後日談2-2
リシェルSide
エレナは、本当に戻ってきた。
「宣言通り」という執念のようなものには正直驚いたけれど……。
でも心の底では思ってしまう。――これで諦めてくれれば、と。
しかし、そうはいかないだろう。彼女は他の姫君たちと違う唯一シオン知って近づいてきた女性だ。とても面倒なことになりそうな気しかしない。
そう、ヴァンパイアロード討伐の噂が広がって以来、各国から有力者の娘たちが次々とこの街に送り込まれた。
彼女たちの目的はただひとつ――シオンの寵愛を受けること。
美貌で知られる商会の娘、王国随一の美女、公爵令嬢、果ては王女まで……。ありとあらゆる「美姫」と呼ばれる者たちが、このベレリアへ集まった。
だがシオンは、その全てをきっぱりと断った。
帰ってくれた者もいたけれど、大半は街に残った。
今ベレリアは「商人の街」ではなく――皮肉にも「英雄のハーレム」と呼ばれている。
……本当に、不愉快な名前。
私の旦那様は何一つ受け入れていない。すべて断り続けている。
ただ、彼女たちが勝手に住み着いているだけ。
だから、人が増えれば増えるほど、私は別の不安を抱いた。
――暗殺だ。
妊娠前ならまだしも、今の私の身体ではこの子を守りきれる自信がない。もし私が狙われたら……。
そんな不安を抱えていた時、隣に住み始めたクリスティアナが私に教えてくれた。
「その心配は必要ないですわ。お姉様」と。
驚いた。けれど、彼女の言葉は確かに理屈が通っていた。
真祖のヴァンパイアロードをほぼ単独で討伐したシオンは――その存在自体が真祖のヴァンパイアロードを超える脅威だと見なされている。
ひとつの国を滅ぼすほどの力を持つ吸血鬼王を、ほぼ一撃で倒した男。
その力は「世界すら滅ぼしかねない禁忌」として共通認識となり、今や誰も軽々しく触れられない存在。
そして彼の怒りの「トリガー」は、演劇を見れば誰でも分かる。――私。
そんな私に暗殺者を送り込む?
……「世界を滅ぼしたいのか、この愚か者」と各国が他国の動向を監視し合い、少しでも怪しい動きがあれば即座に全力で止めに入るらしい。
結果――私は世界で最も安全な存在となった。
国に守られる姫ではなく、世界に守られる私。
……壮大すぎて、乾いた笑いしか出てこなかった。
そんなわけで、私は今なに不自由もなく、世界で一番安全な日々が約束されている。
そして、もうひとつ――私の人生で一番大切な変化があった。
そう。私は妊娠した。すでに5ヶ月目になる。
シオンとの愛の結晶。お腹を見るたびに、こみ上げる幸福に頬が緩む。
でも、最初はまったく気づかなかった。
なぜなら、隷属紋を刻まれた者は子を宿すことができないから。
だから私も、妊娠などあり得ないと思っていた。隷属紋が刻まれたままならそれも正解だったのだが…隷属紋が外れた後もその認識でいた。その為、本来なら女性特有の悩みがあることをさっぱり忘れていた。
だから、冒険者としてシオンと依頼を受け、そして毎日のように愛を確かめ合い、激しくも幸せな日々を送っていた。
ようやくお腹が少し膨らみ始めた頃、自分の変化を目の当たりにして、不意に思い出したのだ。――「あれ? もしかして……?」と。
慌てて病院に駆け込むと、妊娠が発覚。
逆算すると……なんと隷属紋を外した翌日。
――あの日、まる一日かけて愛を確かめ合った記憶がある。
……いや、まさかね? と最初は思った。
でも医者の話では、隷属紋によって止まっていた機能が一気に動き出し、その結果あり得る話だと。
……そんなこと、知らないってば。
……いや、知っていたとしても、結果は変わらなかったけど。
ともあれ、妊娠を機に、実家への報告が必要になった。
いつか話さなきゃとは思っていたけど妊娠を知ってそれが一気に現実味をおびた。
そう、シオンにはまだ話していないことがある。
――私の生まれについて。
私の出自は南にある国の王族だ。クリスティアナと同じ立場にいた。国を出るとき正式な手続きもしていない為、王位の継承権も残っている可能性がある。
十八のころ、他国の王族に第二夫人として輿入れするよう父から命じられ、私は反発し家を飛び出した。
父からするとそれが私の幸せだと思ったからだという。第二夫人でなぜ幸せだと思うのか。しかも、相手から請われたわけでもなく自ら赴くなどありえない。
追っ手を撃退して締め上げたら説得しようと思ったのかそんな事を口走っていた。
最初は連れ戻そうとしたけれど、とことん撃退してやったら、今度は逆に「陰ながら護衛する」方針に変わった。
冒険者として名を上げ、実力をつける中で私は陰に潜む護衛を撒いてやった。それほどの実力を得ることに成功していた。やがて、「蒼刃」と呼ばれるほどになった。
――そして、裏切られた。
今彼女たちはどうしてるのだろう?
復讐してやりたい気持ちもあるが…この幸せを得るきっかけになった事実もある。感謝している部分もある。だからもうよく分からない。許しているのかすら。
ただ、すべての罪を押し付けられ、大罪人として追われる身になったのは事実だ。
賞金首として命を狙われるたびに撃退したが、まさか「殺したことになっている」なんて思ってもしてなかった。
シオンは私が殺人をしていないと確証を得た翌日、彼は私の手を引き各地を渡り歩いた。
「新婚旅行だ」なんて言って。その時何をしてるかなんて全く分かってなかった。だから、私は新婚旅行を全力で満喫した。
そしてベレリアに戻った時。
私の罪はすべて冤罪だったと、ギルド総出で謝罪を受けた。
本当に、驚いた。
まったくこの人は……私のことになると加減も容赦もない。
――でも、それがとてつもなく嬉しい。嬉しいけれど、どうか無理はしないでほしい。
それにしても、私の人生は波乱万丈だ。
王女 → 冒険者 → 賞金首 → 奴隷 → 英雄の妻。
今日エレンが来た時クリスに『一夫多妻の必要性を』と言われてふと思い出した。私たちのこれからにつながるとても大切なこと。これだけはちゃんとしておかなくてはいけないのに7年近くも前の話となるとすっかり忘れていた。王位の継承権だ。
正式に手続きもしていない。国において私自身の扱いもどうなっているのかわからない。もしかしたら、継承権が残っているかもしれない。
現在のシオンの立場を考えたら早急に対象しておかないと不味いかもしれない…。
いや、確実にまずい。
気は重いが、良いきっかけだ。
……よし、今夜、ちゃんと話そう。
そう決意した、その瞬間。
「ただいま」
愛する旦那様の声がした。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」
――なにはともあれ私は、とても幸せだ。
いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




