後日談3-6
二人の結婚が海神様の加護を受け、正式な式として執り行われることが、一週間後に決定した。
その知らせはその日のうちに国中へと伝えらた。
その翌日の事。
王城前の石畳で、二人の娘が声を張り上げていた。
「ですから!エルシェリアお姉様を呼んでくださいまし!お会いできれば、私こそがクリスティアナだと証明できますわ!」
「ひ、姫様ぁ……無理ですってば。衛兵さん困ってますから……。ね?もう宿に戻りましょうよ?」
「いいえ!お触れでエルシェリアお姉様ご帰還とご結婚の報は確かに見ました!ならば、お会いできれば必ずなんとかしてくださいます!ほらエレナ、あなたも頼んでくださいな!」
「無理ですよぉ……。私たち、どう見ても怪しい人にしか見られてませんってば……。もう周りの目が痛いんですからぁ……。」
王城前で押し問答を繰り広げるのは、ピンクブロンドの少女と銀髪の娘。
前者はクリスティアナ、後者はエレナ。群衆の好奇と怪訝な視線に晒されても、クリスティアナは一歩も退かず門兵に食い下がっていた。
――その時。
ギギィ、と城門が開き、一台の馬車がゆっくりと出てきた。
しかしそれは王族が用いるような豪奢なものではなく、一般の町人が乗るような質素な馬車だった。
王城から出てくるには場違いに見える。
「あ――――――! お兄様っ!!!」
御者台を指さしたクリスティアナの叫びに、御者を務めていたシオンは思わず肩を震わせ、ぎょっとした顔で彼女を見返した。
さらに馬車の窓が開き、中からリシェルが顔を出す。
「えっ!?……あんた達、いったい何やってんのよ?」
「お姉様!!」
「リシェルさまぁーーーー!!!」
二人が同時に叫ぶ。
リシェルはクリスティアナの反応よりも、エレナの様子に目を丸くした。
出会った頃の彼女は、リシェルを人として扱わず無視される――ただの「人形」として扱っていた。
その彼女が今は、必死に声を震わせながらすがりつくように涙を流している。
「お会いしとうございました……お会いしとうございましたぁ……。ずっと……ずっと……」
異様なほどの変わりように、リシェルは唖然とする。あの時あった隷属紋の有無でここまで変わるものだろうか?
「……えっと、何があったの?」
冷静に問うリシェルに、クリスティアナは「さあ?」と首をかしげるばかり。
ふと護衛がいないことに気づいたリシェルが確認をとると、クリスティアナは胸を張った。
「護衛なら心配ご無用!ばっちり巻いてきましたわ!お姉様方が一時帰郷されると聞き及び、私とエレナの二人で馳せ参じましたの!」
ドヤ顔で胸を張るクリスティアナ。リシェルは頭を抱えた。
あれほど傲慢に振る舞っていたエレナが、ここまで追い込まれていたのも何となく分かってしまう。――なんとも不憫な気持ちで二人を馬車へ招き入れる。
シオンは何も言わず、ただリシェルの判断に従って馬を進めた。
馬車の中。
リシェル、エルメキア、クリスティアナ、エレナの四人。エルメキアは、増えた同行者を面白そうに見回していた。
もともとこの外出自体、エルメキアが「街を見てみたい」と言い出したのがきっかけだ。
王が人員を整えようとしたが、彼女は一言。
「気にしなくていいよ!僕はこの二人と行ってくるから。」
……と、強引に決めてしまったのだった。
その気まぐれが、奇跡的な再会を呼び込んだのだが。ある意味、運命のいたずら。
「はい、こんにちは。僕は神龍エルメキアだよ。よろしくね。で、君たちは?」
「神龍様……?!あのルーメン国の噂の?」
「うん、たぶんそれは僕だね。シオンが封印を解いてくれたんだ。あ、でも安心して?僕の伴侶はシオンじゃないからね。で、君たちは?」
「はい!私はクリスティアナ・エラ・ド・ラドリオ。ラトリア国の第一王姫にして、将来シオン様の二番目の嫁になる予定です!」
「……エレナ・ヴァルモンドと申します。ラトリア王国ヴァルモンド侯爵家の三女です。シオン様の御慈悲に……すがりたくて……罷り越しましたぁぁぁぁ……!」
突如号泣するエレナに、リシェルとエルメキアは思わず引いた。
そのあまりの精神不安定さに、エルメキアは静かに彼女の頭へ手を置く。彼女の記憶をよむために。
「あぁ……うん。よく頑張ったね。大丈夫。大丈夫だから。……そうか、全部失っちゃったんだね。かわいそうに。そんな状態で引きずられて……本当に大変だったね。……うん、クリスティアナが悪いね。」
ぽんぽんと撫で、やがて抱き寄せる。泣きじゃくっていたエレナは、次第に呼吸を落ち着け、やがて安らかな寝息を立て始めた。
「え……っと、これは?」
リシェルが問いかけると、クリスティアナはケロッとした顔で「何が?」と首をかしげる。
エルメキアは肩をすくめた。
「この子、自業自得も多いんだけど……ちょっと同情するかな。キャリアも何もかも投げ捨ててシオンのもとに来ちゃってね。君の妊娠を知って自分の暴走に気づいたけど、同時に恋心にも気づいちゃった。で翌日シオンに会うこともなくマリアから伝言って形でアッサリ断られて放心状態のまま、クリスティアナに連行されたみたいよ?その後は振り回されて……護衛を振り切ったあたりからは本当に大変だったみたい。」
「クーリースー?何をしたの?」
「お姉様も神龍様もひどいですわ。私、エレナと世直しの旅をしていただけですのに!」
「何度か死にかけてたけどね。」
「でも、生きてますわ!護衛は陰から助けてくださってましたもの!」
「あー……それ、多分偶然だね。」
「へ?」
ぽかんとした顔のクリスティアナ。
「エレナちゃんはちゃんと気づいてて、何度も止めようとしてたんだけどなぁ。……心当たりは?」
「んーーー……覚えてませんわ!」
「はは、こりゃダメだ。」
エルメキアは笑って肩をすくめると、「帰りはちゃんと僕らと一緒に行動してね」と釘を刺した。
「はい!わかりましたわ!」
「……エルメキア様、どういう……」
「エルメキア!エルメキアって呼ぶように言ってるよね?様は禁止だからね!リシェルちゃん、わかった?」
「あ、はい。」
「えっと、帰りについてだよね?」
「はい。一緒に行動というのは?」
「うん!僕は君たちと一緒に行くことに決めました。これから僕の居場所は君たちの近くだ。もちろん夫婦生活は邪魔しない!どんな行為に走っても、僕は寛大な心で――」
「見守らなくていいです!!!」
「お姉様……どんな行為を……」
「クリス、興味持たないで!」
「では、私たちの街に住まれるのですか?」
「うん!できればシオンたちの近くがいいな。」
「え?!ちょっ…」
「では、ウチにいらしてください。今はエレナもいますが、あと一人くらいなら問題ありません。」
「おお、それは助かる!新婚二人の部屋に入り浸るのも気が引けるしね。」
リシェルが口を挟む余裕もなくあっさりと二人で話は決まってしまった。あまりにスムーズなやりとりにリシェルが頭を抱えていると。
「そいえば、お姉様!」
クリスティアナがぱっと顔を上げ、瞳を輝かせる。
「もぉ、なにぃ?」
リシェルは半ば気の抜けたように返したが、その琥珀色の瞳は確かに妹分を見据えていた。
「あの二、三日前に噂を耳にしたのですが、あれは何だったんですか?」
「うわさぁ?どんな?」
「えーと……フレイグ王子でしたっけ?アルカニア連合の宗主国のご子息。そのようなお名前の方と婚約され……ひぃ……」
言葉の最後を慌てて飲み込み、クリスティアナは背筋をぴんと伸ばした。
「ちゃんと断ったわよ。てか、なに?婚約?そんな話になってたの?」
リシェルの声音が鋭くなり、彼女の表情に一瞬、怒りが走る。思わずクリスティアナは小さく肩をすくめた。
「はひ、あのお姉様、目が……怖いです…。」
「あ、ごめん。思い出しただけで腹が立って。」
リシェルは拳を膝に置き、小さく握りしめる。その横顔には苛立ちと呆れが混じっていた。
ちょうどその時、馬車が止まる。軋む音とともに小窓が開き、御者台からシオンが顔をのぞかせた。
「何があったんだ?」
「あー、大丈夫!大丈夫!なんか妹の縁談に来てた王子に求婚されただけ。あまりに無礼だったから殴り飛ばしてやったわ!」
「そうか。」
短い返事と共に、彼は表情一つ変えず手綱を操る。馬車は再び、街道をごとごとと走り出した。
「お姉様、殴り飛ばしたのですか?」
クリスティアナが恐る恐る尋ねた。
「当たり前よ!思い出すだけで腹が立つ!」
「それほどまでのことが?!いったい何があったのです?」
リシェルは腕を組み、苛立ちを抑えるように吐息をもらした。
「見ない顔がお城の中歩いてたから会釈したら、いきなり『君の名は?』よ?」
「はぁ……」
「無視するのもダメでしょ?来賓だろうし。だから、名のったのよ。そしたら『ソナタを妻と迎えよう』よ?」
リシェルの瞳が剣呑な色をしめす
「はっ?ってなんない?妊娠してるのわかるでしょ?ってなんない?」
「え、ええ。そうですね。そんな命知らずなことを……」
クリスティアナは両手を体を抱え、想像するだけで震えている。
「それだけじゃないの!どうも私の事を変な形で聞いてたみたいで『平民風情にかどわかされた哀れな姫よ』とか言い出して、無礼にもほどがあるわよ。」
「それは……殴りますね……」
「我慢したわよ。素性も分かんないし名乗りもしないし。」
「それはすごい忍耐です。」
「そしたらなんて言ったと思う?」
「えーと……」
「『その子はなかったことにすれば良い。我がすべて受け入れよう』ですって。ふざけんなってなるわよね?この子をなかったことにするとか意味わかんないし。久しぶりに本気で殴っちゃったわ。」
リシェルの声は怒りに震え、その手はまた拳を作っていた。
「八つ裂きにしなかったお姉様が偉いとおもいます!」
「でしょ!」
得意げに胸を張るリシェル。その様子に車内の空気が少し緩む。
「こらこら!気持ちは分かるけど二人とも過激すぎるよ。」
エルメキアが2人をたしなめる。
「でも、大丈夫なの?そういうタイプって昔からしつこいよ?」
「大丈夫よ。妹との縁談で来てただけみたいだし。私たちは式が終われば帰るもの。そうそう接点がないわよ。ただあんなのを縁戚に持ちたくないわ。まっ、妹は私と好み似てるし、パシッと断って終わりでしょ。」
「あー、そうですわね。お姉様方、同じ人形や花を気に入られる傾向がありましたものね。よく取り合いなさってたのが懐かしいですわ。」
「へぇー、そうなんだ。」
「ええ。いつも最後はエルシェリアお姉様がエルファリアに譲って終わりでしたわ。最初は『やーよっ!』って断るんですけど、最後は『仕方ないなぁ』って感じで。懐かしいですわ。」
「へぇー、殴って奪い取ると思ってたよ。」
エルメキアが快活に笑い、馬車の天井にまで響き渡る。
「それいつの話よ?てか、そんなことしないわよ。私、お姉ちゃんだし仕方ないじゃない。妹の泣くところなんて見たくないもの。」
リシェルは組んだ腕を直し、視線を遠くへ向ける。その横顔には、わずかな照れと誇りが宿っていた。
「なら、私も妹として二番目の席をちょーっとあけていただければ嬉しいかなぁーって思うんですけど、お姉様?」
クリスティアナはにこやかに身を寄せ、瞳を細める。
「ダメよ。そこの席は絶対にあけないから諦めなさい!」
「わかりましたわ。また、日を改めることにいたしますわ」
「ダメだって言ってんでしょ!」
「はい!それでもです!」
「はぁー、好きにしなさい。言っておくけど希望はないからね。」
「はい!」
「あっははは、ホントに人って面白いなぁ。」
エルメキアの笑い声は朗らかで、馬車の中の空気を一層明るく照らした。
――その後、シオン、リシェル、エルメキア、クリスティアナの四人はソレイユの街を心ゆくまで楽しんだ。
ただし、エレナだけは馬車の隅で終始眠り続け、微かな寝息を立てていた。なんとも不憫な娘であった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
後日談なんですけどねぇ…。
本編と同じくらいの文章量になってる……。




