語」通りに生きているのなら、今の人生になんの意味があるのだろうか。


 考えれば考えるほど、出口の見えない迷路にはまっていくようで、リリーは痛む頭に顔を歪める。リリーはベッドの上で体を丸めると、消え入りそうな声で呟いた。




「……過程なんて、なんでもいいわ。ただ、お願いだから「リリー」の――私だけの人生を返して」




 その声は静かな部屋の中に消えていく。誰も、リリーの願いには気が付かず、「物語」は進んでいった。






 翌日、使用人のノックの音でリリーは目を覚ます。ずっと丸まって寝ていたようで、体の節々が痛んだ。


「リリー様、食堂で奥様がお待ちです」


 部屋に入ってきた使用人は静かに頭を下げる。リリーはその言葉に眠気が吹き飛び、驚いたように目を丸くする。


 リリーの母、オリヴィエ・アンネットは体が弱く、ほとんどをベッドの上で過ごしている。


 彼女は敷地内にある別宅で養生しており、本邸に顔を出すことは稀だった。リリーたちが幼い頃は、母の温もりを求めて別宅で過ごすことも多かったが、いつの間にか子どもたちの足は遠のいていた。


「リリー」のことだけ言えば、自由奔放に過ごす自分を責められたくないという思いもあった。エルリックは「リリー」のことを嫌悪し、極力関わらないようにしていたため、そもそも自宅にすらいなかった。


 母を忘れたように過ごす子どもたちにも、オリヴィエは笑って受け入れるだけだった。



「子どもたちが親の手から離れていくのは当然のことですわ。私は、二人が立派に育ってくれて、本当に嬉しいんです」



 いつかの夜、シャルルとオリヴィエが話しているのを見たことがあった。オリヴィエは珍しく本邸に来ており、シャルルと楽しそうに話していた。そこで、リリーとエルリックの話をしていたのだ。心の底から嬉しそうに話す母の姿に「リリー」が何を感じたのかは、わからなかった。



 だけど、オリヴィエの前でだけは、年相応に甘えていたようにも見えた。そのことからきっと、「リリー」も母にだけは嫌われたくなかったのだろう。



「リリー様?」



 リリーの返事を待っていた使用人の呼びかけで、リリーは意識を目の前に戻す。心配そうに覗き込む使用人に、リリーは慌てて「すぐに行くわ」と返す。


 今のリリーになって初めてオリヴィエと対峙する。そのことに、少しの緊張と期待を胸に抱きながら、リリーは身支度を整え始める。



 準備が終わり、食堂に向かうと、肩からストールを下げた女性がリリーの方を見た。陽の光を含んだ麻茶色の髪が、女性の動きに合わせて柔らかく波打っている。




「リリー、おはよう。また見ない間に、素敵なレディになったわね」




 慈しみに満ちた微笑みでリリーを見つめるその女性こそ、リリーの母であるオリヴィアだった。

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