後日談3-7
ソレイユの街を堪能した一行が王城へ戻ったのは、夕方のことだった。
旅の疲れがたたったのか、エレナは終始熟睡しており、帰路の馬車の揺れでも一向に目を覚まさなかった。
仕方なく、城門に着いたときにはシオンがそのまま彼女をお姫様抱っこして運ぶことになる。
リシェルはその姿を見て、表情には出さなかったものの、胸の奥に嫉妬を覚えていた。
広間に入るとすぐにメイドを呼び、クリスティアナとエレナのための部屋を準備させる。
リシェルは近くに控えていたサイラスを呼びつけ、シオンからエレナを受け取らせた。
エレナを腕に抱いた瞬間、サイラスは目を丸くし、そして思わず小さくつぶやいた。
「なんと……可憐な……」
その声色は心底からの感嘆に満ちており、まるで宝物を扱うかのように慎重に、丁寧に部屋へと運んでいった。
呆然と見送る一同。
「……可憐、か?」とシオンがつぶやく。
「んー、いびきかいて、よだれ垂らしていましたわ……」とクリスティアナが冷静に返す。
「理解不能ね」リシェルが眉をひそめる。
「あははっ、いいじゃないの!サイラス君には“可憐”だったんでしょ。恋は盲目ってやつだよ。」エルメキアが楽しそうに笑った。
「こ、恋ですの?会ったばかりですよ?」
「クリスティアナちゃん、それを“ひとめぼれ”って言うんだよ」
「……おそろしいですわ」
そのやり取りの最中、メイドが一礼して告げた。
「準備が整いましたので、クリスティアナ様はこちらへ」
「あ、はい。お姉様、ありがとうございますわ。それではまた後ほど」
丁寧に頭を下げ、クリスティアナは案内のメイドとともに部屋へと向かっていった。
「さて、それじゃ私たちも……」とリシェルが腰を上げかけたところで、別のメイドが進み出る。
「申し訳ございません。王より直々に、“皆様をお連れするように”とのご命令を受けております」
「あ、そうなの?……わかったわ」
一行はそのまま案内に従い、奥の王族専用のプライベートリビングへと通された。
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「おかえりなさい。いかがでしたか?」
柔らかな声で迎えたのは王妃シェリファだった。
「ただいま。……シェリファ、この街はすごいね!僕が知っていた頃とはまるで違ってた。とても発展していたよ。君たちが彼の遺したものを守り、育んでくれたおかげだ。本当にありがとう。僕は嬉しくて胸がいっぱいだ」
感慨深げに語るエルメキアに、王妃は優しく微笑みかける。
「それはよかった」
「お母様、ご要件というのは?」とリシェルが切り出すと、シェリファは少し困ったように視線を夫へ送った。
「それは……あなた、お願いできますか?」
王の方もどこか歯切れが悪い。シオンは胸に嫌な予感を覚えた。
「あー、うむ。もうすぐすればエルファリアも来る。……あやつが来てからの方が話が早い。三人とも、そこへかけてくれ」
「わかりました」
勧められるまま、リシェル・シオン・エルメキアの三人がソファに腰を下ろす。自然とシオンを挟み込むような並びになった。
「ぐぬぬ……両手に花とは……」
王のうめき声が妙に響く。
「……可愛いこと言うなぁ」エルメキアが吹き出し、リシェルがジト目で睨みつける。
「あなた……」と王妃が呆れ声をもらし、シオンは反応に困っていた。
「む、すまぬ。今のは忘れてくれ」
耳まで赤くしてそっぽを向く王の姿に、エルメキアは腹を抱えて笑い続ける。
その時、ノックの音が響き、王の許可を得て入室してきたのはリシェルの妹――エルファリアだった。
彼女はリシェルと同じ金の髪に、澄んだ琥珀色の瞳を持っている。強い意志を宿す眦が、どこかリシェルよりも鋭さを感じさせた。
整った顔立ちは姉妹らしく酷似しているが、肌の色は透き通るように白い。
シオンはふと気づく。王も王妃も同じように白い肌をしている。つまり、褐色の肌を持つリシェルだけが異なるのだ。
四人の姿を見比べていたシオンの視線に気づいたのか、エルメキアが小さく笑った。
「シオン、それはさすがに失礼だよ、君。」
「あ、ああ……すまない。」
「この国ではよくあることだよ。確か次男も褐色肌だったよね?」
「ええ、その通りです。エルメキア様に覚えていただけているのは望外の喜びにございます。ただ、異国出身のシオン様には珍しいことかもしれませんね。この地ではよくあることなんですよ。」
優しく説明してくれる王妃に続いて、リシェルも言葉を添える。
「そうよ。おばあさまも私と同じ肌の色だったしね。」
「そうか。いや、皆さんすみません。不躾な視線を送りました。」
「ふん!そんな簡単に――」「はいはい、よく謝れたね。シオンのそういうところ、僕は好きだよ。僕が許す!いいよね?」
エルメキアが強引に話を収めると、周囲も頷いた。
「ぬぬぬぬぬぬ……」と王が小さくうなる。
「あなた?」
氷のように冷たい王妃の声に、王は背筋をピンと伸ばした。
「……今回だけだからな」
――いや、次はもうしないって、とシオンは心の中で突っ込む。
※
「さ、それじゃあ家族会議の時間だね。僕は口を挟まない。どういう結論になっても反対はしないからね」
エルメキアがそう宣言して身を引くと、エルファリアが深く頭を下げた。
「ありがとうございます、エルメキア様」
「ふむ。ではまず、二人に謝らねばならん」
「謝る?お父様、どういうことです?」リシェルが眉をひそめる。
「……式を延期してほしい」
「はぁ?!なぜですか!国民への布告も済んでいるのですよ!」
リシェルが思わず声を荒げる。
「すまない。だが、それには理由がある」
「お父様、ここからは私が説明いたします」エルファリアが静かに口を開く。
「私事で姉上にご迷惑をおかけいたしますので……」
「……わかった」
リシェルの前に立ち、エルファリアは真摯な表情で言った。
「お姉様、お義兄様。本当に申し訳ありません。私の縁談のために、式を少しずらしていただけませんか?」
「縁談?どういうこと?」
「はい。この度、フレイグ・アルバ様の縁談をお受けすることにいたしました」
「はぁ?!あんた、アイツの縁談受けたの?!」
「エルシェリア!」
王妃の叱責が飛ぶ。言葉遣いこそ荒かったが、それはリシェルの素が出ただけであり、王室育ちとしてはふさわしくなかったのだろう。
「すみません。それで、なぜ私たちの式が延期になるのです?」
「お姉様もご存知のように、フレイグ様は非常に魅力的な方です。一目見た瞬間、この方だと確信いたしました。魂が惹かれ合う――そう表現すべきでしょうか。利発な佇まいに理知的な眼差し、あたかも花が蝶を誘うような魅力的な香り…情熱的に愛を語る言葉はまさに詩人のようで……。あのように素晴らしい方は他におりません。一言交わしただけで、人となりの良さが伝わってきました。ですので、この縁談をぜひ進めたいと考えました。」
『お姉様もわかるでしょ?』とエルファリアは瞳を輝かせ、熱を帯びた声で続ける。
「しかし、アルカニア連合国では縁談に必要な重要なサインは国内で行われるしきたりがあるそうです。今回は顔見せのために来られたとのことですが、もし前向きに考えてくれるなら、一緒に国へ来てほしいと……」
リシェルは呆然と妹の言葉を聞いていた。
――この子は何を言っているの?
廊下ですれ違ったあの男は、まさか偽物だったのでは……そんな疑念すら浮かんだ。と言うかだ、冷静に考えればあの男、私に殴られたあとにそのような歯の浮いたセリフを?エルファリアに?理解が全く追いつかない。
困惑するリシェルを気にすることもなくエルファリアの言葉は続く。
「そこで立会人が必要になるらしく、その立会人をお姉様になっていただきたいのです。」
「は?なにそれ?なんで私なの?」
今度は完全に素に戻ってしまったリシェル。だが王妃は眉間にしわを作るだけで口を挟まず、黙って見守っていた。
「海神の加護を持つお姉様に立会人を担っていただければ、権威が加わるとフレイグ様が……。お姉様の加護があれば、私の立場を盤石なものにできるとおっしゃってくださいました。とても私のことを考えてくださる、素晴らしい方なのです。この縁談に彼も乗り気で、色々とアドバイスもいただけました。お姉様、お願いします。お手伝いいただけませんか?」
「な……え……」
戸惑うリシェルがシオンを見ると、彼はにこりと微笑む。
「リシェルの好きにすればいいよ。俺がここで断ってもいいけど……それだとリシェルは後悔するんじゃないか?なら、自ずと答えは出てるだろ?少し日程が伸びるだけで、結果は変わらないよ。」
「へぇー、シオンってそういう答え出すタイプかぁ。ふぅーん。」
エルメキアの声がやけに大きく聞こえた。
「あああ、もう仕方ないわねぇ。わかったわよ。」
リシェルは深呼吸し、エルファリアに向き直る。
「エルファリア。あなたの望みに応えてあげる。ついてけばいいんでしょ?」
「うん!うわぁー!ありがとう。お姉様!」
(……はぁ。それにしてもよりによってアレって……。この子の興味がシオンに向かなかったのは良かったけど…後でアルバについて指摘したほうがいいのかしら?)
リシェルは内心困惑していた。
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