後日談3最終話
高い高いをした3日後。
二人の式は王城内でこじんまりと行われた。
王都の奥深く、神竜エルメキアを迎えるために整えられた大広間。
窓から射し込む光が白布に反射し、空間をやわらかに照らしている。
参列者は限られていた。王と王妃をはじめとする親族、そしてクリスティアナとエレナ。
王族の婚姻とは思えぬほど小規模な式であったが、その場に鎮座する神竜エルメキアの存在が、どんな壮大な儀礼にも勝る威厳を与えていた。
「――入場を」
合図とともに、家族の視線が一斉に扉へと注がれる。
純白の衣をまとった花嫁、第一王女エルシェリアがゆっくりと歩みを進める。
ふくらんだ腹は母としての柔らかさを帯び、彼女の美しさに新たな彩りを添えていた。
その傍らに立つのは、どこまでも真っ直ぐな眼差しを宿したシオンがいた。
二人の姿に、エルファリアは思わず胸に手をあて、こらえきれずに涙をこぼした。
「……お姉様が、幸せそうで……」
その小さな呟きに、隣のクリスティアナがにこりと笑みを浮かべる。
「ね!すっごくきれいです!」
無邪気な声は場を和ませ、張り詰めた空気をやわらげた。
二人が進み出た先には、神竜エルメキアがいた。
巨大な龍の姿をとり、影は光に溶け込むようにやわらかく、その翡翠の眼差しには深い慈愛が宿っている。
「――人の子よ。我が前にて誓うか」
大広間全体を揺らす厳かな声。参列者たちの胸を震わせるその響きに、シオンは一歩進み出て迷いなく答えた。
「私は生涯、エルシェリアを守り、ともに歩むことを誓う」
続いてエルシェリア。
彼女は腹に手を添え、恥じらいを含んだ笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「わたくし、エルシェリアは……シオン様と共に生き、この命に託された未来を守り抜くことを誓います」
――その直後。
「私、エレナは生涯シオン様の妹であることを誓います!」
堂々と胸を張って宣言するエレナ。
一瞬、大広間の空気が凍りつき、誰もがその突拍子もない言葉を理解できずにいた。
「な、なにを……」と呆然とする間もなく、エレナの背後からクリスティアナが歩み寄り――
ぱしんっ!
盛大に後頭部をはたいた。
「なに余計なこと言ってるんですかっ!」
衝撃でエレナはその場に崩れ落ち、気を失ってしまった。
クリスティアナはため息をつきつつ、すぐ近くにいたサイラスに目配せし、エレナを抱えて退出していく。
「……こほん。」
咳払いで場を正したのは、エルメキアである。
すぐに厳かな空気を取り戻し、ゆるやかに目を閉じると、響き渡る声で告げた。
「その誓い、我が魂に刻まれた。汝らの結びつきは、神竜の加護を得たり――」
言葉とともに、淡い光が溢れ出し、二人を包み込む。
その光はやさしく、温かく、命を祝福する揺らぎを持っていた。
腹に宿る子もまた、その光を分かち受けるかのように。
「これにて、婚儀は成った」
王の厳かな宣言が響く。
参列者たちは一斉に拍手を送り、小規模ながらも神聖で、温かな式が幕を閉じた。
エルファリアは涙に濡れた笑顔を浮かべ、姉の幸せを心から祝福した。
祝福の声は遠のき、王城の大広間には静けさが戻っていた。
宴の余韻がまだ漂う中、祭壇に置かれた花の香りが、穏やかに空気を満たしている。
シオンは一人、そこに立っていた。
胸の奥にあるのは、深い安堵と温もり。
つい先ほど、彼はリシェルと共に誓いを交わしたばかりだ。
――蒼刃のリシェル。
いや、本当の名はエルシェリア・フォン・グロリア。
ルーメン·ソレイユ国の第一王女。
褐色の肌に金の髪、挑発的でありながらも真っ直ぐな琥珀の瞳を持つ絶世の美女。
彼女と共に歩む未来を得たことが、どれほどの奇跡であったか。
ふと記憶は遡る。
彼女と出会う前、最初にその名を知った時のことを。
「あの時……」
呟いた声は、広間の静けさに溶けて消える。
瞼を閉じると、あの光景が鮮やかに蘇った。
―――
リシェルの名を、俺は手配書で知った。
罪状は「封印破壊・魔物解放の首謀者」。
墨で描かれた似顔絵には、美しさと強さを併せ持つ顔立ちが刻まれていた。
重罪人として掲げられたその姿に愕然となった。。
……理由は明白だ。
俺はその場に居合わせ、真実を知っていたから…。
――あの時。
俺が受けていた依頼は、ただの物資配達だった。
近隣の村へ荷を届ける簡単な仕事。道中で、運ぶ荷から背筋を冷やすような禍々しい気配を感じていたが、任務を優先し俺は届けた。
その時、村で荷を受け取った仲間とともにリシェルは封印の地へ向かった。臨時のPTに助っ人として雇われたらしい。
今にして思えば体の良いスケープゴートだったのだろう。
依頼内容は「封印維持のために魔石を結界に供給すること」だったと聞いた。
表向きはありふれた任務だ。
俺が届けけた荷はこの封印を破壊するものだったらしい。仲間たちは、封印を破壊し結界への魔石を供給していたリシェルにその責任を押し付け逃げた。
想定通りに封印が崩れ、瘴気が吹き出し、禍々しい魔物が姿を現した。
……俺が村にいたのは、完全な偶然だった。
村で見かけた女の姿が気になり、知己を得ようと寄り道していたにすぎない。
だが見つからずにのんびりした日々をすごしていた。その時、封印の地から異様な気配が立ち上った。
ふと、依頼で届けた相手が女ばかりのPTだったことを思い出し「あの女もそこにいるんじゃないか」と興味を持った。
窮地を救う英雄になればワンチャンと思って向かった結果――出会ったのは封印されていたと思われる、魔物だけだった。
遭遇してすぐに危険な存在だとわかった。「これは!!」と功名心も湧いた。
そして、最近になって成長した加護を使った…。
――亡晨
初めて使ったその力は、凄まじい一閃で魔物を一太刀のもとに消し去った。
呆然とした。
何も残らなかったのだ。
討伐の証も、得られるはずの名声も金も。
近隣の村や街からも分かるレベルで封印が解け、眷属があふれ出したのは確実だった。しかし、突然本体が消えたのだ。
実際はシオンによって消し飛ばされただけなのだが…。
過ぎた力は切り札にすべきだと悟った。何より、代償があまりにも大きかった。
俺はその場で意識を失った。
亡晨は力を発露する代わりに、驚くほどの消耗を強いる。冒険者にとって気絶がどれほど致命的かはわかっていた。だが、容赦なく意識を刈り取られた。
生きて戻れたのは、リシェルのおかげだった。
彼女にそのつもりはなかっただろうが、村を襲った眷属たちを派手に抑えてくれたおかげで、敵は俺に向かわずに済んだ。
村に戻った時、彼女の姿はもうなかった。
村人の話では、他の冒険者が逃げる中、彼女だけが必死に防衛戦を支えたという。
だが街までの帰路で自身の指名手配を知り、行方をくらましたのだろう。
一方で俺は、ギルドに戻った時にその布告を目にした。
すべてを悟った。
――俺が運んだ荷のせいだと。
村を守った彼女の振る舞いを思えば、濡れ衣以外にあり得ないと。
「俺のせいだ……」
最初は「憎まれてもいい、この人を生かしたい」と思った。
恨まれてでも助けるつもりだった。それは一種贖罪であり、助かったことへの礼のつもりだった。
だが気づけば「失いたくない」という独占欲が芽生え、嫌われたくない、好かれたいと願うようになった。
迷いながら、それでも必死に彼女が生きやすくなる環境を整えようとした。
彼女は誰よりも強く、気高く、優しく、真っ直ぐで美しかった。
裏切りにも絶望にも屈せず、抗う姿を、俺はずっと傍で見てきた。
今思えば――あの村で見た時から一目惚れだったのだろう。
惚れたと自覚したのはもっと後だが、初めて見たときにはもう心を奪われていた。だから必死になれた。
そして知れば知るほど、深く愛してしまった。
ホントにめちゃくちゃなことをしたのに…。よくぞまぁ、こんな俺なんかを愛してくれたもんだと思う。
ほんとに……
こんな俺を愛してくれて
ありがとう…。
独り言のように呟き、シオンは祭壇に残された花を見やった。
手配書に描かれていた「反逆者の女」と、今隣にいる「妻」が、同じ人物だとは到底思えない。
だが、すべての始まりは、確かにあの濡れ衣事件だった。
だからこそ俺は、これからの未来に誓う。
二度と彼女に、あのような苦しみを背負わせはしない、と。
後日談3 fin
後日談3はこれで終わりです。
読んでいただいてありがとうございます。
後日談、実はまだ続きます。




