後日談1
ギルドでの公開プロポーズから人前式を経て、もう二ヶ月。
私は今、シオンと一緒に、夢のような毎日を過ごしている。あの後、きちんと申請も済ませ、世間からも正式に夫婦と認められた。
今の私の名前は――リシェル・ナイトフィード。
彼の姓をいただくことになったのだと思うと、胸が温かくなる。もともと名乗っていたリシェル·ファルディアは偽名で、特別な思い入れもなかったはずなのに……。
今では、この名前こそが何よりも大切な宝物になった。
ただ、本当の名前をまだ彼に伝えていないことだけが、少し気がかりだった。けれど、シオンは長い冒険者生活を通して、そういうことに頓着しない。
偽名であろうと本名であろうと関係ない。彼にとって、リシェルはリシェル。それだけで十分なのだ。
以前そう言われた。
「冒険者なんて色々あるもんだから話したくなれば話せばいい。俺の知るリシェルはリシェルであって他のなに者でもないんだから。」と。
だから私は安心して、彼の隣で笑っていられる。
……それにしても、あの時の公開プロポーズには本当に驚かされた。あんなふうに人前で告白され、そのまま結婚までしてしまうなんて…。
ふふ。もしも、あの頃――賞金首に落とされ、絶望の淵でもがいていた私がこの未来を知ったら、どうするだろう。
「騙されてる!」って慌てて忠告するだろうか。
「やめておけ!」って必死に止めようとするだろうか。
もしかしたら、呆然と驚くだけかもしれない。
そんな想像をするたびに、今の幸せをより愛しく感じる。
過去の私がどんな顔をするか思い浮かべるのも、今となっては小さな楽しみのひとつになっているのだから。
そう考えてみたら、存外私は幸せだ。
さあ、今日も一日を始めよう。
まずは彼を起こして、二人で朝食を――。
そっと顔を近づけた瞬間、シオンがぱちりと目を開け、そのまま唇を奪ってきた。
……ほんと、こいつは。
そんな事に思わず顔を赤らめてしまう自分が、少し悔しくもあった。
※
朝食を終えた私たちは、冒険者ギルドに来ていた。
冒険者って、基本的に毎日依頼を受けるわけじゃないの。受けるかどうかは本人次第。将来の保証なんてあるはずもなく、生活としてはかなり不安定。……でもね、働きたい時に働いて、休みたい時は休める。良く言えば自由、ってやつよ。
依頼だって尽きることはない。庭掃除からお店の臨時店員まで、とにかく幅広いの。もちろん、多くは冒険者のイメージに合った仕事をやってるんだけど、ときどきね……ゴツいおじさんが可愛いアクセサリーショップの店員なんてやってたりして。あれは正直笑っちゃう。でも、好きなものは好きでいいと思うわ。私が勝手にギャップを面白がってるだけだし。
――さて、今日のお仕事探さないと……あ、そうそう!
聞いて!私たち、新婚旅行に行ってきたのよ!
行き先はエイベルを中心に周辺の村や街をぐるーっと一月かけて。シオンがね、「護衛つけるか」なんて言い出して、びっくりしたわよ。二人でどうにかなるってのに。そう言ったら、代わりに用意してくれたのが“家みたいな馬車”。寝室にキッチン、トイレにシャワーまで完備!おかげでとてつもなく快適な旅だったわ。
で、帰ってきたらギルド職員総出で謝罪よ? 謝罪。私にかけられてた罪は全部冤罪だったって。追い払った賞金稼ぎも生きてるのが確認されて、殺人罪も消えた。これまで“シオンの功績で許された罪人”って立場だったのが、正式に“蒼刃のリシェル”に復帰!……新婚旅行の裏でそんな大事が動いてたなんて、夢にも思わなかったわ。
「リシェル。なんかいい依頼はあった?」
おっと、旦那様がお呼びね。
「んー、まだ考えてる。シオンは?」
「これとこれ……どっちも討伐依頼だが、報酬の割に距離が遠い。微妙なんだよな」
覗き込んでみたけど、確かに実入りが少ないわね。
「ほんと、微妙ね」
「だろ? もう少し探すか…」
そう言ってたとき、目に入ったのが超高額依頼。いわゆる“塩漬け依頼”。
本来なら領主が動くレベルの案件なんだけど、余力がないときはこうしてギルドに張り出されたままになるの。報酬は高額だけど、失敗を示す×印がズラッと並んでて危険度は跳ね上がるわ。もちろん、それに比例して報酬も増えるんだけど。
……うん、悪くない。むしろ、私たちなら十分やれる。
「ねぇ、この依頼どう?」
「盗賊団の討伐……推定二百人以上か。これはもう盗賊団っていうより武装した村って規模だな。俺、あんまり人数多いのは得意じゃないんだよなぁ。非戦闘員も多いだろうし…」
「そうね。二百人以上なら戦闘員は六十から百人くらいかしら。でも、そこは任せてよ。ほら、私、“蒼刃”だし?」
蒼刃――それが、私に与えられた二つ名。
てっきり、刃に属性を纏わせて魔法と剣技を駆使していたからだと思っていたの。けれど実は、人を傷つけることのない刃、という意味も込められていたらしい。
初めてその由来を聞いた時は、正直驚いたわ。
依頼での捕縛件数が群を抜いて多かったからだそうだけど……私はただ、いつも通りにやっていただけ。
精神干渉系魔法のスリープで大量に眠らせて捕縛してただけなんだけどね。
まさか、そんなことで名を付けられるなんて思いもしなかったわ。
「ああ……なるほど。大多数をリシェルが無力化して、残りを俺が片付けるって流れか」
うん、どうやら私の旦那様も二つ名の由来は知ってるらしい。まぁ、賞金首になってたしその辺はリサーチしてるか。
「そうそう。上手くいけばゼロ、悪くて六十人くらいが残るくらいじゃない?」
「悪くて七割無力化って……ほんとすごいよな」
「何言ってるのよ。私の魔法なんてすぐレジストされるし、都市防御結界もない盗賊団の隠れ里だから効きやすいだけよ」
「俺にはない手札だからな。羨ましいし、やっぱりすごいと思う。“蒼刃”の二つ名は伊達じゃないな」
「もう、茶化さないで。で、どうする?」
「茶化してるわけじゃないんだが…まぁ、ギルマスと報酬交渉だな。このままの金額じゃ安すぎる」
「あー、そうね。この金額じゃさすがに安すぎるわね」
……苦手って言いながら、ちゃんとわかってるじゃない。
こういう依頼って、受けた瞬間に盗賊団側が警戒する可能性があるのよ。腕に覚えのある冒険者が何人も挑んで失敗してる案件だもの、街にスパイが潜んでるって考えるのが自然。だからこそ、依頼を受ける時点から工夫しておかないと痛い目を見る。
――で、そういうノウハウをシオンはしっかり知ってる。ほんとに何が苦手なのか、問い詰めたくなるくらい。
その後ギルマスの部屋に入ると、シオンはサクッと交渉してパパッと契約成立。結果、依頼を「受けたことにする」のは二日後ってことになった。下級冒険者を護送員として、ギルマスのバルド自身が現地まで同行するらしい。けど、私たちは一足先に現場へ行って、明日には盗賊団を無力化しておくってわけ。
……にしても、バルドが終始ニヤニヤしてたのよね。どうしたのかと思ったら、最後に一言。
『俺の教えをちゃんと守ってるようで安心したぞ』
それを聞いたシオンが、顔を真っ赤にしてそっぽを向いたまま部屋を出ていっちゃった。
……そりゃ恥ずかしいわよね。
ふふ、でも、そういう私の知らない一面を見られるのって、なんだか嬉しい。
軽くお辞儀をして、私はシオンを追いかけた。
※
翌朝、私たちは盗賊団の隠れ里を一望できる崖の上にいた。
これだけ場所が知れていても移さないのは、それだけ守る自信があるからだろう。実際、拠点の位置は絶妙だった。
この距離では攻撃魔法は届かない。攻城兵器のような大掛かりなものは目立ちすぎて持ち込めない。崖の下へ続く道は洞窟を抜ける道だけ――まるで自然が作った要塞だ。
「よくこんな場所見つけたものね」
思わず感心して口に出ていた。こんな立地のいい場所、そうそうない。
「ほんとに。あの規模の拠点が作れるんだからな」
シオンが頷く。その横顔に私は問いかけた。
「シオンならどうする?」
「こういう戦いは苦手だ。隠れて侵入して上位陣を潰したあと、下っ端を殲滅するしかないな。まっ、正直非戦闘員まで手をかけたくないけどな…」
皆殺しってことね……。
でも、やらなくていいならしたくない気持ちも、わかる。
「そうね。じゃあ、そうならないように私も頑張んないと」
私の言葉に、シオンはにこりと笑って返してくれた。
……やっぱり、この笑顔には弱い。
確かに、ここから攻撃魔法は届かない。届くとしたら大規模詠唱の攻城魔法だけど、魔力を集める光が目立ちすぎて初手で潰されるだろう。
だから攻撃魔法での攻略は難しい。
でも、私の得意な精神干渉系の魔法なら――ただ眠らせるだけの魔法ならどうだろう。
効果範囲も射程も、自由が利く。
私は地面に増幅用の紋を刻み、その上に立って詠唱を始めた。朝日の影に紛れる程度の魔力光なら、きっと誤魔化せるはず。
やがて魔力が溜まり、私の魔法が放たれる。
崖下の隠れ里を覆うように白いモヤが降り、そして消えていった。
「成功みたいだな。門前にいる弓兵が寝た」
……え?なんで?見えてるの?!
シオンのビックリ発言に、思わず目を丸くする。
「ん?ああ。強化魔法で視力を強化すればこれくらいはできるよ」
私の顔を見て、彼は空気を読んで説明してくれた。……うちの旦那、すごすぎん?
「…そう。えっと、どれくらい残ってそう?」
「見える範囲ではいないな。全員効果が出てる。えっと、効果時間は?」
「抵抗すれば3時間ほどじゃないかしら?この時間だもの攻撃だとは思ってないだろうから、レジストされない限りもっと長いと思うわ。」
「ほぉー、思った以上に効果時間は長いんだな。」
「そう?こんなもんよ?睡眠なんてレジストされやすいし、普通は効かないんだから」
「ふむ……だが効いてしまえば致命的だな」
「そうね。不意を突かれると怖い魔法なのは間違いないわね」
「そうだな。よし、そろそろ行くか?」
「え?行くって?」
ひぃーーーーやぁーーーーーーー!!!
シオンは私を抱えると、そのまま崖下へ飛び降りたのだ。
すっっっごく怖かった!!!
十メートル以上ある崖を、槍を錬成して突き刺し、それを足場にして下るとか意味わかんない。
しかも「木が邪魔だ」とか言って木の上を走り始めるし!
木の上を走るって普通ある!?
なくない!?
おかげで時間短縮はできたけど……心臓がもたないっての!
一生分の叫び声あげたわよ、ほんとに。
その旦那様は今、私が眠らせた盗賊団にギルドの魔法錠をかけ、一箇所に集めている。
私は見張り役。とはいえ全員眠っているし、魔力錠も付いてるし、正直やることはない。
それにしても……。
住人を見ていても荒くれ者という感じはない。身なりはきちんとしてるし、高齢者や赤子までいる。どう見ても村人。
これはどのパターンだろう?
盗賊団の仲間なのか、かどわかされてきた人たちか、それとも元の村を占拠されて仕方なく手伝っていたのか…。処遇はそれで大きく変わる。
少なくとも、今ここにある風景は平和そのものだった。
農地を耕し、朝餉の支度をし、笑い合って暮らしていたのだろう。
……シオンが「苦手だ」と言うのもわかる。
彼らからすれば、私たちこそ侵略者で悪者だ。もしかしたら、ギルドの勘違いで何もしていない人々かもしれない……。
――いや、考えても仕方ない。やることは変わらないんだから。
そう切り替えたところで、シオンが戻ってきた。
「これで最後だ。リシェルはほんとすごいよ」
……ナーバスになっていた私にとって、その一言はとても嬉しい。
「ありがと」
「ん。あと、気になる場所を見つけたよ」
「気になる場所?」
「ああ、中央の家の中に地下へ続く隠し階段があった」
隠し階段……はい、真っ黒確定ですね。
「何を隠してるのか…。行くしかないわね」
「あまり変なものじゃなきゃ良いんだがな」
「変なもの?例えば?」
「んーー、大量のよくわからん肉体の標本とか?」
「なにそれ、こわっ」
「前にあったんだよ。隠し部屋一帯に置かれた、原型が分からないパーツの数々……」
「それはトラウマになるわね」
「ほんとそれ」
階段を下りると、広い部屋が檻で区切られていた。
手枷、足かせ、首輪。見せつけるように磔台。そして、その横の台には見覚えのある針。
「え?!……これは?」
「隷属紋を刻む道具に似てるな…」
「紋章を刻めるのは国家で管理された魔術師だけでしょ?」
「そのはずだが……これを見るに、そういうことだろ?」
「うっわぁ、面倒なことになるじゃん」
「まぁ、制圧したあとはバルドに投げるさ」
「あ、そっか。ギルマスも来るって言ってたわね」
「そうだな。まっ、思ったより大事になりそうなのは間違いない」
「ほんとにね。それに、牢屋に誰もいないのは、いいことなのか悪いことなのか判断が難しいわ」
「ああ……あっちが怪しいかもな」
シオンが指差した先には、一際豪華な扉。
……はい、もう怪しい以外の選択肢ない。
扉を開けると、香の匂いが濃く漂い、隷属紋を刻まれた女が三人、ベッドの側で眠っていた。
……おかしい。
確実に一人足りていない。絶対にあと一人以上いたはずなのに。
「シオン!レジストされてるかも!」
「わかった」
彼は瞬時に小手を錬成する。狭い室内で戦うには取り回しのいい武器だ。
ベッドの下やクローゼットを探すが、誰もいない。不自然すぎる。
「いないな…」
「他に扉はないわよね?」
「たぶんな」
「ほんと厄介ねぇ。どう思う?」
「今リシェルが考えてる通りじゃないか?」
「シオンもそう思うんだ。なら、確定かなぁ?」
「俺がやるか?」
「じゃあ、おね――『フレイムバレット!!』」
突如、何もない空間から炎弾が飛んできた。
私が身を乗り出した時には、シオンがすべてを小手で弾いていた。
……ほんっとにめちゃくちゃよね。魔術を無効化するとか意味わかんない。
魔法を切る剣士はいるけど、あれは剣に負荷がかかるし爆風を体で受けるから消耗もある。
でもシオンは違う。“完全に弾く”のよ。
下手したら打ち返すことだってあるんだから。意味わかんないでしょ?
案の定、撃たれた炎弾はそのまま術者へ反射されていた。
ローブが焼け落ち、腹をたぷんと揺らした小汚い男が全裸で現れる。
そりゃ呆けるわよね。魔法を弾き返す戦士なんて聞いたことないもの。
「なななな、なんなんだ貴様!!!なぜ弾き返せる?!」
男が叫ぶ間もなく、シオンが迫り腹に強烈なブローを叩き込む。
「げべら!!!」
男の体は天井に跳ね上げられ、煙をあげて化粧台の側に現れる。
……身代わり人形? 保身の化け物か!!あんな高価なもの、普通手に入らないのに。
「くそ!!英雄クラスか!!こ、こうなれば!!!」
男は小箱を取り出し、叫んだ。
……ああ、テラールーム。ほんと馬鹿。そんなの使っても私たちには大して障害にならないのに。
「招き給え!テラールーム!!」
黒いモヤが広がり、晴れたそこは真っ白な空間。
「さぁて、なにが出てくるのか楽しみね」
テラールーム――ルームに導かれたものが一番恐怖している存在が現れ、それを打ち破ることで脱出できる古代アイテム。
以前はオーガだったけど、今回は……。
――マジで?
そこに立っていたのは――シオンだった。
ほんとに驚いた。今、私が一番怖いのは――シオン。
……いや、違うか。
「怖い」って意味がこういう形で反映されるなんて思ってもみなかった。確かに私はシオンに「怖さ」を感じている。それは彼を恐れておるわけではない。彼を失うのが怖いんだ。まさか、そんな「怖さ」まで反映されるなんて思っても見なかった。
それに、彼は絶対に私に刃を向けない。どれだけ自分が傷つこうと、どれだけ私が彼を傷つけようと、決して。ほんと、バカみたいに頑固。独りよがりで傲慢。それがシオン。
なのに、そのシオンが敵として立ってるとか、笑えない冗談ね。
テラールーム、ってわけか。ああもう、趣味が悪い。いやらしいったらない。
彼は視認できる速さで双剣を振るう。あれだけ派手に振り回してくれると、全部ハッキリ見えてしまう。
……うん、これなら負ける気がしない。
試しにフレイムバレットを撃てば、あっさり弾かれる。風の刃は霧散し、氷槍は木っ端みじん、雷撃ですら余裕で受け流される。
――そうそう、そこまではできるはず。だって、私が「シオンならできる」と思ってるんだもの。
でもね? 貴方はシオンじゃない。
だから――「シャドウランス」
ズドン。
影の槍が容赦なくシオンを貫いた。しかも一本じゃない。ズドドドド、と次々に突き立っていく。蜂の巣。うん、見事に蜂の巣。
本物なら、そもそもこんな展開にならない。私が気づいた瞬間に死んでる。だから、ここにいるのは“私が認識できる範囲のシオン”イコール偽物。
だから、使ったことのない魔法を選んだ。彼に「防がれたイメージ」がないやつを。
すると…はい、予想どおりでした!。偽者と一緒に閉じ込めていた結界ごと吹き飛んで終了。
景色が一転して、白い無機質な空間は木の温もりのある居室に変わった。椅子にテーブル、そして並んだ二つの扉。
……これって、もしかして二人の部屋に繋がってる?
ってことは、私が一番乗り? ふふん。シオンより先に帰還。なんかちょっと気分が良い。
と思ったら、正面の扉が揺れて、あの腹の出たオッサンの輪郭が浮かび上がる。え、シオンより早いの? ちょっと意外。
「スパークルショック!」
まだ完全に姿が定まる前に魔法を放つ。見事に命中。オッサンの意識はスパッと刈り取られた。
そのまま魔法錠を掛け、備え付けの茶葉を勝手に漁ってお茶を淹れる。ひと口。……なにこれ、美味しいんだけど。
で、それから結構待った。けど、シオンはまだ戻ってこない。ほんと驚く。あいつ、一体何を相手にしてんの? 苦戦するような相手なんていた? 真祖だって一撃で沈めたんでしょ? 他に何が――
あ。嫌な予感。
気づいた瞬間、私は迷わず扉へ飛び込んでいた。
扉の中はあの白い部屋だった。
その場で地面に片膝をつくシオン。
まったく予想通りで笑えない。ほんとマジなにやってんのよ。
「何やってんのよ?」
「…すまない。わかってるんだが…」
「こんな事で死んだら一生恨むわよ?」
「…返す言葉が見当たらない…」
ホントもうバカ。
ほんとバカ!!
なんで偽物ってわかってて剣を振れないのよ。
「まったくもう!!」
そんな馬鹿なところが少し可愛く思えて愛しく感じる私も大概バカだけど…。
「私が代わるから。」
「それは…助かる…」
私はシオンの思う私と対峙した。
シオンが思い描く偽者。
その気配は鋭く、構えは淀みなく、魔力の循環は寸分の狂いもない。
一目で悟る。目の前の彼女は、今の私よりも強い。
次の瞬間、疾風のような踏み込み。双短剣の閃きが視界を裂き、至近距離で氷槍が炸裂する。
受け流した衝撃で腕が痺れ、転がるように回避した直後には雷撃が畳み掛けてきた。
「……ほんと、すごいわね」
思わず苦笑が漏れる。これがシオンの認識する私――。
嬉しい。けれど同時に、命を脅かすほどに苛烈だ。
偽りの私の攻撃は止まらない。
剣と魔法を、呼吸のように繋げてくる。
その姿は、私がいつか到達したいと夢見た境地そのものだった。
「ふふ、彼の目にはこう写ってたんだ…」
私は唇を噛み、短剣を握り直す。
以前から考えていた。
二属性ではなく、三属性を同時に操る戦術を。
炎と氷で相反を制御し、風を媒介にして安定させる――理論上は可能でも、実戦で試すには危険すぎた。
けれど今、この偽者を相手に使わずして、いつ使うというの。
「負けない……絶対に」
深く息を吸い込み、魔力を解き放つ。
右手の短剣に炎、左手に氷。背後に風刃を展開し、三つの属性を同時に制御する。
荒れ狂う力が全身をきしませるが、私は必死に抑え込んだ。
偽者の瞳が初めて揺れる。
シオンが思い描いた私にはない、未知の動き。
私は笑う。
「これが、私の切り札よ!」
炎の斬撃と氷の突きを同時に繰り出し、風刃で死角を補う。
連携は未熟でも、勢いは偽者を凌駕した。
交差する刃の隙間に雷光を差し込み、偽物の短剣を弾き飛ばす。追撃の氷弾で足を鈍らせ、その瞬間に双短剣の乱撃を叩き込む。
閃光が弾け、偽りのリシェルは霧散した。
「ねぇ、大丈夫?」
「あぁ、助かった。」
「まったく。次はないわよ?」
「わかった。」
まったく。ホント馬鹿だ。何を思っていたのかわからないけれど、あの程度なら確実に彼なら勝てたはずだ。
それをこんなに苦戦して。まったくバカだ。
なんでそんな頑ななんだか…。ただほんの少しホントほんの少しだけどそんなバカで頑な彼がとても愛しい…。
ん?
でも、待てよ?
見た目が似ていれば、彼は手を出せなくなるってこと?
んん?
彼にとって重要なのは外見だけってことなんじゃ…???
んんん?
え…?なんかムカついてきた。
テラールームが解除され、部屋は元の地下室に戻っていた。
私はシオンに近づき、思いっきりスネを蹴った。
「って!なにすんだよ?!」
めちゃくちゃ驚いた顔のシオン。
「ねぇ?なんで攻撃しなかったの?偽者って分かってたんでしょ?」
「…あぁ…」
「なんで?」
見た目が私と似てたとか言ったら、もう一回蹴ってやる。
「……」
ジトリとシオンを睨む。
「はぁ…テラールームは初めてじゃないから、偽者ってのは分かってた。ただ、誰かとこの世界に来たのは初めてなんだ。」
ほうほう。それで?
「気づけば、リシェルの偽物がいたんだ。偽者ってのは分かってたんだけど…前の時は大きなヘビだったんだよ。だから、気兼ねなく倒せたんだ。」
なるほど。テラールームはその人間が持つ恐怖心を具現化する。蛇、怖いんだ。知らなかった。
「でも、人が出てくるなんて思ってもいなかったし、それがリシェルだったから余計に…」
思いっきりスネを蹴ってやろうと思ったら、彼は続けた。
「このリシェルを傷つけることで、本物のリシェルに被害が及んだらどうしようって思ったら、手が出せなくなったんだ…」
え?なにそれ?
私の偽物を倒すと私が傷つく?
不思議理論すぎる。
しかも、それを大真面目に考えて手を出せなかったの?
偽物を超えて、私のことを考えてくれてたの?!
「ぷっ、なによそれ。」
「いや、本気で悩んでたんだが…」
「そっか。シオンは戦士だもんね。魔法概論とか知らないのか。」
「なんだ、それ?」
「んー、一言で言えないけど、簡単に言えば、この手の魔法で本物が傷つくことはないわ。まぁ、私に化け物の幻影をかぶせて、アナタに攻撃させるとかならあるかもだけど、そんな魔法は寝てない限りレジストできるわよ。」
「てことは、おれは無駄な想像をしてただけ?」
「その通りね。」
「そっか。それなら本当に良かった。リシェルが傷つかなくて良かったぁー。」
なっ!
なによ!その笑顔!!
ズルすぎでしょ!
なんて顔するのよ…ほんとバカ!!
私が考えている以上に、私のことを考えてくれていたと思うと胸が熱くなる。
偽者の奥にいる私のことを考えて攻撃できないなんて…もう、もう…!
「リシェル、ありがとう。」
まったく、いい笑顔でお礼を言うシオン。
「ええ、どういたしまして。」
※
翌日、約束通りにバルドが護送隊を引き連れてやってきた。
盗賊団構成員計248名。そのすべての命を失うことなく捕縛し、引き渡した。また、隷属紋を刻まれた女性3名を預け、私たちの仕事は完了。
かなりきな臭い事が行われていた可能性があるとシオンがバルドに伝えたら、彼はすごい顔をしていた。
実際ここで何が行われていたのか、私たちが知ることはない。そこから先は冒険者の仕事ではないから。
だから、私たちはベレリアに戻り報酬を受け取って、お気に入りの串焼きを食べていつもの日常へと戻るだけ。
冒険者もなかなかいいものでしょ?
今の私には伴侶もいる。以前のように一人ですべて頑張る必要もない。裏切られる心配もな……いよね?
たぶん大丈夫だと思う。
思いたい…。
ただ英雄色を好むって言うし…。
え?なんか急に不安になってきた……。
そんな事を考えてシオンを見つめていたらいきなり抱きしめられた。
ふふ、心配はなさそうだ。
単純かもしれないけれどそう思えた。
こんな日々が私にとって存外幸せだ。
読んでくれてありがとうございます。
今後は後日談をあげていきます。
よろしくお願いします




