後日談3-8
エルファリアとの話し合いが終わった後の王城の一室。リシェルとシオンのためにあてがわれた部屋には、なぜかエルメキアも加わり、三人で過ごしていた。
「……あの、エルメキア。何故ここに?」
リシェルが不思議そうに尋ねる。
「え?昨日は一人で寂しかったからね。僕も旦那様の側に居たいなぁと思ってさ」
涼しい顔で答えるエルメキア。
「いやいや、えっと……ここにいられると非常に気まずいというかですね」
リシェルが頬を赤らめて言い返す。
「あ、別に気にしなくていいよ。夫婦だもんねぇ」
「へ?いや、そうじゃなくて!」
「大丈夫大丈夫。あんまり汚さないでくれると僕はうれしいけれど」
「な、何を言ってるんですか!!」
「あはは、リシェルは面白いなぁ。ちゃんとリアクションしてくれる。シオン君が骨抜きになるのも当然だ」
「え?!そうなのですか?!」
驚いてシオンを見るリシェル。
「エルメキア、好き勝手言ってると追い出すぞ」
シオンが冷たい視線を向ける。
「あっはっは!冗談だよ冗談。さて――本題に入ろうか。リシェルちゃん、悩んでるよね?」
「……え?」
不意に核心を突かれ、リシェルは目を丸くした。
「妹思い……って言えばいいのかな」
「そうなのか?」
シオンが短く問いかける。
「……うん」
リシェルは申し訳なさそうにエルメキアの言葉に同意した。
「フレイグ王子の件だよね?」
「はい……」
「馬車で話していた、あの無礼な王子がそれなんでしょ?」
「たぶんそうだと思います」
「……悩むよね。大切な妹の縁談で、本人はとても乗り気だ。さっきも空気を読んで承諾したんでしょ?」
「はい。正直、失敗したと思っています。あの子のことを思うなら、あの場でちゃんと伝えるべきでした」
「確かに、リシェルちゃんのいうとおりだね。」
シオンは二人のやりとりを静かに聞いていた。こうした心の機微は男性の彼にはうまく理解できない。だからこそ、黙って真剣に耳を傾けることを選んだ。
「僕が言えるのは一つ。彼女はいま、人生最大の岐路に立ってるってこと。君への不誠実を働いた男が、妹に誠実に向き合えるかどうか――疑うのも当然だ。僕が力を使えば彼の内心を覗くことはできるけど……それは違うと思って、頼ってこないんだよね?そんな風に自制してるんでしょ?」
「……はい」
「本当に偉いと思うよ。そう思って僕に接してくれるのは、僕としても嬉しい。だから少しだけヒントをあげる。その結果をどう受け止めるかは君次第だ。
エルファリアがこのまま結婚して幸せになれるかなんて、僕にも分からない。
ただ――君に対して不誠実だった事実を伝えることは、悪いことじゃない。伝え方は難しいし、どう受け止められるかも分からないけどね。
でも、もし、エルファリアが不幸な道を辿ったとき、君は“あのとき伝えなかった”ことを後悔するんじゃないかな?」
「……伝えたほうがいいと?」
「うん。難しいけど、伝えた上で選ばせてあげるほうがいい。将来の君にとっても、彼女にとってもね」
「……わかりました。ありがとうございます。少し、話してまいります」
リシェルは席を立った。それにあわせてシオンも立ち上がる。
「シオン君はダメだよ。君がいると余計にややこしくなる。僕とここでボードゲームでもしてようか。どんな結果になったかを聞くのが君の役目さ」
エルメキアの言葉に、リシェルはシオンを振り返り、頷いた。
「うん……エルメキアの言うとおりだと思う。私は大丈夫だから、あとで話を聞いてくれる?」
「わかった。信じて待つよ。何かあったらすぐ呼べ」
「……わかった」
リシェルはシオンのそばに歩み寄り、その頬にそっと口づけを落とした。
「わお!見せつけてくれるねぇ。僕のお義父さんとお義母さんは仲良しで、将来も安心だ」
二人のことを楽しそうに茶化すエルメキアは、急に真面目な表情で伝える
「近ければ近いほど伝わらないこともある。逆に近いからこそ伝えられることもあるんだ。だから――しっかり頑張っておいで」
「……エルメキア、その言い方、不吉すぎない?“伝わらないぞ”って言われてる気しかしないんだけど」
「普通に考えればそうでしょ?だから――その覚悟で行きなさいってだけ。エルファリアがいざというときに判断できれば、それでいいんだからね」
「うー……喧嘩にならないように頑張ってくる……」
「あはは、お姉ちゃんは大変だね。行ってらっしゃい」
「うん……行ってくる」
部屋を出る直前、シオンが彼女の頬に軽く口づけを返した。
「上手くいくよう、願ってる」
シオンの言葉に、リシェルはにっこりと笑みを返して部屋をあとにした。
〜リシェルSide〜
エルファリアの部屋の前で一度大きく息を吸い込み吐き出す。リシェルは軽く頬を叩くとエルファリアの部屋をノックした。
「はい。」
エルファリアの側付きの侍女が姿を現す。
「エルシェリア様。このようなお時間にどうなされました?」
「少しエルファリアと話をしたいの。通してくれる?」
「かしこまりました。少しお待ちを。」
そう言って一度扉の中へと帰っていくがすぐに扉が開き中へと招かれた。
部屋の中ではすでに寝間着へと着替えたエルファリアがテーブルに座りリシェルを持っていた。
「お姉様、どうなされました?」
リシェルに席を進めながら話を進める。
「エルファリア、少しだけ聞いてもらえる?」
「はい。何の話でしょうか?」
「フレイグ·アルバのことよ。」
「あら、まぁ。フレイグ様のことなんですね。」
エルファリアの反応がとても良くなる。リシェルとは逆にフレイグの良さを語り合いたかったのだろう。
エルファリアが意気揚々とフレイグについて語り始める。
リシェルはそんなところではなかった。エルファリアを語りを聞きながら思考を回転させる。勢いで来たはいいが何を話せばいいのか。
『私の子をなかったことにして、プロポーズするゲス野郎よ』と言いたかったが今のエルファリアにそれを伝えても聞き入れてはくれないだろう。
それほどにフレイグへの憧憬が募っていた。
エルファリアを話を半分に聞きながら伝えるべき言葉を吟味する。
エルファリア自身が考えてエルファリア自身が答えを出せるように。聞き入れやすいように……考えれば考えるほどに答えはでず、やはりただただ『ゲス野郎』とだけ頭をよぎる。
それは言えない。
絶対に言ってはいけない。夢見た妹にそのような言い方では響かないし伝わらない…。
リシェルが考えていたよりもそれは複雑で難問だった。
「でも、お姉様も正直にフレイグ様はかなり好みだと思ったんじゃありませんか?」
はっ?と思考がエルファリアに引き戻される。それだけはないと言いかけてぐっと言葉をのみ込んだ。
「…な…ぜ?」
出てきたのはかすれた声の二文字。その言葉と動揺を肯定と捉えたのかエルファリアはうれしそうに話し続ける。
「あら?やはりそうでしたか。そうだと思ったんです。だって、お姉様が昔語っていらした理想そのままの方なんですもの。でも、ダメですよ?彼は私の婚約者なので。」
婚約者?いやまだそこまで話は進んでないでしょ?と思ったけどこれも口には出さない。だが、エルファリアの独占欲が思った以上に強く発露している事には気づけた。となると余計に言葉選びが難しい。
「お姉様の旦那様を悪く言うわけではないのですが…。その…確かにお義兄様はすごいと思いますよ?海神の試練突破されましたし、神龍様すらお連れになられました。ですが、結界を破壊しただけでしょ?もう何千年も経っていた結界ですし正直運が良かったのではないかと思いまして…。フレイグ様もそういう経験はあるらしく意外とある話なんだと仰っておられましたし。正直に申しますとお姉様が、なぜあの方をお連れになったのか全く理解できなくて…。」
は?何を言ってるんだ、こいつら。結界がたまたま解ける?よくあること?運が良かった?
リシェルの思考が怒りによって一瞬に染め上げられる。
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!!
ずっと整備され続け封印されていて、相手が全く暴れずに協力的でいた結界がどうやって偶然解けるのか?意味が分からない。
「それを踏まえて考えてみても、お姉様があの男に無理やりかどわかされたのではないかと心配しておりますの。抵抗できない状態で体の関係を迫られ、そのままなし崩し的に子まで孕まされたのではないかと…。」
エルファリアが純粋に心配していることはわかる。わかる。冷静になれ。冷静に。この子は悪意を持ってシオンを貶しているわけではない。ただ私の心配をしてくれているだけ…。
別に抵抗できない状態で体の関係をもっ……たわ。最初は命令だった…。いや、でもそれはちゃんと理由あってのことで…。それに子供は私自身も望ん…できないと思ってたわね…。いやだから、気づかずずっと続けてたし…。
いや、でもできたと知った時はすごく嬉しかったし…。
あれ?もしかしてシオンと私の関係ってはたから見るとかなりひどいのでは?そう言えば醜態を晒されたこともあったわね…。
「お姉様?大丈夫ですか?」
「あ、うん。ごめん。ありがとね。」
「ほんとに心配です。でも、やはりそうだったのですね。」
「え?なにが?」
「あの男はお姉様を無理やり手籠めにしたっていう話です。」
「なんの話よ?ちゃんと愛し合って一緒になったわよ。」
「そんな無理して装わなくても大丈夫ですよ?先ほどのお姉様の反応を見ていれば一目瞭然でした。」
「違うわよ。シオンと出会ったときのことを思い出してただけよ。あなたが思ってるより私は幸せだしシオンを愛してる。」
「やはりそう答えるのですね。」
「え?当たり前でしょ?愛すべき夫よ?」
「フレイグ様が仰っていました。つらい身の上を隠すために私には本当のことを話さないだろうって。」
あんのクソ野郎!!!!!うちの妹になんてこと吹き込んでくれてんのよ!!!
「お姉様、フレイグ様はとてもお優しい方です。お姉様が望むならフレイグ様が私の婚姻とともにお姉様も一緒に保護してくださるとおっしゃっていました。いくらシオン様に戦う力があっても一人の人間。国が相手では太刀打ちできません。お姉様の安全は私が守りますので勇気を出してください!あの男からの呪縛を解くのは今です!!」
…この子はほんとに何を言ってるのだろう…。私のため?違うわね。私のためと言いつつフレイグとエルファリアの物語を最大限に彩っているだけだ。全く本当にに腹が立つ。
「結構よ。もういいわ。あなたのためを思っていろいろ考えて来たけれど、そこまで言うのなら私も気にせずにあなたに告げる。」
「何の話です?」
「フレイグはクソ野郎よ。結婚は辞めておきなさい。あなたに会う前にあの男、廊下ですれ違った私にプロポーズをしたのよ?子供はなかったことにして私と一緒になろうって口説いてきたのよ?あまりに腹が立って殴りつけてやったわ。その後、あなたに会って縁談を進めようなんて、本当にたちが悪い!あんな男シオンの足元にも及ばないわ。」
「ああ、やはりやはりそうなのですね!!フレイグ様の言うとおりです。そんな話誰が信じるのですか?お姉様あまりに醜い!醜いです!フレイグ様があまりに輝かしいからと私とプレイグ様の婚姻にケチをつけるなんて…。嫉妬は本当に醜い感情ですよ、お姉様!」
リシェルはポカン口を開けてエルファリアをみつめる。
なんだこれは?どつなってるんだ?なぜこんなに頑ななんだ?そう言えばと、エレナとサイラスの件を思い出す。恋は盲目とはこういうことなのだと…。
「もういいわ。私はあなたを思って伝えに来ただけ。あなたがそれを選ぶなら私は何も言わないわ。ちゃんと調印にも付き合ってあげるから安心なさい。」
「わかりました、お姉様。私もお姉様を心配しているだけでございます。お姉様、シオン様と違いフレイグ様はとても立派な方です。将来アルカニア連合国を背負って立つ英雄です。シオン様をお姉様がどれだけ持ち上げても彼とは役者が違いすぎます。そんな彼が私を選ばれたのです。お姉様ではなく私を。悔しい気持ちは分かりますが彼は私の夫となる方です。色目などはお使いになられませんように。」
「あんた本気で言ってるの?でも、わかった。あんたと一つだけ解釈が一致してるわ。シオンとフレイグじゃ、役者が違いすぎるのは確かね。天と地では生ぬるい天とスライム以下ね。」
「そうですね。まさにそのとおりかと。それではお姉様、明日も早いのでそろそろお引き取りを。」
「わかったわ。」
その後一瞥もくれることなくリシェルは部屋を退室した。
いつもお読みいただいてありがとうございます。
まだ続くのでよろしくお願いします。




