後日談3-2
ルーメン·ソレイユ国首都ソレイユ。この地に着いたのはベレリアを出てゆうに50日も経っていた。
最初は順調だったんだが何故か途中から行く先々で本来なら依頼を受けてやるような事に遭遇するようになった。無視して進むこともできず…。まぁ、助けるたびにリシェル…いや、今はエルを名乗っているか。エルが喜んでくれたからよかったけれど…。
そうして今日、ようやく首都ソレイユに到着した。ロックという名の偽名を使って。
「エル、この後どうすればいい?」
馬車の後方でゆっくりと過ごすエルに声を掛けると
中を通って御者台の中央から顔を出した。
「まだ昼過ぎかぁ…。んー、馬車はどうにかなるけどこの子よねぇ。実家に連れていけばいいんだろうけど…。
」
「ん?実家…実家ってあの城なんだよな?」
「あ、うん。そうね。帰るのは明日の朝くらいにしたいなぁー。」
「なら、宿とるか?」
「馬を預かってくれる宿があったかなぁーって。ギルドに帰すのもいいんだけどずっとこの子だったから愛着湧いちゃって。」
「わかった。なら、見かけた宿で聞いてみるよ。」
「うん!ありがと。なら、まずはあそこの大きな建物に行って。あそこも宿だから。」
「へー、すごいな。」
「ヴィラ·アズールっていうの。ルーメンでは首都ソレイユのヴィラ·アズールっていうと有名だったのよ?」
「へぇー。初めて知ったよ」
「一度宿泊してみたかったのよねぇ」
「泊まったことないのか?」
「一度も。姫って地位は自由なようで不自由なものよ?」
「そんなものか。」
「うん。今のほうが100倍楽しいし幸せよ!」
まったく。俺の嫁は今日もかわいい。
ちなみにヴィラ·アズールであっさり宿が取れた。馬も預かってもらい馬車もバルドからもらったアイテムボックスにぱぱっとしまってサクッと身軽に。
「さあ、ロック!行くわよ!!」
「ああ、どこ行きたかったんだ?」
「フフ、何度か実家を抜け出して行ったところかな?帰るとゆっくり見て回るなんてできなくなるしね。私はリシェルとして…あ、今エルか。エルとして街をみてみたいの!」
「仰せのままに、お姫様!」
大げさに胸へ手を当てて礼をしてみせると、エルは吹き出すように笑った。
「もう、からかわないでよ。」
そう言いながらも楽しそうに俺の手を引き、勢いのまま部屋を飛び出していった。
ロビーへ足を踏み入れると、ほどよい賑わいが漂っていた。喧噪には至らず、むしろ心地よい活気が空間を満たしている。天井は高く、広々とした造り。視線を巡らせば、洗練された調度品が整然と配置され、決して悪趣味に傾くことなく宿の品格を引き立てていた。磨き上げられた柱の側にはコンシェルジュが控え、客の求めに即座に応じられるよう静かに佇んでいる。その佇まいすらも、この場の格を示す一部のように思えた。そんな喧騒の中で妙に聞き慣れた女性の声を気に取る
「まだついてないのかもしれませんね」「そうなのかしら?これほど遅いのはおかしいわ。」「ですが、あの目立つ容姿ですから、どこか通れば噂になるはずですわ。」「ムムー、確かにそうですが…ですが…ハッ!!お姉様の香りがしますわ!!」「え?何を言って…」
「ロック! ほら、早く行くわよ!」
耳に飛び込んできた声に思わず辺りを見回そうとした瞬間、エルにぐいっと手を引かれる。気づけばそのまま街の雑踏へと放り込まれていた。
――にしても、今の声……どこかで聞いたことがあるような?まぁ、気にしても仕方ないか。
重厚な扉を押し開けると、海風がすっと流れ込んできた。光沢のある大理石の床から、石畳の大通りへと一歩を踏み出す。
「ほら、行くわよ」 エルが笑みを浮かべ、ぐいっとシオンの手を引く。
白い石造りの建物が陽光を反射し、青い海の煌めきと競い合うように輝いている。通りには異国の商人、艶やかな衣装の踊り子、魚介を売る声高な商人たち
「すごい活気だな」
「うん。昔から変わらない」
「で、どこ向かってんだ?」
「とーーーっても美味しい串焼き屋があるの。子どもの頃から抜け出しては、ずっと通ってたんだ」
「へぇ、それは食べてみたいな」
エルの口調がいつもと違う。普段は落ち着いてしっかりしているのに、今は子どものように弾んでいる。だいたいこういう時は、すごく興奮している証拠だ。そんな一面を見ると、自然と顔がにやけてしまう。
「どうしたのよ?にやけて」
「ん?いや、俺の嫁は可愛いなと思ってさ」
「ちょっ……人前で……」
「はは、気にすんな。ほら、行くぞ!」
「まったく!ほんと変わらないわね、そういうとこ!」
「しゃーない。それがお前の旦那だ。受け入れろ」
「わかってるけど…もう!」
そんなやり取りをしながら、エルに手を引かれ港の屋台が並ぶ一角へと足を運ぶ。その中でひときわ目を引く店があった。暖簾には大きく―― 『王姫様御用達』 の文字。
「エル、あれか?」
「え?あ、うん……なんでこんなことに……」
「お前、バレてたのかもな?」
「ええ?!そんなはずは……あ!もしかしたら、私のあとに妹が通ってたのかも!」
「妹ねぇ……で、行く?」
「うーー……身バレはまずいわよね?」
「わからん。でも明日には宿も出るんだし、いいんじゃないか? つか、お前、髪色も変えてるし、そうそうわかるもんか?」
「あ!そうね。変装してたの忘れてたわ」
「なら、行くか?」
「ええ、もちろん!」
屋台では海産物の串焼きが売られており、いくつもの貝をまとめた串の下にも『王姫様御用達』と堂々と書かれており、それなりに列を成していた。
「やっぱり私のことなのかな……いやでも、妹も似た好みかもしれないし。姉妹だしありえるわよね?」
「いやまぁ、あるかもな。……てか、妹いたの初めて聞いたし」
「そ、そうね。今初めて言ったわ。……あー、変にドキドキする…けど、食べたい」
「ま、腹括るしかねーな」
「うん」
やがて順番が回ってきた。
「おじさん、この貝の串焼き二本頼めるか?」
「あ!待って! 三本!」
「あははは、あいよ。三本だな。ちょっと焼くから待っててくれ」
「ありがとう」
先に金を払って列から外れる。炭火で焼かれる香ばしい匂いに磯の香りが混じり、食欲を刺激してくる。待つことしばし、さっきのおじさんが焼き立てを手ずから持ってきてくれた。
「ほらよ。お待たせ」
「あ、どうも。……抜けてきて大丈夫なんですか?」
「ん?ああ。交代だ。これから昼メシでな」
「結構遅い時間に。大変ですね」
一本は自分に残し、残り二本をエルに渡す。
「あーーー! いただきます!」
エルの弾けるような歓喜の声。
「これこれ!これなのよ!ほんっと美味しいわぁ〜!」
「はは、それほど喜んでくれりゃ、作り甲斐もあるってもんだ。ありがとな!」
「うん!ほんと美味しい! おじさん、ありがとう!」
「うん、本当にうまい。……あ、この店、『王姫様御用達』って書いてあったけど、よく来るんですか?」
ロックの問いに、エルが一瞬動きを止める。だが、またすぐ食べ始めた。耳だけはこちらに向けている。
「ん?ああ……エルシェリア様っていう第一王女様の御用達だったらしい」
「らしい?」
「おう。さすがに俺でもエルシェリア様の顔はわかるんだが、その姫様が本当にうちに来てたかどうかと言われれば……分かんねぇんだよ」
「どういうことだ?」
「姫様は七年前に隣国に花嫁修行に出されたんだ。それ以前に、城を抜け出して変装までして食べに来てたらしいが……俺たちには誰が姫様だったのか……」
「なるほどな。てか、花嫁修行か」
「ああ、文武両道の呼び声が高い優れた方だったんだが、料理が壊滅的に下手でな。それで修行だとよ。俺たちにはよう分からん理由だな」
「……確かにな」
(いや、実際は料理もめちゃくちゃ上手いんだけどな……)とロックは心の中で苦笑する。
「で、その後は王様がいらしてな。『娘が世話になった』って言って、俺の串を食って“これはうまい”って言ってくれたんだ。ありがたい話だろ? そんで、王女御用達を名乗るように言われてな。現在に至るってわけよ」
「そりゃすごい話だな。……ってことは、俺たち今、王様と同じもの食ってんだな」
「はは、そうなるな。……でもよ」
おじさんがふと隣で嬉しそうに食べるエルを見つめる。
「……お前。エルか?!」
「へ? え?……ええ」
「大きくなったなぁ! えれぇ美人になって」
「あ、うん……ありがとう」
「子どももできたんだな?」
「うん。……おじさん、私のこと覚えてるの?」
「あったりめえだ! 俺の串をそんな風に喜んで食うやつは、お前以外にいねぇよ。髪色も変わってるし、化粧なんかもしてるから最初は分かんなかったけどな」
「あっはは……ただいまー。……えっと、結婚したんだ」
「おう!見りゃわかるよ。おめでとう! おめえさんが急に来なくなったから心配してたんだぜ? 一部じゃ、お前がエルシェリア様なんじゃねえかって噂まで立ってたくらいだ。……でも元気な顔が見れてよかったわ。まさか結婚して街を出てたなんて思わなかった」
「あはは」
エルの緊張が手に取るように伝わるが、おじさんは全く気づいていない。助かった。ホントに?
「こっちで暮らすのか?」
「んーん。今回は報告に帰郷しただけ」
「そうか……それは残念だ。……ちょっと待ってろ!」
そう言って屋台に駆け戻るおじさん。
「エル、なんで名前わかったんだ?」
「あー……うん。私、お城を抜け出してたとき“エル”って名乗ってたの。さっき思い出した」
「おい?! ……とはいえ、もう遅いか。エルで通すしかねぇな」
「そうね……ごめん」
「問題起きてねぇし、いいんじゃねーか? ……つか、あんな風に覚えてもらってるの、嬉しいよな」
「ふふ……ほんとに。わからないと思ってたのに、食べ方でバレちゃうなんてね」
「めちゃくちゃ美味そうに食うからな」
「そんなに?」
「そんなに」
「待たせたな! これ、持ってけ!」
おじさんが箱詰めされた大量の海鮮串を抱えて戻ってきた。
「俺たちからの結婚祝いだ」
その後ろでは、おじさん、おばさんたちがにこにこと手を振っている。
「エルちゃんおめでとー!」
「エルー、よかったなぁ!」
「ちくしょー! 俺の嫁にしてやろうと思ってたのに!」
「アンタは黙ってな!」
「幸せにな!」
祝福の声に、エルは泣きそうな顔で「ありがとう」と返した。
「なに泣きそうな顔してんだ! 笑え笑え!」
「あはは……ほんとね! ありがとう、みんな!」
「「「おう! いつでも帰ってこいよ!」」」
声が綺麗に重なり、胸が熱くなる。
「おい、あんちゃん! エルをよろしくな! 泣かせたらこの街全体が敵になると思え?」
「わかったよ。泣かせないように頑張るさ!」
「おう!」
――その夜。
二人は箱いっぱいの海鮮串焼きを宿へ持ち帰り、心ゆくまで味わった。宿の豪華な夕食を断ることにはなったが、心のこもった串焼きの味は格別で、何より温かかった。そして食後、互いの愛をしっかり確かめ合い、翌日、二人は城へと向かうのだった。
いつもありがとうございます。
秋はいいですね。
とても気持ちいい。
最近、仕事終わり帰る時に感じる、夜の風がとても気持ちよすぎて「今年死ぬんじゃないか?」と思うことがあります。
まっ、この季節になると毎年そう感じてるんですけどね。
すでにそう感じるようになって10年経ってます。
秋のこの空気感ほんと好きです。




