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後日談3-9

正式に決定したアルカニア連合国への訪問。

訪問人数は二十名ほどの小規模なものとなった。


――とは別に、当然のように組み込まれたのが「シオン一行」である。


リシェルがアルカニア連合国へ赴くことをクリスティアナへ告げた結果、クリスティアナが「私も参ります」と言い出し、さらに当たり前のようにエレナも同行することになってしまった。


よってシオン、エルメキア、クリスティアナ、エレナが、リシェルのお付きとして船に乗り込むことになったのである。


エルファリアとも顔なじみのあるクリスは、事前に彼女へ挨拶を済ませ、ラトニア王国第一王女という身分を伏せ、「エルシェリア付きの侍女クリス」として帯同することを許されていた。


一方、エレナに関してはもう拒否権など存在せず、城で平和にのほほんと暮らしていたところを突然巻き込まれ、涙ながらに抵抗したものの虚しく敗北。結果、現在に至る。


さらにこの訪問に至るまでの間に「サイラスに“いい人”ができたらしい」という噂が侍女たちを中心に広まり、それを耳にしたエルファリアが護衛騎士としてサイラスを任命した。こうしてサイラスも訪問団に組み込まれることとなった。


ただし、肝心の本人――エレナは全く意識などしていない。いつものようにナチュラルにサイラスへ甘える。

外から見ればどう見ても想い人へ寄り添っている姿にしか見えないが、エレナにとってはそれこそが「普通」であり「日常」なのだ。サイラス本人も、周囲の人々も勝手に期待を募らせていくばかりである。




「クリス!見た?見たでしょう? 今ね、サイラスの腕を掴んだの! あれって絶対、意識してる証拠よね!?」

興奮気味に囁きかけるエルファリア。


クリスティアナは肩をすくめ、静かに答えた。

「……あー、ファリアお姉様。残念ですが、それはないですよ?」


「ない? どうしてそう言えるの? あんなに仲睦まじい様子だったじゃない?」


「いえ、あれくらいの距離感は……エレナにとって“日常”なんですの。」


「えっ!? そうなの? でもシオン様への態度とは全然違うじゃありませんか!」


「まあ……シオンお兄様はシェリアお姉様以外に“塩対応”ですので」


「塩対応……? それはどういう意味かしら?」


「えーと……そうですね。そっけない、興味を示さない、冷たい……そういった態度のことを指すのですが……」


「まぁ! やっぱりひどい方なのね、シオン様は!」


「ひどい?ですか?」


「ええ。だってフレイグ様がおっしゃっていましたもの」


「……はぁ。そういえば、それが原因でシェリアお姉様と喧嘩なさったとか?」


「そうなのよ! フレイグ様からシオン様の、色々と後ろ暗いお話を伺って……私はただお姉様のことを心配しただけなのに。でも、もういいんです。わかっていますから」


「……わかっている?」


「はい。きっとお姉様は、私に嫉妬しているんです」


「嫉妬……ですの?」


「ええ。だってお姉様が国を出る前に語られていた“理想の殿方”……それをそのまま体現されたかのようなお方が、フレイグ様なのですもの。その縁談の相手が私だから、羨ましく思われているに違いありませんわ」


「……そう、なのですね」


確かにエルファリアの言葉は理屈としては筋が通っている、とクリスティアナは思った。

ただしそれは、七年前の「エルシェリア」に当てはめて考えればの話だ。


この七年で、エルシェリア――いや、今のリシェルの価値観も、男性に対する好みも、大きく変わってしまっている。


今のリシェルにとって、フレイグなど存在価値はない。むしろ視界に入れるだけで虫唾が走るというほどに嫌っている人間であることを、クリスティアナは理解していた。


だが、それをエルファリアへ伝えたところで聞き入れるはずもない。

(……はぁ、この会話、なかなかに重労働ですわ)


そう思った矢先、ふと視線の先にシオンの姿が目に入り、王都で流行していた演目の話題を思い出す。


――お兄様、ナイスですわ!


クリスティアナは天啓を受けたかのように話題を切り替えた。これで少しは会話が楽になりリシェルの援護射撃ができると…。


「そう言えば、エルファリアお姉様。今、ラトニアと周辺国でとても人気のある演目をご存じですか?」


「演目? 初めて聞きますわね。どのようなものですの?」


「実話をもとに作られた演目です。いわれのない罪を着せられ、賞金首となった女性が、ある冒険者に捕らえられ隷属させられるところから始まる物語です」


「えっ……それが人気なのですか? なんだかひどい話に思えるのですけれど」


「はい。そこだけならひどい話でしかありません。ですが、この物語はそこからが始まりなのです。その女性を救うため、冒険者は真祖の“ヴァンパイアロード”に挑むのです。報酬として求めたのは――女性の隷属からの解放。それを条件に戦いへ身を投じるのです」


「隷属させておいて、それを解放する……? どうしてそんなことを?」


「女性が賞金首であったからです。その命を守るには、その方法しかなかったのです。冒険者は驚くほど命がけで……賞金首の捕縛も、真祖との戦いも、すべてその女性のため。どの場面で命を落としていてもおかしくないほどの危険に身を晒すのです。そして――まあ、この先は実際にご覧になったほうが楽しめるかと思いますわ」


「まぁ……そこまで聞けば、おおよその展開は分かる気がしますけれど……一度は見てみたいものですわね」


「ええ。今お話ししたのは物語のほんの半分。実際にはさらに楽しめますわ。ヒロインの女性を愛し、その方の汚名をすべてそそいで彼女の名誉を回復する愛の物語なのですよ?王都だけでなく周辺国でも大人気の演目です!!」


「それほどまでに……。中央の方々が皆さん観ておられるのなら、なおさら気になりますわ。――そういえば、先ほど“実話”だとおっしゃいましたか?」


「はい。実話です。ご本人から伺ったのですもの。演目の脚色がほとんどないことに、私は驚きました」


「あら、ではほぼ実話だということですの?そのご本人を王都にお招きなさったとか?」


「ええ、そのとおりです。お招きはしましたが……断られてしまいましたので。代わりに私から赴いた、というのが正解ですが…。」


「まあ! ラトニアからの要請をはねのけるなど……なんと大胆な」


「はい、本当に。あっさりと断られてしまいましたの」


「……それは驚きですわね。けれど、クリスティアナ様がこうしてお伝えくださって、本当にありがたく思います。ますます興味が湧いてきました。国に戻ったら、劇団を呼び寄せますわ」


「ぜひそうなさってくださいませ。ただ……ファリアお姉様。今の私は“クリス”ですわ。クリスティアナではなく、侍女のクリスとして扱ってくださいませ?」


「あら、ごめんなさい。忘れていたわ。――ありがとう、クリス。これでいいかしら?」


「はいっ!」


そんな二人の会話に、ふらりとフレイグが現れた。


「……私の未来の妻は、このような者にも優しく接されるのですね」


“このような者”――。その一言で、クリスティアナの中でフレイグの評価が下がった。


(……恋とは恐ろしいものですわ)


普段のエルファリアであれば、こうした発言を咎めただろう。しかし今は――気にも留めていない。いや、聞こえていないのか、あるいは違和感すら抱いていないように見える。


「フレイグ様! 聞いてくださいませ。ラトニア周辺国で今、大変人気の演目があるのだそうです。フレイグ様はご存じかしら?」


「ラトニアで有名な? ああ……“真祖討伐”の物語ですか」


「そう!それですわ。ご存じとは、さすがですわね」


「ははは。我が国は小国ではありますが、情報の速さには自信がありますので。どこよりも早く様々な情報が入ってまいります。それが我が国の強みなのです」


「まぁ……素敵ですわ」


「エルファリア様は、その演目をご覧になられましたか?」


「いいえ、まだ……」


「ならば、せっかくですし次の寄港地で劇団を雇い入れましょう。海の上での退屈も、きっと紛れるでしょうから」


「まぁ……よろしいのですか?」


「もちろんですとも。楽しみにしていてください」


「はいっ」


――そのやり取りを黙って聞いていたクリスティアナの額に、冷たい汗が流れた。


(……確かに話題を逸らしましたけれど……これは……非常にまずいことに…)


リシェルも、この演目自体は嫌いではなかったはずだ。だが、妹と共に観るとなればどうなるか……。想像するだけで胃が痛む。

自身に置き換えれば、“ないよりのなし”。いや、最悪の場合……


――私はシーサーペントの餌にされるかもしれませんわ……。


その翌日。船は港へ着いた。

クリスティアナは一日中、「どうかあの演目を演じられる劇団がいませんように」と祈り続けた。


神龍エルメキアの前で祈った時にはドン引きされ、さらに「祈られてもそんなことできないよー」と軽く返される。


その光景をリシェルが怪訝な表情で眺めていた。


(お姉様……ごめんなさい……お兄様の評価を上げるための、援護射撃のつもりりだったんです…)


何度か打ち明けようと思ったが、目の前にするとどうしても言えなかった。


――そしてその翌日。夕食後に「甲板で余興を行う」との達しが下る。


(……終わった……)


甲板に上がると、煌びやかに設営された舞台。

そして――朗々と語られ始める物語の序章。


何度も耳にした、あの序文。


(あぁ……祈りは届かなかった……)


エレナの顔がみるみる引きつり、青ざめていく。やがて彼女は無言で席を立ち、部屋へと戻ってしまった。


――そう、この演目はエレナのトラウマをも刺激するものだった。

当初は「真祖討伐」が濁されていたために自身の関わる物語だと気付かず、エレナは何度も劇場に足を運び、称賛していた。だが後に、自身が「ヒロインを邪魔する嫌な女」として描かれていると知り――一切足を運ばなくなったのだ。


(……あぁ、本当にごめんなさい。完全にやらかしましたわ……)


あてがわれた部屋へと戻るエレナ。

無表情のまま演目を観るリシェル。そして、時折感じる底冷えするような視線。

シオンは気恥ずかしそうに頭をかきながら、リシェルの隣に座っている。


(あぁ……この視線は確実にお姉様のものですわ……。死んだ…私、死にましたわ……)


しかもエレナが脱落してしまったせいで、リシェルとシオンは途中で席を立つこともできない。


(……まずいですわ。ほんとおおおおおにまずいですわ……)


「なんて素晴らしいの! 感動いたしました!」


そんなクリスティアナの心境など知る由もなく、立ち上がり、拍手を送るエルファリア。


「これほどまでに深い愛を貫く殿方がいるなんて……私、本当に感動しましたわ!」


(――ファリアお姉様。それが、シオンお兄様です。その物語は、あなたのお姉様の物語なんですわ……!)


エルファリアが称賛するたびに、赤面して視線を逸らすリシェルとシオン。


(ほんっっっとうに申し訳ございませんわぁぁぁ!!)


「うんうん。いい話だね。本当に素晴らしいよ」


(……あぁ、神龍様。わかってらっしゃいますわよね? この題材が誰か、お気づきなのですよね? チラチラとお姉様を見てますもの!)


「確かに素晴らしい演劇でした。エルファリア様に喜んでいただけたようで、私も満足です。まだ祖国に到着するまで日数はありますし、このまま定期的に公演してもらうのも良いかもしれませんね」


(ひぃぃぃ!! やめてくださいまし! 本当に定期公演はやめてください!! 私つぶされますわ! つぶされてミンチにされて魚の餌にされますわ!! だからそれだけは絶対やめてぇぇぇ!!)


「フレイグ様……よろしいのですか?」


「ええ。構いませんとも」


「まぁ……ありがとうございます。私、とても嬉しいですわ」


「はは、それほどまでに喜んでいただけるとは。私も嬉しい限りです」


「愛する女性のために、単身で真祖のヴァンパイアロードを打ち倒すなんて……! これがフィクションではなく、実際の話だというのがまた素晴らしいですわね」


「はは……確かに。エルファリア様のおっしゃる通りですね。しかし私は“真祖討伐”となるとさすがに現実味は薄い気がしますがね。仮に三千年封印されていた真祖のヴァンパイアロードが本当に存在して、それを討ち果たした英雄がいたとして――その英雄が“庶民としての暮らし”を望むでしょうか? 本来なら、地位も名誉も思うままにできる立場のはずですから」


そうなんです! そうなんです!!

だからお父様が困ったのです! 王国の重鎮が招集され、貴族会議にまでなったんです! 褒美として渡せるものがないと!! 王位を譲る話まで出たんです!


そこに届いたのが、隷属紋の解除。それのみ。出席者全員が「罠では?」と疑いました。

所属している街のギルドマスターも王国に駆けつけ、隷属紋の解除を嘆願したため、とりあえずそれで決定。


その後、何か要求があれば応じよう、となったのですが……結局、要求はなし。


ギルドマスターに確認の文を送ると、シオン様から感謝の言葉がびっしりと並んだ文章が返ってきました。


その文を、当時の私は勘違いしてしまったのです!


その後すぐ、お父様から「シオン様との婚姻を果たしてこい」と命じられ……あの文は私を所望されたのだと…だって文の内容など聞かされませんよ?でも届いてすぐに婚姻をって言われれば「私を求められた!」と思うじゃないですか?


 英雄に見初められたと勘違いするじゃないですか?!


当時はまだ演劇も存在していなかったので、そのような理由で戦っていたなんて知る由もなく……。


街へ到着初日に伺えばエルシェリアお姉様に出迎えられパニックですよ?パニック!!


お父様に命じられてきたと伝えたら、すっぱりと『聞いてない。断る』ですよ?


私泣きましたわ。天国からの一瞬で地獄ですよ?救いだったのは顔見知りであったエルシェリアお姉様がいてくれた事…。あの時エルシェリアお姉様がいなければ私首をつっていたかもしれません。


ちなみにこの演目、シオン様に婚姻を断られたあとに観ました……。その後、お父様からは「婚姻を果たすまで帰ってくるな」とまで言われましたし……。


ちょっとひどすぎませんか? 誰か、私を甘やかしてくださいよぉ……。これでも王国一の才女、ラトニアの美姫、ラトニアの煌玉と呼ばれていたのですよ?


はぁ…


ちなみにフレイグ様。お姉様が言うには、フィクションが盛り込まれている部分はたぶんにある、とのことですが……基本的にはフィクションと思われている部分がほぼ真実です。

真祖のヴァンパイアロードを討伐し、この世を滅ぼすだけの力を持っているのが、シオンお兄様です。


そういえば、エルメキア様を封じていた結界も破壊されたとか……。


私、それを聞いて確信しました。まさに“滅却”だと。


知ってます?異例中の異例、ギルドが新しい二つ名をシオンお兄様に用意したんですよ?"萬色"など生ぬるいと。それ以上の二つ名"滅却"すべてを滅ぼし無に却す者という意味らしいですわ。


お兄様の冒険者ランクは表向き一流ですがギルド内部ではその上に分類されているのですよ?知ってます?


ねぇねぇ、フレイグ様それ知ってて"喧嘩"売ってます?


情報は早いのでしょ?


はぁ~、明日をもしれぬ我が身なので別に構いませんが…はぁ~…


「たしかに、そうですわね。それほどの功績がお有りなら、とんでもない地位と財産を約束されますわね。それを捨てて隷属紋の解除とは、釣り合いが取れていませんわ。でも、だから物語にすることで映えるというわけですわね。現実的ではありませんもの。」


はい、その通りです。仰るとおりです。隷属紋の解除だけでは釣り合いが取れません。ですが、お二人共、それ以上望んでくださらないのですよおおおおお!


ですから……それも踏まえて、私、二番目でいいので二番目の席をご用意いただけるように、言っていただけませんかねぇ?


ホント、もう大変なんですの! エルファリアお姉様、口利きを口利きおおおおおおお!!


「ぷっはははは……面白いことになってるね」


あら……? エルメキア様?


「それだけ強い思念は受け取っちゃうからね。クリスちゃん、それはいいけど大丈夫?」


「大丈夫? ですか?」


「あっち」と指さした先を見ると――顔を真っ赤に赤らめたリシェルお姉様が。


あわわわわ……羞恥でしょうか、それとも怒りでしょうかぁぁぁぁ!!


その視線だけで“殺せるか試す”のはやめてもらえませんかぁーーーーー!!


と思っていたら、シオンお兄様がリシェルお姉様の頬にチュッとキスし、お姫様抱っこでさっさと立ち去って行きました。


慌てふためくお姉様を、楽しげに笑いながら去り際にウィンクして――


あ、助けてくださったのですね。お兄様、本当にありがとうございますううううううううう。


「あっははははは! クリス、よかったね。お魚さんのエサにはなれそうにないね」


「はぃいぃ……よかったですぅ……」


「じゃ、クリス。僕たちも戻ろうか」


「へ?」


「そろそろ寝る時間でしょ?部屋に戻らないとね。」


「あ、そうですね」


「うん。それじゃあ2人ともこの子は借りてくからね。おやすみ。フレイグ君にエルファリアちゃん。今夜はありがとね」


そう言うと、エルメキア様は私を連れて船内の部屋へと戻っていきました。


「さて、クリスちゃん」


「はい」


「君はフレイグくんをどう思った?」


「え? フレイグ様ですか……一見好青年の、クソ野郎ですかね?」


「ぶっふ、クリスちゃんも大概ひどい評価だね。ふむふむ。ちなみに、エレナちゃんからは聞いてみた?」


「ニヤニヤして気持ち悪い。ああいうタイプは苦手ですって言ってたように思いますが?」


「へー、あの子もか。ふむふむ。わかったよ。ありがとね」


「あの、それが何か?」


「んー、シオンに“出しゃばるな”と言われてるから何も言えないんだけど、一つだけ言えることは――君もエレナちゃんも、シオンにとって“庇護対象”みたいだよ。実際、エルファリアちゃんもそうなんだろうけど、出会うのが遅かったからかなぁ」


「私が庇護対象? え? それは希望があるということですか?」


「知らない知らない。そういう話じゃないよ。ただ君たちを、友人……仲間……そういう認識よりも少し上に置いているってだけ。二番目は、正直難しいと思うよ」


「やはり、そうですか……」


ガクリと肩を落とす私を、エルメキア様は優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。



いつも読んでくれてありがたいです。


ほんとに嬉しい

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