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王女暗殺計画と数値化できない想い

 深夜のギルド。


 グラウスが待っていた。


「よく来た」


「話とは?」


 俺は既に察しているが、確認が必要だ。


「単刀直入に言おう。エリシア・ルミナ・フォン・ヴァールハイト王女の命が狙われている」


 やはりか。


「君は既に知っていたな」


 グラウスが俺を見つめる。


「分析の結果だ」


「フェリクス・クロウが買収されている。明日の面接で王女の正体を意図的に暴露し、混乱に乗じて暗殺する計画だ」


「黒幕は?」


「第二王位継承者のロドリック王子。妹を排除して王位を独占したがっている」


 俺の脳内で情報が整理される。


「暗殺者の人数は?」


「5名。全員がAランク相当の実力者だ」


「武器は?」


「毒を塗った短剣。かすっただけで致命傷だ」


 グラウスは深刻な表情を浮かべた。


「騎士団の護衛は期待できない。フェリクスの仲間が内部にいる」


「つまり、エリスを守れるのは俺だけか」


「そういうことだ。君の分析能力なら、事前に対策を立てられるはずだ」


 俺は既に完璧な作戦を考えていた。


「分かった。任せろ」


「頼む。あの子を…王女を守ってくれ」


 グラウスの声に切実さが込められていた。


「俺にとって、彼女はもう王女じゃない」


 俺は立ち上がる。


「大切な人だ。必ず守る」


 この感情に、もう嘘はない。





 翌朝、騎士団試験最終日。


 面接会場は大きなホールで、多くの観客が詰めかけていた。


「今日で最後ですね」


 エリスが緊張した表情で言う。


「大丈夫だ。君なら問題ない」


 俺は彼女の手を軽く握った。


「何があっても、俺が君を守る」


「え?」


「…何でもない。頑張れ」


 俺は観客席を見回した。昨日と同じ位置に黒いフードの男たちがいる。


【暗殺者分析完了】

 対象:5名

 配置:3時、6時、9時、11時、12時方向

 武器:短剣(毒塗り)

 戦闘開始予測:王女身分暴露後30秒

 対策:全員の攻撃パターン分析済み


「それでは面接を開始します」


 フェリクスが壇上に立った。


「まず、エリス・グレイヴァイン」


 エリスが前に出る。


「君の本名を述べよ」


 突然の質問に、会場がざわめいた。


「え…エリス・グレイヴァインです」


「嘘だな」


 フェリクスが冷笑を浮かべる。


「君の本当の名前は、エリシア・ルミナ・フォン・ヴァールハイト。この国の第一王位継承者だ」


 会場が静まり返った。


 そして次の瞬間、爆発的などよめきが起こった。


「王女だと?」


「なぜ王女が騎士団試験を?」


「信じられない…」


 エリスは青ざめていた。


「違います、私は…」


「証拠がある」


 フェリクスが書類を取り出した。


「王室から提供された資料だ。間違いない」


 その瞬間、俺の天衡識理が警告を発した。


 5名の暗殺者が一斉にエリスに向かって飛び出した。


 だが俺は既に動いていた。


「エリス、伏せろ!」


 俺の声と同時に、エリスが身を低くする。


 1番目の暗殺者の短剣が空を切った瞬間、俺は彼の手首を掴み、関節を逆方向に捻る。


「ぐあああ!」


 骨が折れる音と共に、暗殺者が悲鳴を上げて短剣を落とした。


 俺は身を低くしながら回転し、両者の足を同時に払った。


 重心を失った2人が転倒する瞬間、俺は立ち上がって3番目の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。


「がはっ!」


 鼻血が飛び散り、3番目が意識を失って倒れた。


 俺は振り返ることなく、真後ろに肘打ちを放つ。


 みぞおちに直撃し、4番目の暗殺者が息を詰まらせて崩れ落ちた。


 その瞬間、最後の5番目の暗殺者が混乱に乗じてエリスに肉薄していた。


 毒塗りの短剣がエリスの首筋に向かう。


 間に合わない。


「危ない!」


 俺は全力でエリスに飛び込んだ。


 短剣が俺の左腕を深く切り裂く。


 毒が血管を通して体内に拡散していく。


 だが俺は構わず、5番目の暗殺者の喉を掴んだ。


「ぐえっ…」


 強く握りしめると、暗殺者が意識を失って倒れた。


 戦闘終了。敵全員無力化完了。


「ソウマさん!」


 エリスが俺に駆け寄る。


「大丈夫か?」


「私は無事です。でも、あなたが…!血が…!」


 俺の左腕から血が流れていた。毒の影響で視界がぼやけ始める。


「毒だ…まずいな…」


 俺は膝をついた。


 その瞬間、予想外のことが起きた。


 エリスが俺を抱きしめたのだ。


「エリス...」


 俺の声は掠れていた。


「すまない...分析ミスだった」


 毒で意識が朦朧とする中でも、彼女の温もりは確かに感じられた。


「完璧だと思った計算が...間違っていた」


 俺は自分の判断を悔いていた。


「君を危険にさらしてしまった」


 エリスの涙が俺の頬に落ちる。


 その温かさが、胸の奥に何かを宿らせた。


「でも...君が無事で良かった」


 俺は心から安堵していた。


「それだけで十分だ」


「違います」


 エリスが顔を上げた。涙で濡れた瞳が俺を見つめている。


「ソウマさんは間違っていません」


 エリスの手が震えていた。俺の頬に触れようとして、途中で止まる。


「エリス...」


「あなたは私を守ってくれました」


 エリスの声は震えていた。


「自分の命を犠牲にしてまで」


「それは当然の判断だ。俺の分析では君の方が...」


「違います!」


 エリスが強い調子で言った。涙が次々と溢れる。


「私のせいです...私のせいであなたが...」


 彼女の声が詰まった。


「あなたが私のために毒を受けたのは、分析や計算じゃない」


 俺は言葉に詰まった。


「優しさです。あなたの心の優しさなんです」


 エリスの涙が再び溢れる。両手で俺の手を握りしめる。


「私、知ってます。あなたはいつも数字で話すけれど、本当はとても優しい人だって」


 エリスの表情に絶望が浮かんだ。


「でも...このまま私の目の前で...あなたが...」


 彼女の声が震えて言葉にならない。


「嫌です。絶対に嫌です」


 エリスが俺を強く抱きしめる。


「まだ...まだあなたに伝えたいことがあるのに」


 この温もりが、数値では測れない何かを教えてくれている。


 大切なものを守れた安心感。


 それが今の俺には、どんなデータよりも価値があった。


「ありがとう、エリス」


 俺は素直に言った。


「私こそ、ありがとうございます」


 エリスが微笑もうとするが、涙が止まらない。


「あなたに出会えて...本当に良かった」


「俺も...」


 俺は頷いた。


「君に出会えて良かった」


 エリスの目に決意の光が宿った。


「死なせません。絶対に死なせません」


 俺の胸に温かな気持ちが広がっていく。


 それが何なのかは分からない。


 でも、確実に言えることがある。


 この感情は、データでは測れない。


 そして、とても大切なものだ。


 その瞬間、奇跡が起きた。


 エリスの両手が俺の胸に当てられる。


「お願い...どうか力を貸して」


 エリスが何かに祈るように呟く。


「この人を...この人だけは失いたくない」


 その想いと共に、エリスの回復魔法が俺の体を包み込む。


 だがそれは普通の回復魔法ではなかった。


 エリスの手から溢れ出した光は、通常の緑色ではなく、金色に輝いていた。


 その光は俺の体を包み込むと、まるで生きているかのように脈動し始める。


 会場全体が金色の光に照らされ、観客たちが息を呑んだ。


「なんて美しい...」


「あれは一体...」


 光は次第に強くなり、俺とエリスを中心に、まるで小さな太陽が生まれたかのような輝きを放つ。


 エリスの涙が光の粒子となって宙に舞い、俺の傷口に吸い込まれていく。


 愛する人を失いたくないという必死の想いが、現実を捻じ曲げるほどの力となったのだ。


「これは…」


 俺の全身が震えた。


 毒が中和されていく。傷が治癒していく。


「信じられない。こんなことが可能だなんて」


 俺はエリスを見つめる。その瞳に畏敬の念を込めて。


「俺はデータばかり見て、一番大切なものを見落としていた」


「感情。君の想い。それがどれほど強大な力を持つのか」


 俺の声は感動で震えている。


「君は俺のために奇跡を起こしてくれた」


「エリス…本当に、ありがとう」


 俺は心の底から言った。


「君に出会えて、俺は初めて『分析できない価値』を知った」


 俺は立ち上がった。


 エリスは泣きながら微笑んでいた。


「よ、良かった…本当に良かった…」


 エリスの声は安堵で震えていた。


「ソウマさんが...無事で...」


 彼女は両手で顔を覆い、激しく泣き始めた。


「私、怖かった。あなたを失うのが、こんなにも怖いなんて…」


 俺はエリスの肩に手を置いた。


「君のおかげだ。君が俺を救ってくれた」


「でも、何が起こったのか分からなくて…」


 エリスは涙を拭いながら言った。


「あの光は何だったんでしょう?私にあんな力があるなんて…」


「分からない。でも確実に言えることがある」


 俺はエリスを見つめる。


「君の想いが奇跡を起こしたんだ」


 エリスの頬が赤くなった。


「私...」


 彼女は何か言いかけて、深呼吸をした。


「私、もう隠しません。本当の名前はエリシア・ルミナ・フォン・ヴァールハイト」


「知ってる」


「え?」


「最初から知ってた。でも君はエリスだ。俺にとって君は王女じゃない」


 俺は彼女の手を取った。


「俺にとって君は...」


 言葉が見つからない。


 大切、重要、必要...どの表現も適切ではない。


「特別な存在だ」


 それが今の俺に言える、精一杯の表現だった。


「特別な...」


 エリスの頬が赤くなった。


「私も、あなたは特別な方です」


「そうか」


 俺は微笑んだ。


 数値化はできないが、この温かな気持ちだけは確かだった。


 会場が静まり返った。


 そして次の瞬間、温かい拍手が響いた。


「素晴らしい!」


「愛の勝利だ!」


「王女を守った英雄!」


 観客たちが立ち上がって拍手している。


 フェリクスは青ざめて逃げ出そうとしたが、グラウスに取り押さえられた。


「フェリクス・クロウ、王女暗殺計画の容疑で逮捕する」


「くそ…計画が台無しだ…」


 フェリクスが悔しそうに呟いた。





 その夜、俺とエリスは宿の屋上にいた。


「騎士団があなたを特別採用したいと言っているそうです」


「断った」


「え?断ったんですか?」


「俺にはまだやることがある。この世界のデータ収集だ」


 エリスは少し考えてから言った。


「それなら、私も一緒に行きます。王女の身分は隠して」


「いいのか?王宮での生活を捨てて」


「私が本当にやりたいのは、この世界を自分の目で見ることです」


 その時、宿の下から声が聞こえてきた。


「エリシア王女、迎えに来ました。陛下がお待ちです」


 王宮の護衛騎士たちが数名、宿の前に待機していた。


「やはり...来ましたね」


 エリスの表情が曇った。


「王女の身分が公になった以上、王宮に戻らなければなりません」


「拒否すればいい」


「できません。これは王室の命令です」


 俺たちは屋上から下りた。


 護衛騎士の隊長が深々と頭を下げる。


「エリシア王女、ご無事で何よりです。すぐにお帰りいただかねば」


「分かっています」


 エリスは振り返って俺を見つめた。


「私、本当は一緒に行きたかった」


「エリス...」


「でも、約束してください。いつか、また会えることを」


 俺は頷いた。


「約束する。俺のデータ収集が一段落したら、必ず会いに行く」


「私...あなたのことが...」


「エリシア王女、急がねば!」


 隊長の声に遮られ、エリスの言葉は最後まで聞けなかった。


「では、失礼いたします」


 エリスは馬車に乗り込んだ。


 窓から顔を出して、最後まで俺を見つめていた。


 馬車が見えなくなるまで、俺は立ち尽くしていた。


 胸の奥の感情。


 エリスへの想い。


 この別れの意味。


 すべてが数値化できない。


「また分析できない...」


 俺は呟く。


 だが一つだけ確実なことがあった。


 彼女はもう、俺の大切な人だ。


 データ収集などという口実は、もはや意味がない。


 本当の理由は...


 まだ、その先は分析できなかった。


 遠くから、グラウスが苦笑いしながら見ていた。


「恋する女性の決意は、どんな数値よりも強いものだ」


 恋...


 その言葉が胸に刺さった。


 俺は一体何なんだ?


 情報処理能力は正常。


 論理的思考も正常。


 でも最も重要な分析だけが実行不能。


【結論】

 情報処理者として不完全

 合理主義者として不完全

 感情という変数が計算できない


 分析不能...


 恋に関しては、データアナリストも形無しのようだった。


 俺の感情分析は、まだ始まったばかりだ。


 エリスとの再会まで、俺はこの世界のすべてを分析し尽くそう。


 そして次に会う時は...


 その先は分析できなかった。

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