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後日談3-1

「ただいま」

この安らかな生活も、気づけば五ヶ月目を迎えていた。リシェルの妊娠がわかってからは二ヶ月。

驚くべきことに、妊娠三ヶ月目に入るまで、その変化にまったく気づかずに過ごしていた。

リシェルの話によると、受精は結婚した翌日の行為で、まさに初夜にさかのぼるらしい。

「私達、相性良すぎでしょ?」と朗らかな笑みを浮かべる妻に、俺はただただ感極まって泣くしかなかった。


そんなわけで、最近は日帰り可能なソロの依頼ばかりを受けている。高額な仕事は引き受けられないが、おかげで生活は安定している。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」


玄関でリシェルが、いつもの優しい声で、いつもの甘いセリフを囁く。


「いつも通りだよ」


俺はそう答えると、彼女の唇に深く口づけた。

「今日も私からね」と、リシェルはチュッと俺の頬に軽くキスをする。


「じゃあ、次はお風呂ね。その間に夕食の準備をしておくから、行ってきて?」


「わかった。ありがとう」


これがこの五ヶ月間の俺たちのルーティン。確かな愛情を育み続けている証だ。


風呂から上がると、食卓には彩り豊かなリシェルの手料理が並べられていた。温かい湯気が立ち上り、香ばしい匂いが部屋を満たす。


食事が終わり、リシェルがふいに真剣な表情になった。こんな顔をするのは珍しい。何かあったのだろうか?


「今日、エレナが来たわよ?」


「え……?」


「『必ず来る』って言ってたものね。私のお腹を見て呆然としてたわ」


「マジか……もう帰ったのか?」


「ん? 隣の部屋にいるわよ?」


「隣? クリスのところか?」


「ええ。タイミングよくクリスが現れて連れて行ったわ。エレナはクリスの国の侯爵令嬢だから、面識があったみたいよ?」


「ああ、それでか」


「うん。それでね、一つとても大切なことを思い出したの。だから、ちゃんと話しておこうと思って」


「ん? なんだ?」


「私の出自……」


リシェルの言葉に、俺の背筋がピッと伸びた。今まで彼女は自身の過去について一切語ろうとしなかった。彼女の口から語られる過去は、いつも「冒険者」としての始まりからだった。冒険者には過去を語りたがらない者も珍しくないから、俺も強くは追求しなかった。何か事情があるのだろうと。


「なっ?! いいのか?」


「いつか話す必要はあるって思ってたしね、聞いてほしいな。」とにこりと笑う。


くっ…うちの嫁可愛すぎる…


「シオンのご両親にお会いしたときからずっと考えてたのよ。実家の親にも報告しないとなって…。ただ、妊娠が発覚したでしょ? 私の実家って、ここからだと馬でひと月ほどかかるのよ。現状考えると馬車で移動になるるでしょ?馬車だと一月半ほどかかると思うのよね?だから、出産を終えて落ち着いてからでいいかなって思ってたんだけど……」


「クリスと話してて何か思い出したのか?」


「えーーっと、まぁ、そう」


「わかった。それで?」


リシェルはテーブルに組んだ指先を遊ばせながら、微妙に歯切れが悪かった。


「んー。そのなんていうか……」


「うん」


「王位継承権が残っちゃってるかもしれないのよ……」


「へ?」


「えーと、その、ごめん。元王女です……」


「なんやてぇーーーーーーー!!!」


「あははは、言ってなくてごめん……」


「え? 待て待て待て待て。俺、そんな相手に隷属紋を? へ? 嘘……ではないよな……」


「うん」


いや、待て! ちょっと待て! なんで王女が指名手配? 賞金首?! 意味不明なんだが。ていうか、王様、娘を助けろよ! はっ?! え? 俺、王女を孕ませてんじゃん!! え? 俺、打首? いや、「ご挨拶」って言ってたからそれは……。いざとなったら滅ぼすか? やれるか? やれ……やれなくても、やればいいか。よし! 納得!


「シオン? 故郷を滅ぼすのだけはやめてね? おかしなことにはならないようにするから……」


さすが俺の嫁さん、わかってるわぁ。て、そうじゃない、そうじゃないけど、もう受け入れるしかないか。


「はは、俺がそんなことするわけないだろう。王位継承権に関しては分かったが、何が問題なんだ?」


「あなたの子供だってことと、私に継承権が残ったままだと、この子にそれが……たぶん行くと思うのよ。私で第三位だったから第四位かしら? あー、でもあなたの子となると、無理やり一位にされるかも……」


「ちょっと待て。なんでそうなる?」


「え? あなたの子だからよ。あなた、今自分の立ち位置、わかってる?」


「は?」


「わかってないのね。うん。そうね、そうよね。シオン、あなた、近隣諸国の王族がこぞって婚姻を求めたのよ?」


「ん? ああ。断ったが?」


「そうね。でもね、“真祖のヴァンパイアロード”をほぼ単身で討伐したとなると、あなたはそれ以上の脅威なわけ」


「はぁ?!」


「一瞬で国を滅ぼせるくらいに思われてんじゃない? そうじゃなきゃ、これほどの人数の使者が来ないわよ。

それに、使者を断ったら本人が来るって…もう異常よ?しかも、ほとんどが王族やら高位貴族の娘って。噂に尾ひれや背びれがついて、とんでもないことになってるのかもね」


もう、開いた口が塞がらない。


「まあ、それが私の旦那様に対しての世間の評価よ。で、そんな評価の旦那を連れて国に帰ったら、どうなるか分かるわよね?」


「国に囲い込もうとするとか?」


「そういうこと。だから、継承権の破棄が終わるまでは、しばらく別人になってほしいのよ? ダメかな?」


「いや、リシェルがそうした方がいいと思ってんならそれでいいけど……急ぐ理由は?」


「継承権を思い出したっていうのもあるんだけど、今後こんな感じで故郷に私の噂が流れると厄介だなって」


「無理やり子を持ち上げて、みたいな?」


「そうそう。お父様ならやりかねない。『その方が孫も幸せだ』とか言って。自分の価値観押しつけるから、あのクソ親父」


「お、おう。状況はわかった。で、どこの出身なんだ?」


「あ、そうね。えーと……ごほん」


リシェルは居ずまいを正す。


「私の名はエルシェリア・フォン・グロリア。ルーメン・ソレイユ国第一王女です」


いつもの穏やかな空気からは考えられないほどの威厳を見せたかと思うと、急にヘラヘラと笑いだし、上目遣いでこちらを見てくる。


「とはいえ、あなたの寵愛をこれからもずっと一人で受け続けたいと願う、ただのリシェルよ?こんな私だけど愛してくれる?」


まったく、俺の嫁は可愛すぎる。

答えは聞かなくてもわかってるだろうに。


「リシェルの過去が何であろうと、お前への気持ちが変わるわけないだろ。」


「うん!」


くっは!その笑顔……俺の嫁は可愛すぎる。


翌日、俺たちはルーメン国に向けて旅立つことを決めた。さすがにリシェルの体調もあり旅程に不安はあったが、今行かなければ事態が悪化する可能性が高い。そうなるとよけいに大変なことになる。リシェルの強い希望に沿って、今のうちに行くことになった。


追いかける二人〜エレナSide〜


翌日の早朝、クリスティアナの部屋で一晩を過ごしたエレナがシオン宅の扉をノックする。何度ノックしても返事はなく、まだ寝ているのかと思っていると、家主の老婆が近づいてきた。


「あんた、エレナかい?」


「え? ええ」


「そりゃよかった。シオンちゃんから伝言を預かっていてね」


「え? 伝言? ここにいらっしゃらないのですか?」


「今朝早くに挨拶に来てね、『とても大切な用事ができて奥さんの実家へ行く』ですって。最長で半年ほど戻らないけど部屋はそのままにしてほしいって、一年間の維持費を貰ったよ。一年経って戻らなければ処分してくれていいってさ。まったく、あの子らは。少しは甘えてくれてもいいのにねぇ」


「へ? 半年……」


「あ、そうそう。エレナさんだったね。シオンから『すまん、断る』だそうよ」



嘘でしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!


会うこともなく振られるとか、振られるとか、振られ……


「あら、そうなんですか。マリアさん、おはようございます。では、私どもも半年ほど部屋を開けますのでお願いできますか? シオン様たちと同条件でお願いしたいですわ!」と、気づけば後ろからクリスが顔を出す。


「いいけど、どうするんだい?」


「お姉様の故郷ならワタクシ存じ上げておりますので、少し遠いですが、しばし外遊してまいりますわ。どうせ、家にも戻れませんし、楽しまないと」


「そうかいそうかい。楽しんでおいで」


「はい! それではマリア様ごきげんよう。あ、エレナ、行きますわよ。それと、グッジョブですわ」


クリスは人好きのする笑みを浮かべ、優雅に一礼すると、完全に放心状態のエレナを引っ張って部屋へと戻っていく。

その後、クリスティアナの取り計らいで、シオン宅の扉には半年間の不在を知らせる紙が貼られ、マリアによって維持されることとなった。

いつも読んで頂いてありがとうございます。

これまで一万字くらいで投稿していましたが今後の投稿文字数は少なくなります。


今回のもので3000字程です。

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