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最終話2

出発当日・朝


冷たい朝の空気が、肌を刺す。

ベレリアの城門前には、護衛部隊の馬と荷車、そして目的の馬車がすでに並んでいた。王家の紋章が刻まれた白地の幌、その内側に今回の護衛対象――エレナ・ヴァルフレアが乗り込む予定だ。


シオンは周囲を確認しながら、横にいるリシェルに声をかける。


「準備はいいか」


「当然」


返事は素っ気ないが、装備は完璧だ。白のジャケット、防具を兼ねたレザーのショートパンツ、足には軽快な動きに適したブーツ。腰の短剣は微妙に角度を変えて抜きやすいようにしてある。


視線を前にやると、護衛隊長らしき男がシオンを見て軽く顎をしゃくった。


「シオン殿。エレナ様の馬車の外側、前方左を任せたい」


「了解」

部隊全体の指揮は相手が取る。それが今回の取り決めだった。シオンたちが守るのは、あくまで馬車の中の人物だ。


そこへ、淡い銀髪が朝日に光りながら現れた。


「お待たせしました」


澄んだ声とともに、エレナが馬車の階段に足をかける。白と青を基調とした礼服に、首元には繊細な刺繍。翡翠色の瞳が一瞬、シオンを見た――微笑みとともに。


リシェルは、その視線を黙って横目で捉える。


(そんな……見つめ合ってる?)


だが、口には出さない。代わりに、ほんの少しだけシオンから距離を取った。


馬車出発


「出発!」

護衛隊長の号令で馬の蹄が一斉に鳴る。

シオンはエレナの馬車の前方左に位置取り、歩調を合わせた。リシェルは当然のようにその隣に並ぶ。


「取り逃したら頼む」


「はいはい」

返事はぞんざいだが、動きは正確だ。馬車と馬車の間の間隔、道の広さ、周囲の死角――すべて目に入れている。


エレナは馬車の窓から時折外を見ていた。そのたびに翡翠色の瞳がちらとシオンをとらえる。

シオンは任務中ゆえに軽くうなずく程度だが、それを横で見ているリシェルの胸の中では、何か小さな棘が刺さり続ける。


午前中に山道へとさしかかった。

風が強くなり、幌がばたつく音が耳に残る。

エレナが馬車の窓を少し開け、声をかけてきた。


「シオン様、この辺りは盗賊が多いと聞きましたが……」


「ああ。だからこそ警戒は怠らない。無理はないか?」


「ええ。お気遣いありがとうございます。」


「わかった」


端的に答え、視線を道に戻す。


リシェルはそのやり取りを無言で聞いていた。


(……あんな気遣いされたことないけど…)


自分には聞かないくせに、という感情が喉元まで来たが、飲み込む。代わりに、やや前に出て周囲を睨みながら歩く。


シオンはふと、そんなリシェルの背中に目をやった。

いつもなら自分の半歩後ろか横にいるのに、今日は妙に距離を取っている。


「……どうした?」


「別に」

短い返事。表情は変わらない。


何かあるのはわかるが、任務中に理由を詰めるのも違う。シオンはそのまま疑問を胸に押し込んだ。


昼を過ぎ、小さな宿場町で短い休憩を取る。

馬車は広場に止められ、護衛たちは交代で食事をとった。


シオンはパンと干し肉をかじりながら、広場の端で立っているリシェルを見やる。


「食わないのか」


「……後で」

短く答え、視線を巡らせ続ける。

その横顔は真剣そのもので、ツンツンというより完全に仕事の顔だった。


再び出発。午後の道は森が多く、木漏れ日が斑に落ちる。

エレナは窓越しに森を見つめ、何かを思案しているようだった。

その視線がまたシオンに流れた瞬間、リシェルは無意識に一歩前に出て遮った。


シオンはそれに気づき、眉をわずかにひそめる。

(……今のは?)

でも、理由がわからない。

エレナとリシェルの間には会話らしい会話が一度もない。それが余計に不自然に見えた。


やがて太陽が西に傾き、影が長く伸びる。

この日の野営予定地までは、あと二刻ほど。

護衛隊長の声が飛ぶ。


「この先の渓谷は注意しろ! 風で音が消える!」


シオンは頷く。

隣のリシェルは相変わらず視線を鋭くし、ほんの一瞬、シオンを見上げた。

その目は何かを言いたげだったが、やはり口は開かなかった。


(……あいつ、何を抱えてる?)


胸の奥に小さな疑問がくすぶり続ける。

解消の糸口は見えないまま、馬車の隊列は渓谷へと足を踏み入れていった――。


            ※


 切り立った岩壁が両側から迫り、薄暗い谷間を馬車が進んでいた。

 風は冷たく、帆を揺らすたびに耳の奥までひやりとした感覚が残る。護衛たちは緊張を滲ませ、周囲に目を配っていた。


「前方、異常――っ!」


 護衛隊長の鋭い声が響くと同時に、左右の岩陰から数十人の盗賊が雪崩れ込んできた。錆びた刃と荒い息が、谷間の空気を一気に濁らせる。

 その数は護衛の倍近く。普通なら数の暴力に押し潰される場面だが、ここには二人の例外がいた。


「リシェル!」

「任せて!」


 シオンが馬車の前へ躍り出る。黒髪を風になびかせ、手元に剣を錬成した瞬間、彼の周囲の空気が一変した。


 刹那、シオンの剣が唸りを上げ、一人を吹き飛ばした。敵の武器は彼の剣と衝突した瞬間、まるで紙細工のように砕け散る。

 その背後で、リシェルの声が響く。


氷鎖アイスチェイン!」


 地面から伸びた氷の鎖が盗賊たちの足を絡め取った。動きを封じられた敵へ、シオンが一直線に駆け込み、迷いのない剣筋で次々と無力化していく。

 相手の反撃は一度も成立しなかった。


挿絵(By みてみん)


 背後から矢の風切り音が迫る。リシェルは掌を向け、囁くように放った。


烈風矢ウィンドアロー


 透明な矢が空を裂き、飛来した矢ごと弓兵の手元を正確に撃ち抜く。相手は悲鳴とともに弓を取り落とし、戦意を失った。


 戦いは、数分で終わる。


 氷片が光を反射しながら崩れ落ち、盗賊たちは呻き声を漏らすのみ。護衛側に負傷者はおらず、命を落とした者もいない。


 ただ、谷間には冷え切った空気と、戦闘の残滓だけが漂っていた。


「……なんだあの戦い方……」

「ギルドマスターが推すわけだ」

「二つ名持ちともなるとこれほどとはな」


 護衛たちは呆気に取られ、互いに言葉を交わした。

 その視線の先で、シオンとリシェルは淡々と武器を納めている。二人にとって、この程度の戦闘はただの作業に過ぎなかった。


 やがて一行は、予定通り谷間を抜けた場所で野営の準備を整える。


 焚き火がパチパチと音を立て、橙色の光が揺れる。谷間の風は相変わらず冷たいが、火の暖かさがわずかにそれを和らげていた。


 護衛たちは昼間の戦闘を振り返り、興奮冷めやらぬ様子で盛り上がっている。


「あの剣さばき、目で追えなかった」

「魔法の援護も完璧だ。あんな連携、見たことがない」

「護衛が要らない護衛って、初めてだ」


 シオンは干し肉をかじり、苦笑いを浮かべる。


 隣ではリシェルが魔導書を開き、焚き火の明かりを反射させながらページをめくっていた。長い睫毛が影を落とし、その表情は感情を表に出さない。


 そこへ、エレナがスカートを揺らして近づいてきた。


「……本日の戦闘、見事でした」


 焚き火越しに顔を上げたシオンへ、真っ直ぐな眼差しを向ける。


「特に、あの渓谷での立ち回り。剣も速く、判断も正確。護衛として、これ以上心強いことはありません」


 シオンは肩をすくめた。


「褒められると、逆にやりにくくなるな」


「事実を述べているだけです」


 エレナの声は柔らかく、しかし確信に満ちていた。

 焚き火の光が彼女の銀髪を照らし、淡く輝かせる。


 リシェルは魔導書に視線を落としたまま、そっと二人のやり取りを盗み見る。


胸の奥に、小さなざわめきが生まれる。眉がわずかに寄り、ページをめくる指先が遅くなった。


シオンの笑みが、なぜか遠くに感じられる。


(……別に、気にすることじゃない)


そう思い込もうとするが、耳は二人の声を拾い続ける。

ふと、シオンがこちらを振り返りそうになり、慌てて目を逸らし、無表情を装った。


夜空を見上げ、星を数えるふりをするが――胸の鼓動は抑えきれず速まり、彼を誰かに奪われてしまうのではという恐れが膨らんでいった。



シオンside


 

翌朝、渓谷を抜けた一行は、朝靄の残る街道を進んでいた。馬車は後方を護衛とともにゆったりと進み、荷台には聖水の樽や封印儀式用の物資が積まれている。

 それとは別の個人用の馬車から、エレナはわざわざ降りてきて、シオンの隣を歩いていた。


 本来なら護衛対象は馬車にいてもらうべきだ。足も遅くなるし、危険も増える。


「まったく……」

 思わずため息が漏れる。


「馬車へ……」と言いかけて、やめた。どうせ言っても聞かないだろう。


「あなたのそばが一番安全ですもの」


 そう微笑む顔に、反論の言葉が喉でつかえた。

 確かに、側にいれば何かあっても即座に対応できるが……。


 エレナは歩きながら、王都の情勢や儀式の細かい段取りを話し続けている。内容は耳に入ってこない。相槌だけが口から自動的にこぼれる。


 昨日から、別のことが頭に引っかかっていた。リシェルだ。


 何を考えているのかわかりにくいが、昨日からやけに無口だ。俺の少し後方で警戒のしてるはずなのに、視線だけはずっとこちらを追ってくる気配がする。



リシェルside



 ――その視線の先で。

 リシェルは二人の会話を耳にしながら、胸の奥に熱をためていた。


(なにそれ……やけに優しいじゃない)


 シオンの口調は穏やかで、相手を気遣う色が濃い。


(あたしには……)


 同じ速度で進んでいるはずなのに、背中が遠くなる。距離は変わらないはずなのに、足元の道が妙に長く感じられふと気づく。気づきたくなかった真実に。


(あ……シオンにとって私はもう……)


 胸のもやもやは、やがて不安に形を変える。


(…ああ……やめて)


 心の奥から、か細い声が漏れる。


(彼の隣を奪わないで)


 それは嫉妬というより、恐怖に近い。もしこのまま奪われたら――そう考えるだけで、胃の奥がきゅっと縮む。


 エレナの笑い声が耳を刺す。シオンの柔らかい相槌は、優しさを自分に向けられた時との違いとして突きつけられる。


 胸が詰まり、短剣の柄を無意識に握り直す。そんなつもりはないのに、手は冷え、指先が震える。


(どうして……あたしじゃ、だめなの?)


 怒りにも似た感情がこみ上げるが、それよりも不安が勝っていた。足が重くなり、息が浅くなる。


読んでいただきありがとうございます。


土日祝は10時更新に設定をしていたの忘れてましたorz

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